命にかかわる暑さ、

そんな言葉を聞いたり、目にすることの多い、本当に暑い暑い夏です。

 

ひまわりは、いかにも夏らしいといえるお花ですが、実はこの写真を撮ったのは、少し前です。

 

 

 

このひまわりが咲いている道を通って、新しい職場に通うことになるのですが、先日、入社手続きをする為に通った時に、このひまわりがしんなりとしてしまっている姿にびびってしまいました🌻💦

ひまわりさえもバテる、この暑さ・・・

 

さすがに、バテているひまわりの写真は撮る気持ちにはなれませんでした。

 

来月から本格的に職場復帰することになっていますが、幸いなことにその直前に、持病の頚椎ヘルニアの痛み止めになる神経根ブロック注射を打って頂きに、少し遠方の大学病院に行く予定になっています。

が、その日の最高気温が39度となっているのにもびびっています😅💦

 

いや、無事に職場復帰させて頂く為にもしっかりと受けておかないと、と自分に言い聞かせていますが。

 

それにしても、去年の夏に倒れて以来の体調不良から、以前の職場では契約を更新し続けてくれてはいましたが、リハビリを頑張って続けてみましたが、今の私の状況から考えてもお金がかかるばかりでしたので、あちこちで色々な方に相談に乗って頂いていましたが、結局は仕事自体を変えることになりました。

 

やはり自分自身での稼ぎがないと・・・・・ということも色々とありますし^^;

 

それに、この年齢(!)になってからも新しいことに挑戦できる、新しいことを学べるというのは、逆に前向きではないかな?とも思っています。

面接では、かなりかなーり昔に経験したことを、ある程度、盛って話したのですが(笑)本当に過去の経験なので、やはり新しい環境の中へ入ってゆくという感じです。

 

そんな今のような酷暑の中での復職に向けては、体調管理が大事なので、昨夜の体操団体は気になりながらも、しっかりと就寝しました。

起きてから、TLでの結果を知ってさすがにこれは!と思い、お昼の再放送を録画しています。

TVerでも、見ることが出来るようなので、有り難い時代だとは思います。

 

 

 

まだ見ることは出来てはいませんが、かなりドラマティックな展開の中で、それでいて、日本人らしい態度を貫いて、そして美しい体操での輝く金メダルを取られたそうですキラキラ

 

おめでとうございます!!

の気持ちと共に、こういう方たちの頑張る姿から力を頂きながら、着地まで、爪先までもが美しい、日本らしい体操を見つめることになりそうです。

パリ五輪が始まっています。

 

開会式では、パリ・オペのダンサーさん達の(元も含めて)バレエの映像などが流れていましたが、時差の関係もあり、そこまでの情熱も感じなくてその日は就寝。

 

起きてから、TLを見ながら「見たかったかも。録画しておけばよかったかも?」と思う場面こそありましたが、やはりマリー・アントワネットの生首を持っている場面を見てしまうと、気持ちが萎えてしまいました。

 

それが、革命の国であるとはいっても、場所も場所だし(彼女が首を持っていたのは、幽閉されたコンジェルジュリーの窓からだったそうです)

やはり、やり過ぎというか、なんというか・・・

 

ダンサーさんの踊りは、TLで見せて頂きましたし🎶

個人的には、ジダンからナダルへの聖火が渡されたあたりがツボでした。

(ナダルはスペイン人ではありますが、全仏の、赤土の王者でもありますので、フランス人にとっても嬉しい出演者だったのではないか?と思います)

 

それに、なんといっても、セリーヌ・ディオンが『愛の讃歌』を、思っていた以上にずっと力強い歌声で朗々と歌い上げたその姿を見た時には、心を掴まれました。

映画は見てはいませんが、セリーヌ・ディオンが難病と戦うその姿を見せてくれたドキュメンタリーは、予告映像だけでも彼女の抱えた病気の重さや苦しみが伝わってきましたので、かつての歌声を思い出すと辛いものがありました。

 

そのセリーヌがパリ五輪に参加される?という情報を見かけた時も「少し歌うのかもしれないけど、上手くいくといいなぁ」という程度にしか思っていませんでしたので、どんなに厳しいリハビリを重ねたのか?と感じさせてくれた、往年を思わせる、彼女らしい力強い歌声を聴いた時には、もらい泣きをしてしまいました。

 

セリーヌ・ディオンの歌声です。

 

 

しばらくは、朝起きてからTLを見ては、五輪のさまざまなドラマを垣間見る日々が続くのだろうと思います。

 

フィギュアスケートのように大好きな選手がいて、絶対にその瞬間を一緒に応援したい!と思える種目がないとはいえ、きっとそれぞれ小さい頃から「それだけ」に集中してこられ、厳しい鍛錬の、練習の日々を重ねてきた方達の「頂点」とも言える舞台での戦いは、独特のものがあるのだろうと思います。

 

今日は「ふみの日」だそうです。

 

スマホの恩恵をいっぱい受けながら、使いまくりながらも思うことは、

母が私を育ててくれていた頃が、スマホ時代ではなくてよかったということです。

それでも、やはり母の性格から考えると、お誕生日にLINEでメッセージを送って終わり、にはされないだろうなぁ、と思うのです。

 

今も母が私に送ってくれたバースデーのカードが、手元に残っています。

 

 

 

私が大好きだったピーターラビットを思わせる可愛いカードの裏には、懐かしい母の字がびっしりと並んでいて、今読み返してもその文章を通じて、優しい、けれどもこの世を生き抜く力をきちんと持っていてほしいという、私の幸せを願う、母の気持ちが伝わってきます✨

 

このカードは私が20代の終わり頃に送ってくれたものだと記憶していますので、ある意味、意識のしっかりとした母との別れの近い時期だったのかと思うと、たまらない気持ちになります。


毎年もらっていたはずなのに、なぜか手元に残っているのはこの一枚だけなのです。

 

最近また、ブログをアップし始めてはいますが、それだけではなく、アナログでいつも持っている手帳に、ボールペンで文章を書き始めてもいます。


予定もすぐにスマホのスケジュールにつけていましたが、大切な用事や大切だと思った言葉は、きちんと手帳に文字で書く、

そういう習慣を再び始めています。

 

母の残してくれたボロボロになったメモ帳を見つめながら。


私宛てへの日記のようなメモ帳は、これまた私好みのアルフォンス・ミュシャのもので書いてくれていました。





あまりに何度も読み返していたので、表紙が剥がれてしまいましたが、それでも内容はしっかりと読めます。

この母の書き残してくれたような気持ちで生きていられてるのか?とか、ちょっと思ったことも文字を書くことで、改めて感じることが増えたような気がしています。

(漢字が書けなくなっている!ということも含めて^^;ですが)

 

そういえば、学生時代からの親友は必ず、誕生日カードはもちろん、年賀状も暑中見舞いも必ず手書きで送ってきてくれます。

mixiで親しくなった友人の中でも、誕生日カードを送り続けてくれる方がいますが、彼女はLINEでも、とても誠実なやり取りをしてくれます。

 

この郵便事情が寂しくなっている時代だからこそ、「手紙」という形で交流してくれる方達との思いを考える事を通じて、そして母からのカードを見つめることによって「ふみの日」という意味も深みを増して感じられています。

 

それから、、、、

戦時中に中身もチェックされながらも、なんとか受け取れた、短い葉書を大事にされていらした方達の気持ちも考えずにはいられません・・・・