さっそく、国会に憲法改正の動きが出てきた。

私は、現状での憲法改正に反対である。


郵政民営化が、アメリカの圧力であったことは周知の事実だが、

憲法改正も、同じようにアメリカの圧力によるものである。

郵政民営化は、純粋に経済問題として自由主義を標榜するならば、規制緩和は当然の流れという大義が成り立つが、憲法改正に大義はあるのだろうか?


郵政民営化では、郵貯・簡保のお金を

憲法改正では、兵士という人を差し出せと迫っているだけではないか。


現行憲法がGHQの押し付けだから、自らの手で憲法を!

改憲派の人は、そういうが、笑止!

新憲法も、アメリカの押しつけではないか!


アメリカは、ああ見えても軍備縮小を模索している。

これは、財政赤字の問題とアメリカ人だけが他国で死ぬ現実への国内世論対応であろう。

そして、軍備縮小の流れの中に、今秋から本格化する米軍再編の動きがある。

この再編成に、シアトルにある米軍の太平洋司令部(?名称は違うかも)の厚木移転があり、

兵士削減がある(現状では、兵士削減までは?)。


一方、アメリカ経済(ブッシュ政権?)の牽引車は相変わらず軍需産業である。

日本は、防衛兵器輸入という形でこの産業に貢献しているのであるが・・・

軍需産業は、戦争が起きないと衰退する。

さらに、常に軍事的緊張関係が演出されることを好む。

その意味で、アメリカは常に戦争を行っていなければならない国なのである。


その国が、軍備縮小を模索するという・・・


日本はアメリカに対して、思いやり予算という名目で米軍を援助してきた。

そして、兵器の輸入も多い。

その国に対し、予算だけでなく兵士を出せと要求していると考えるのが当然であろう。


何せ、厚木に司令部が来るのである。

兵士の手当てがつけば、米軍は兵士の削減を行える。

これを日本に要求していると感じないのは、想像力の欠如というもの。


予算だけでなく、自衛隊も米軍の傘下に入る。

これが、9条改正後にすぐやってくる世界。


さらに、多国籍軍の司令部は、実践経験に長けた米軍が握る。

自衛隊は、手足のように扱われる。

命令が下れば、自衛隊に拒否権はない。

軍隊では、当たり前の構図がここにある。

まさに米軍の下請けである。


そして、対テロ戦争以降、アメリカは怪しいと判断すれば先制攻撃を可能とする法案を可決している。


さらに、先のイラク戦争でも明確なように、戦争の大義のでっち上げを平然と行う。

イラク戦争では、フセインとアルカイダの関係から大量破壊兵器へと戦争の大義が移り、さらにこれらが否定されると、イラクの民主化へと移った。


このような、アメリカ軍の傘下に入ることを、現状での9条改正は認めることになる。



さて、角度を変えよう・・・

連合国(国連)の敵国条項はどうなったのか?

(日本では、国連と訳されているが、あれは連合国と訳さないと、意味が伝わらない)


もともと国連と訳されているものは、第2次大戦の敗戦国を監視する連合国の集まりであった。

この敗戦国に不穏な動きがあれば、安保理の決議なしに、先制攻撃権を認めている。

それが、国連と訳されたものの正体である。


自衛隊が、国際的な常識では軍隊であっても、9条が歯止めの役割を果たしていた。

その箍を外す・・・

つまり、中国やロシアに先制攻撃の名目を与えることになる。


現状で憲法9条を改正することは、

米軍と一体化するリスク

中国・ロシアに先制攻撃の名目を与えるリスクをそれぞれ負うことになる。


国が国民を守ることを本意とするならば、

名目上の自主憲法という美名に酔うことと、これらのリスクを天秤にかけるべきであろう。

どちらがリスクが高いか明らかである。


現実と乖離した自衛隊ではあるが、憲法9条がかろうじて歯止めを与えている。

例えば、イラクでの活動は多国軍庇護のもとであったり・・・


今後も9条を楯に、開き直れば良い。

アメリカという暴走国家の下請けとして、命運を共にする義理は無い!

