拙ブログ「嫌中派がこの国を中国や北朝鮮と同レベルの国に導く!
」で、大阪高裁の靖国参拝「違憲」判決について、政教分離の視点から靖国参拝を否定的に捉えるのは困難であると記した。
そこにも記した通り、首相が靖国に行くのと、先祖の墓参りを行うのと、初詣に行くのとでは宗教的意味合いは同じだからである。
もちろん、後者の2つは対外的にも国内的にも批判に晒されることは無い。
靖国だけが批判の対象となる。
しかし、批判の対象だから「違憲」というのは、無理がある。
では、首相が靖国参拝を行うことを容認できるのか?
もちろん「否」である。
それは、対中問題を考えたものでもなければA級戦犯合祀の問題からでもない
もう少し違う根源的な問題がそこには横たわっている。
①参拝賛成派も反対派も東京裁判基準?
この国は戦後、東京裁判を受け入れることで国際社会に復帰できた。
だから、東京裁判の戦犯を合祀する靖国参拝はすべきではない。
戦争そのものは、国際司法上犯罪ではない。
それ故に、東京裁判は国際法上違法な裁判である。だから「戦犯」そのものの考え方がおかしい。
・・・・・
靖国問題が語られるとき、賛成はも反対派も東京裁判の是非に行きつく。
しかし、東京裁判を語ることで、先の戦争そのものを問う視点が欠如する。
あえて、東京裁判をクローズアップさせることで、問題を袋小路に誘いこんでいるようである。
②1億総懺悔の懺悔先
東京裁判を否定しても肯定しても、この国に戦争犯罪人は居なくなる。
東京裁判を否定した先にあるのは、戦争に導いた為政者の責任ではなく、戦争に負けたことは国民全員の責任という1億総懺悔論である。
そして、その懺悔は戦争に巻きこんだ他の国々に向くのではなく、戦争に負けたという懺悔として天皇に向く。
それは「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という、玉音放送に皇居に土下座して謝罪する民の姿と重なる。
そして、その思想を支える装置として靖国神社は存在した。
靖国問題を考えるとき、1億総懺悔の懺悔先が戦争に巻きこんだ諸外国に向いていないことは、重要なこととなる。
あの戦争で、1億人の民は戦争に負けたことを天皇に懺悔した。
しかし、本質的な意味で対中国や対韓国に謝罪を行っていない。
民は懺悔したが、懺悔先が間違えていた
このことを改めて問う必要があろう。
③あの戦争は、避け得なかった?
あの戦争が、アメリカに仕組まれてやむを得ずはじめたものであったとしよう。
しかし、そのことを論じられるのは、戦争を仕掛けた側ではない。
アジアの諸外国が、あの戦争を欧米植民地支配からの解放戦争と位置付けているならば別であるが、中国・韓国にそのような雰囲気はない。
この国の意図として、あの戦争がそのような位置付けであったとしても相手国がその様に受け取らなければ、あの戦争を肯定してはならない。
あの戦争をやむを得なかったものとして肯定するのは、独り善がりというものである。
このやむを得ず開戦論は、論理構成以前の問題で既に破綻している。
しかし、懺悔先を間違えた人々には、その論理破綻すら理解できない。
④総懺悔という無責任と為政者の責任
拙ブログ「玉砕せよ!命じた側と遂行した側
」で、「それでも、玉砕命令を下した軍幹部は、東京裁判という戦勝国の裁判によらずとも、何らかの裁きが必要であったのだろう。」と記した。
再び同じことを記すわけだが、視点を少し変えてみる。
総懺悔という言葉は、無責任という言葉の裏返し・・・・
これは、現在の責任をとらない官僚機構をイメージしてもらえば伝わりやすいと思う。
全てに責任があるということは、全てに責任貸せないという事と同義語。
そして、その効果は、為政者の責任をも回避する。
戦争という外交上の失敗の責任を為政者が負わずに、国民全員の責任とした。
そして、その責任は戦争に負けた事の責任という形で懺悔された。
そう、二重のレトリックがある。
私達は、戦争に負けた事の責任ではなく、戦争を行ったことの責任。
さらに、失政を覆い隠すためだけに行われた、住民を見捨てたことや玉砕戦を命じた為政者の責任を戦勝国の東京裁判によらずとも追求すべきである。
そして、この追求が靖国問題も解決に導く・・・
そう、玉砕を命じた側と命じられた側にともに哀悼の意を表するなどという無責任な言動を現在の為政者は行えなくなるからだ。
改革ファシズムを止めるブロガー同盟
うん!納得!!という人も、イマイチだったとい人も「ポチ」っと・・・