ただ今、日蓮宗総本山身延山久遠寺に於いて平成31年度第一期の信行道場の最中です。
残りあと10日ほどでしょうか、その後一週間ほどを過ぎますと女性の道場入りとなります。
女性の道場開始は令和元年第二期ということになるんでしょうかね。記念すべき第一号ですね。
入場の皆様には素晴らしい道場生活になりますようご祈念申し上げます。
ということで道場の思い出話を少しばかり・・
女性の道場では、入ってすぐに「禮法華(らいほっけ)」という法要式がありました。
毎月お朔日の久遠寺さま朝勤で行われる特別な、大切な儀式です。
入ったばかりでもあり、普段は行わないお式なだけにアワアワしてしまうものです。
とにかく一人だけ違う動きをしないよう、くれぐれも注意するようにと先生からのご指導でした。
道場内で何度か練習する機会があったと思う。
そのおかげで私は内心、「全然大丈夫、OK余裕」くらいな慢心が生まれたのです。
▲とはいえ、間違わないように本にしっかり書き込み。葉っぱの撒き方や「香炉をとって長跪」などタイミングの場所もチェック。
大丈夫!と思っても、お式で全部飛んじゃうということはあり得るので、十分すぎるくらい書いていきました。
鉛筆だと文字色が被るので読みにくいため、赤の消せるボールペンがイイですね。
フリクション、いろんな場面で使える。コレはぜひ筆記用具の一つとして持参されると良いです。
お経本でも何でも、絶対読みにくい箇所が誰にでもあると思う。
読み仮名を振るとか書き込みをすることは全く恥ずかしいことではありません。
もちろん何度も読み込むことで克服するのが最も良いというのは大前提ですが、格好つけて出来るフリをしたり、適当に読んで誤魔化す方がめちゃめちゃカッコ悪いと思います。お経は朗々とお唱えするものですから、モゴモゴ読むのはお経に対して失礼だと思っております。
「一一文文是真仏(いちいちもんもんぜしんぶつ)」。このお経一字一句が仏さまですからね。
出来るようになったらフリガナとかは消せば良いのですからね。
ココまでやれば失敗はない。お朔日の大事なお式、久遠寺さまに恥をかかせることはない・・
そうして迎えた「禮法華儀式」。
やらかしました。最後の最後で。皆着座したのに私だけが、一人だけ立っておりました。。
道場に帰ってからどんなお叱りを受けるかと思いきや、先生方の誰も何も言わず、「本日もよろしくお願いします」みたいな感じでサッサと去って行かれた。
アレですね、、
何も言われないって逆にめちゃくちゃツライですね。
本当に凹んだ出来事でした。
バカ過ぎる。はい、道場一のバカ者であったということは間違いありません。
しかし最初にやらかしたのが良かったかも?(フザケルナって怒られそうですが)
慢心を持つことは無くなり、何事も全力で取り組むことに繋がったのだと思います。
まあ、それで落ち込んでフニャフニャやってたらむしろダメでしょう、ね?(笑
そのおかげで最後の久遠寺さま仏殿での「梅津翁(うめづおう)法要」では、献香の大役を頂くことが出来ました。
(単に声がデカかったから選ばれただけという気も・・)
実はこのときも、「大丈夫、完璧だ☆」と思ったけど一応腕にこっそりペンで献香の文言書いておいたよ。飛ばなかったから大丈夫だったけど(笑
梅津翁=梅津福次郎という方は、安政5年(1859年)常陸の国(今の茨城県)生まれで商才に長け、一代で多くの富を成し、その財のほとんどを学校やお寺の教育のためにご寄進なされたお方。
今の信行道場もこの方の寄進であります。よって、信行道場の門内にはこの方の石碑が今もあります。
仏殿での法要は、年度の道場生によって出来るかできないかは分かりませんが、私たちの代には、それは素晴らしい締めくくりの大法要となりました。
閑話休題。
ほか、道場内の法要では会行事も務めさせていただきました。人数少ないからでもあるけど、あれは嬉しかったなあ。
会行事(えぎょうじ)とは、法会(ほうえ)のときに一切を差配する役の僧のことです。とても大役。
多分ですけどね、挽回の機会を与えて頂いたのだと思います。そういう、、さりげない優しさのある先生方でした。本当に感謝です。
▲今年2月の道場同期会。1次会2次会と延べ人数で23人中15人ほど集まりました。
▲主任先生もいつもお越しくださいます。フットワーク軽いです、本当に嬉しいです。
道場を出てから3年。
年に1~2度は先生方もお招きして道場同期で集まっております。最高の仲間たち。
昨年は佐渡にも団参が叶いましたし、次回は近々身延に結集の予定です。
前回の同期会で「あー信行道場楽しかったね~、また入りたいよね」と言ったら「ええ!? 楽しかっただって??」と言われました。あれっ、皆同じ気持ちじゃなかった?(笑
楽しいと言ってくれたのは道場一自由人のもう一人だけだった。(笑
でも、こうして集まれる。足は泣けるほど痛いし修行は辛かったかもだけど、楽しかったよ。
先生方曰く、私たちの代は「皆素直だった」らしい。統率が取れてたのと、意地悪はほぼ無かったからねえ。それぞれがしっかり注意していたのと、先生方のご指導のおかげ様であります。
もちろん、ちょっとしたことはあったさ・・文化も言葉も違う人間が全国から集まって35日、狭いコミュニティで過ごすんだからね。
年配で、ある程度社会的地位のある人は辛いかもねと思う。俗世一切関係ない、通用しない世界ですから・・
あとは、どんな課行をするか予定を当日朝にしか教えてもらえないので、それは精神的に辛かったなあ。先が見えない不安感が常にあったというか地味にストレスでした。
▲信行道場のときの草履。左は男物です。ボロボロだねえ。でも今も庭とかで履いてる。(笑
男物の草履、初日の持ち物チェックでダメ出しされ、新しい女物の草履を買いなさいということに。。
また、弟、夫と代々(?)使用した天台笠(網代笠)も少し汚い色ということで買い替えさせられましたね。笠の出費はナニゲに痛かった、2万くらいするからね。
でも新しい笠で気持ちは上がったし良かった。
私は骨っぷりが良く華奢な体型ではないので(今は肉付きも。汗)小さい頃から今でも、衣類や小物にメンズものを好んで着けることが良くあります。
足も25cmあるし、女性ものの草履なんて買う気も全然なくて、コレで大丈夫だろうと思ってたけどダメだった。(笑
共同生活、ご修行生活なので当たり前でしょうかね。皆同じもの、同じ衣帯。
それにしても、祖山にお題目を響かせる日々は本当に素晴らしかった。
お祖師様はじめ歴代の先師たち、近くは師父や兄弟子たちのお題目を聴いていたであろうこのお山に、あの樹木に草花に、今自分の声を轟かせている。
これは言葉に尽くせぬ、法悦というのか、至極の喜びでしたね。
これから先、道場に入られる方々の日々も素晴らしいものであって欲しいと願っております。
合掌三拝 南無妙法蓮華経