その楯が、現状と乖離した9条なのである。


ゆえに、私は現状での憲法改正に反対する。


これら起こりうるリスクに対し、説明を加えない憲法改正論議は危険極まりない。

そして、経済的にも軍事的にも彼の国の51番目の州になることを、この憲法改正は意味していると感じる。


ちなみに、民主党の代表戦に手を挙げた京都のM氏は、アメリカに対し対米政策の転換を行わないと約束したと伝え聞く。M氏は、自民党内でも見当たらないくらいの改憲論者である。


ゆえに・・・

国会では、決まったようなもの。

あとは、国民投票次第となりうる。


そして・・・

自衛隊は、士官が多く一兵卒が少ない、いびつな構造となっている。

これを埋めるのは・・・

普通の想像力を働かせれば、徴兵制で一兵卒を増やすしかない。


アメリカ軍に命令された作戦行動で、自分の命を落とすこと。

アメリカ軍司令部と、傘下の基地と兵隊がこの国にあることで、攻撃される可能性が増えること。

中国・ロシアの先制攻撃を容認できること。

もちろん、アメリカ軍は日本を守らないこと。


これらが飲みこめるなら、9条改正に賛成すれば良い。

私は、この劇薬はご遠慮申し上げたい。


追記)

これを書くと、詭弁になるのを承知の上で・・・


本来であれば、軍縮を指向すべきである。

これは、純粋に経済の問題から。

アメリカが舵を軍縮に切る意義は、その意味で大きい。


しかし、日本で現実的にそれが許される状況では無さそうである。

しかし、9条を改正することとで、極東地域の軍事バランスが変化するとは思わない。

米兵の変わりに、自衛隊がその役割を担うわけであるから、米軍の減った分の補充は行われる。

逆に、改正しなかった場合でも、極東地域の軍事バランスは変化しない。

米軍は、削減したくとも代替兵力がなければ、削減できない。


軍事バランスの問題と、9条改正の問題は別であると考えている。


さらに、財政上の問題を考える必要がある。

国家財政が、これを聖域とすることにどこまで耐えられるのであろうか?

この国の経済にそこまでの余力があるのであろうか?


9条が改正されれば、軍費の拡大は否めない。

(米軍が装備していたものを、日本軍が装備するわけであるから)


ただですら、07年以降の財政破綻が現実化してきている。

守りたいけど、お金がない、でも守らなければならない時に、この国は何を選択するのであろう。

これは、想像したくない世界であるが・・・・

アメリカの軍需産業と、その下請けの日本企業を支えるために、莫大な税金を支払うことにならないか?

そしてその不満は、必ず外に向く。


さらに・・・

この国の国家財政は、ハイパーインフレか戦争でしか、借金を解消できないところまできている。

戦争は、自衛のためはなく、純粋に経済問題から勃発する確率が高い。

経済問題を隠すために、様々な理由があとからつけられる。


戦争の沸点が、私にはすぐそこに見えるのだが・・・


アメリカが台頭を押さえたい国との戦争を、アメリカ主導で他国が、自国経済の為に行ってくれるのであるから、これはアメリカ・日本そして、国内に様々な不満を抱える中国にとっても都合がいい


空絵事か?

9条改正、そして米軍の傘下入りは、財政問題の解決に使われる可能性が高い。


バブル経済、失われた10年、そして独裁政権の誕生。

2次大戦前と同じ道である。


様々な流れが、2次大戦前と同じ様相を呈してきた。

私達は、この60年間、何を学んできたのであろうか?

その理性が、現実問題として問われている。



さらに追記)

9条改正が戦争を引き起こすのではなく、財政問題が戦争を欲している。

私の危惧は、ここにある。


財政再建を考えた時に、昨年くらいまでは・・・

竹中大臣がターゲットインフレの導入という劇薬を、様々な場面で口にしていた。


しかし、このところ聞かない・・・

何故か?

米軍再編の問題とリンクしているように思えてならない。

しかし、これとて選挙前までは小さな危惧。


選挙で民主党が惨敗し、M氏が動き出したことに、憲法改正への現実味を感じている。

M氏が代表を目指すということは、そのまま憲法改正を意味する。


国家財政の破綻が戦争を欲している。9条改正は、その通過点に過ぎない。


私の危惧は、国家財政の破綻局面という現実。

竹中大臣がターゲットインフレを言わなくなったという現実。

ことからもう一つの選択肢が選ばれたのか?という推測から成り立っている。


政治家が、「民意」という言葉を使うときは、まやかしがある。


鴻池氏は、早々に郵政民営化法案賛成に転じたが、中曽根氏が賛成を表明したことにより、参議院での成立が現実的になった。

(衆議院で、2/3以上の議席を与党が占めているので、参議院での可否に重きは無いという意見もあるが・・・)

中曽根氏が転じた理由は、衆議院選挙における「民意」。

<郵政法案>中曽根元文相、賛成表明 派内11人賛成転じる


この言葉には、参議院存立そのものを危うくする可能性を秘めている。


参議院が全国区と地方区選挙で行われていた時代と、現在の比例区と選挙区で行われる時代。

選挙制度の変化は、参議院の政党化を生み、衆議院のコピー化を進めた。

参議院はまるで、衆議院の付属物であるがごとく、振舞う政治家も多数見うけられるようになった。

(旧選挙制度の時代、参議院の最大勢力は「緑風会」という政党と一線を画したものであったと記憶している)


そして、選挙制度が変わり、参議院のチェック機能は希薄化していく。

参議院の存在意義、そのものを問う声も、当の参議院議員の中からも聞こえる。


そして、参議院での郵政法案否決により、行われた衆議院選挙。

「民意」は、郵政民営化法案支持を打ち出した。

中曽根氏の発言は、その「民意」に従うもの。


中曽根氏の発言は、筋が通っているようにも見える。

しかし、衆議院で可決した法案を参議院で否決すること、

いや違う・・・

衆議院と同じ政党が構成する参議院で、衆議院が可決した法案が今後否決されることが無くなる。

このことを意味する。


二院制だから、審議は行うが、はじめから結論の見えた予定調和。

そして、実質的に二院制の形骸化に拍車がかかる。


つまり、参議院は要らないということ。

中曽根氏の「民意」発言は、そこまでの「民意」を含んでいるのだろうか?


さて、野田聖子氏。

<野田元郵政相>首相指名選では小泉首相に投票と表明


首班指名は、小泉首相に投じるらしい。

そして、郵政民営化法案にも賛成すると発言したとか

(ソースが発見できず。聞き間違えか?)


自民党本部は、造反議員を除名の方向で検討しているはずである。

それでも、首班指名は「小泉」なのか?


ここに、野田聖子氏が入閣するという観測を記したブログがある。

(参考:世に倦む日日 「組閣人事のサプライズとポスト小泉 - 野田聖子の復党と入閣 」)

これが現実味を帯びてくるのか?

政治家とは、言葉を生業にした仕事である。

そして、信念がなければなるまい。

議員であることの存在理由は、そこにあるはずである。


しかし、議員であることが優先され、信念は脇に追いやられる。

これは、その議員だけの責任ではないのだろうが・・・


しかし、この衆議院選挙でもう一つ示された「民意」を忘れてはならない。

それは、小泉首相が「郵政民営化」という信念を曲げなかったことが支持されたこと。


「風見鶏」と評されたのは、中曽根弘文氏の父親(?)であったが、

議員の処世が、正当性をもって語られるときがある。

しかし、その処世を「民意」は拒否している。


あらかじめ、お断りしておく。

この記事は、詭弁が含まれる恐れがある・・・


「小さな政府」を指向する為政者が、増税案を打ち出す。これは何かの笑い話か?

小学校の教科書にもこのくらいのことは書いてないか?


6月の政府税調の答申を例に出すまでもなく、小泉内閣は、この4年間増税シフトを引いてきた。

そして、6月の政府税調の答申通りの増税は行わないと、武部幹事長は力説したが、11月に示される税制大綱に従うと自民党の政権公約に書いてある。


一方で、小さな政府を持出し、一方で大きな政府を持出す。

この国の為政者は、どちらを目指しているのであろう?


アメリカの共和党は、あれでも減税を主張している。財政赤字は増えるが、お構いなしだ。

これが、郵政民営化と関連するのだが、その話は別に記す。


増税やむなしの論拠は、少子高齢化時代を迎えるにあたっての、社会保障費の増加。

しかし、本当にそうなのか?

だから、所得税の逆累進性を促進し、消費税率を上げても良いのか?

この2つの増税が直撃するのは、世帯年収600万円以下の、大多数層だゾ!


どこかの政党ではないが、大企業や高所得者への税負担強化は、当然ながら政府税調の答申には盛りこまれていない。


本当に、増税やむなしなのか?


2007年問題、人口増加率など、先送りしてきた問題が一気に噴出しようとしている。

先送りしてきたことに対する責任は、誰もとっていない。

そして、問題を先送りにすればするほど、ハードランディングしか道がなくなる。


為政者・官僚の失政の責任を、押し付けているだけでは無いのか?

そんな為政者を選んだ自己責任か?


今からでも、たぶん遅くはない!

政府に説明責任を果たさせよう!


問題の先送りは、マスメディアも荷担している。

2年後、増税と行政サービス低下の時代が一気にやってくる。


政権という権力を持つものに対して、普段は辛口以上のコメントが多いのだが・・・

危機意識、時代感覚あるいは嗅覚・・・

そのポテンシャルの高さはには、とても感心する。

残念ながら、民主党にこのポテンシャルはない。


岡田代表が辞任することになった。

これは、まぁ仕方ないのであろう。


問題は、次を選ぶ舞台裏を、表沙汰にしてしまっているところであろう。


4年前、自民党が小泉総裁を選んだとき・・・

国会議員数の票読みでは、小泉氏は圧倒的に不利であった。

それを、国民を巻き込み、世論を喚起し、それにより県連票が小泉氏に流れ、その票を見た国会議員が小泉支持に流れたのであった。

それでもあの、亀井静香氏の支持を最終的に取り付けなければ、小泉氏は橋本氏に総裁選で敗れていたはずである(記憶が曖昧であるが・・・)


翻って、民主党。

時間がなくとも、党員投票の道を模索し、ポスト小泉は○○だ!というイメージを国民に植え付けなければならないと思うのだが・・・・

原理主義というか、烏合の衆というか、乱世に弱いというか・・・・


私は、基本的には民主党を支持していない。

ただ、現実問題として、民主党が強くならないと、ダメだと思っている。

民主党が烏合の衆であっても、政権交代が、政・財・官の癒着を終わらせる一番の近道であるからだ。


次の代表・・・

今名前の挙がっている北海道のH氏、岩手のO氏、東京のK氏、千葉のN氏、京都のM氏では元の木阿弥であろう。

この顔ぶれでは、小泉モンスターには勝てない。

もし、自民党の小泉モンスターと戦えるとしたら、1人だけ適任と思える人物がいるのだが・・・

昨日、仕事中にラジオを聞いていたら・・・

「40人学級を25人学級にするのは、大きな政府です」と、教育現場を例に大きな政府・小さな政府の説明をしていた。

ある新聞では・・・

「福祉サービス低下への説明が必要」と、「小さな政府」=「福祉切り捨て」という論調で解説がなされている。


ちょっと待て!


どうして、こうも単純に「小さな政府」=「福祉切り捨て」となるのか!

近い将来(11月くらい)に、2007年度以降の税大綱が、政府税調から答申されるが、その露払いなのか?

いずれにしても、おかしな洗脳がさっそく始まっている。


この問題、しばらく追っかけることにするが、今回は入口論になる・・・


この国には莫大な借金がある、だから無駄な支出を減らし、さらにガマンしなければならない痛みがある。

マスメディアの論立ては、このようなものであるが、この論立てには、重大な欠陥がある。

それは・・・

いつまで、どのくらいガマンすれば莫大な借金が無くなるのか?

この説明がなされていないことである。


「この国は、まともに返すことを諦めている 」でも記したが、この国の抱えている借金は、このようなコツコツとした節約程度でどうにかなる域をはるかに越えている。

だからと言って、節約はムダ!というのではない。


節約程度でどうにもならないことを知っていながら、借金返済の為に節約しよう!という論調がおかしいと感じているのだ。


戦中、「欲しがりません勝つまでは!」の標語の下に、国民生活はギリギリのところまで貶められ、軍費にそれが消えた。

60年後の日本でも同じことが起きようとしている。

「借金返済までは贅沢させません?」、こんな迷言を論拠にマスメディアの洗脳が始まっている。



さて、ここから少しだけ本題。(この項目続く)


国の財源は限られている。

この国の、財政規模がこの4年間縮小傾向に向かっていないので、何ともおかしなことになるのだが・・・・


ざっくりとみれば、

国の税収が45兆円

国の歳出が80兆円

そのうち、一般歳出が47兆円。


この一般歳出を40兆円に減らすと仮定したときに・・・

7兆円の削減=福祉切り捨て、という公式は成り立たない。

あくまでも、支出バランスの話となる。


極端な例ではあるが、自衛隊のイラク派遣と障がい者福祉

これのどちらが大切ですか?という議論抜きに、福祉だけが切り捨てられていくのはおかしいということ。

障害者自立支援法のように、福祉の切り捨ては、最も弱いところに襲いかかってくる。という現実。

(立法主旨は良いのだが、社会基盤整備がなされてないのに自立せよというのは、切捨てと同じ)


例えば、この国の国会議員は、人口比率でアメリカの2倍

議院ひとりあたりの歳費は、ヨーロッパ諸国の2倍~4倍

こんな、高負担の議員を抱えているのである。

議論としてはこちらの方が先!


小さな政府=福祉切り捨ては仕方ない

さっそく、このような洗脳が始まった。

今回は、入口論で総花的となってしまったが、この項目は継続予定。

先日のNPOの話とやっとつながる(笑)。


参考ブログ)

小さな政府とは福祉切捨てのことではない!~うそをつかずにやってもらいますよ。


ブログを書くことの効果をこれだけ大きな形で実証する男がいるだろうか?

昨日、初日の大相撲秋場所で、小結に昇進した普天王関が横綱に会心の勝利!


以前にも記したが・・・

普天王関がブログを開始したのが、今年の2月。

初場所で、西十両筆頭で、9勝6敗の成績で帰り入幕を果たしてからであった。


その後の成績は・・・

3月場所。西前頭13枚目で8勝7敗で幕内初の勝ち越し(?)

5月場所。東前頭10枚目で11勝4敗で、初の敢闘賞を受賞。

7月場所。東前頭3枚目で10勝5敗で、初の技能賞を受賞。


そして、今場所。初の小結で迎えた初日、横綱から白星をもぎ取った。


ブログというネット時代の申し子が果たしている役割は、デジタルな進歩ではなく、アナログな人と人とのネットワークなのかもしれない。

そして、アナログな人とのつながりは、勇気を与える。


ブログメディアの可能性を別の角度から実証している好例である。

自民圧勝と予想しながら、最終盤はもしかしたら?と思っていた今回の選挙。

予想していたよりも、与党票が伸びたことに恐怖すら感じている。


楽観的な解釈をすれば・・・

これで、与党は政権運営の失敗を誰のせいにもできなくなった。

今回の選挙では、郵政民営化法案に反対することが、郵政民営化に反対することと議論がすり変わり、政権与党の失政の責任を、造反議員が引き受けるという構図が生まれた。

しかし、ここまで勝てば失政の責任を他者に押し付けるのは難しいだろう。

本当に、自民党が改革を実行するのか?問われる4年間になる。


悲観的に解釈をすれば・・・

地すべり的な圧勝を受けて、独裁政権とは合法的にこのように誕生するのだ。というプロセスを見た。

これも、今後の自民党の対応になるのだが、党執行部の方針に反対することは、除名を意味することを今回の選挙で自民党は見せ付けた。

今後出てくるであろう、郵政以外の課題について、党内議論を経ずに同じプロセスをたどったとしたら・・・

執行部の独走を止める勢力はいなくなる。

何度も記しているように、民主主義とは面倒な手続きの積み重ねという側面も持つ。

執行部の暴走は、独裁政治の幕開けになるのであろう。


ところで、今朝は様々な新聞を買って読んだ。

政権与党が2/3以上の議席を占めたことに対して、危惧する声も上がっている。

私に言わせれば、何をいまさらなのであるが・・・

マスのメディアが、劇場型選挙に加担してきたことは否めない。

そして、結果が出たとたんに良識派のふりをする、このような無責任体質は、もう改まらないのであろ。


私は、選挙戦最終盤に、もしかしたら?と感じたと書いた。

それは、無責任なマスのメディアに対し、自由なミニのメディアであるブログやメーリングリストなど、さまざまなネット時代の申し子機能が動き始めたのを感じたからだ。


今回の衆議院選挙に対して、拙ブログのとった言動は、厳密には公職選挙法に抵触する恐れがある。

拙ブログだけではない、多数のブログが公職選挙法に抵触する恐れがあった。

そして、それらが、選挙戦最終盤まで、活発な動きをしていた。


これは、マスの一方通行の垂れ流し報道から独立した、ミニコミの可能性を改めて示したものと感じている。


マンガからの引用で恐縮なのであるが・・・

かわぐちかいじ著『沈黙の艦隊』で、主人公が遺書にしたためた言葉が「独立せよ」であったことを思い出した。それは、あらゆるパワーからの独立。

緒戦はマスメディアの圧倒的な勝利であったが、ミニのメディアの可能性とその萌芽を感じられた選挙であった。


選挙期間中、拙ブログへのTBやコメントなどいただいた皆様、そして稚拙な文章を読んでいただいた皆様にに改めて謝意を申し上げたい。

そして、今後とも様々なご教授を賜りたく、お願い申し上げる次第である。




予想通り、自民党が圧勝した。

自民・公明党を合わせれば、議員定数の2/3を押さえる勢いである。


私はこの間、小泉首相の4年間の実績を検証してきたつもりである。

その結果、公約と実績の乖離が大きいと指摘してきた。


為政者が国民に約束したことを、守らせるも反故にさせるも、国民の力。

選んだ責任として、しっかりと見つづけていきたいと思う。




明日、私達は合法的に独裁者が誕生するのを目撃する。

そして、マスメディアがそれをサポートする。

大政翼賛会の政治を許したマスメディアよりも、今回の一連の選挙報道の方が罪は重い。


選挙前日まで、勝ち馬に乗れ!と言わんばかりの報道が目に付く。

そして、あの廃案になった郵政民営化法案の検証や、小泉政権の4年間の検証は脇に追いやられた。

自由な報道を自ら否定し、政権のプロパガンダに成り下がった。


民主主義には、為政者の説明責任が伴う。

それゆえに、選んだ側の自己責任が発生する。

説明責任を果たさない為政者はそれだけで、失格である!


説明責任を放棄し、自己陶酔している為政者を、メディアはそのまま放置した。

説明責任を放棄した暴走は、独裁政治である。

これは、リーダーシップではない。ファシズムである。


小泉首相は叫ぶ

「郵政民営化は、改革の本丸である」、「郵政民営化ができなくて、公務員改革ができるか」と・・・


4年前、小泉首相が誕生し、その直後から取り組まれた道路公団改革。

結局、公団の器を株式会社に変えただけで、道路を造り続ける構造は残った。

さらに、小泉首相は200兆円の新たな借金を作った。

そして、自らの公約違反は大したことないと言い放つ。

そして、あの廃案になった郵政改革法案は、将来の無駄を増やす。


どれをとっても、改革とは名ばかりのモノばかりである。

残念なことに、この実績を検証したマスメディアは少ない。


そして、政治手法は、自らに反する勢力の殺傷権を振りかざし、黙らせるというもの。

自らに反する勢力を、合法的に葬り去るのにメディアを用い、正当性のみをたれ流す。

これは、ヒトラーの手法そのままである。


これをリーダーシップと報じたメディアの罪は重い。


2年後から、団塊の世代の大量定年が始まる。

それは、年金破綻の問題だけでなく、経済失速危機時代のはじまりを意味する。

そのような、混沌とした時代に、私達は独裁者の誕生を目撃する。


「ボランティア」

自発的にある事業に参加する人。特に、社会事業活動に無報酬で参加する人。篤志奉仕家。(大辞林)


日本では、ボランティアをタダで行う奉仕行為と思いこんでいる人が多い。

そして、辞書でも無償という意味がついて回る。

しかし、語源をたどると、「自発的な行為」という意味のラテン語に行きつく。

そこには、無償という意味はない。


ボランティアや奉仕活動に経済面の話をすると、イヤな顔をする人は多い。

それは、無償の行為を前提にしているからである。

しかし、そろそろその呪縛から解き放たれた方が良い。


当たり前であるが、何をするにもお金がかかる。

お金を集める行為にもお金がかかる。

また、活動の為に使う時間も、無償で行うには自ずと限界がある。

そして、活動を行うこと自体にもお金がかかる。


まずは、この現実を直視する必要がある。


ホワイトバンド騒動を見ていて、批判者は現場を知らない脳天気なものが多いと感じた。

何をするにもお金がかかる、そして活動を広げようと思えば、無償行為や寄付行為だけでは、限界はすぐにやってくる。

この現実を無視して、批判をするのはとても簡単である。


社会的な成功者が、チャリティ活動などで社会還元を行うことが自然あるいは、義務であると考えている欧米社会とは異なり、日本社会にはその様な習慣は無い。

もともとこのような活動は、公的なセクターが担っていた。

しかし、公的セクターだけでは、限界もあり、民間セクターの立ち上がりが急務である。

さらに、税制面の優遇措置も規模はまだ小さく、民間セクターの立ちあがりを阻害している側面もある。


そして、今後、公的セクターの縮小が必定であり、公的セクターが担っていたものを、民間セクターに移していかなければ、支援を受けていた人々の生活に直結してくる。


ビジネス的に解決できる分野はまだ良い。

しかし、大多数はビジネスとして解決できない分野である。


企業や社会的な成功者が、何かの時に社会還元の一環として動ければまだ救われる。

しかし、そのような習慣は無いまま、公的セクターの縮小だけが続いている。


このような現状を踏まえ、どの団体も資金集めの方法を模索している。

そして、悲しい事ではあるが、資金集めの方法が見つかると、ボランティア団体とはほど遠い団体・企業などが、その資金集めの方法を根こそぎ奪っていく。

(この件は悪徳NPOの話として、別の機会に記す)


経済的な問題をタブー視することで、活動が継続できなることもある。


ボランティアを無償の行為という呪縛から解放した方が良い。

そして、このあたりは、アメリカのNPOに学ぶ点が多い。


そして、この項目、テーマを独立させて継続の予定。