これは、亡き母に、聞いてみたい言葉なのです。
やーっとやっと、『ばけばけ』でヘブンさんに英語を教えてもらいたいとお願いするトキの姿を見ていたら。
もちろん、彼女にはヘブンさんとのコミュニケーションを取りたい!というモチベーションが強くあったからだと思います。
史実では、英語はやはりなかなかものにならなかったけれども、ヘブンさん?ハーンさん?(笑)の語るカタコト日本語の、独特のヘルン言葉なるものを彼女だけが理解できていらしたとか。
それにしても、こんな構音障害を患いながらも、心の奥底でふと、また英語を学びたいな、と思えたのがまずは嬉しくて。
その昔、母があんな酷い交通事故に遭う前は、毎年のように、今年はこんな感じなのね!と、NHKの英語のテキストを買ってきてくれたものでした。
が、が、が、私はその頃は接客業をやっていたので、当然の事ながら英語対応が出来ると給与も上がるという下心?否!モチベーションにつながるものがあったのです。
『カムカムエブリバディ』では、母と一緒に聞いていた頃の講師の大杉正明先生が登場されて嬉しかったのを思い出しますが、あの物語でも主人公が英会話を取得するのは、大好きになったあの素敵な彼とのやり取りがあったらこそ。
その頃から思っていましたが、、、
いよいよ母の年齢に近づいてきて、今、仕事をしてなかったら、私は英語を学ぼうとするだろうか?と、自問自答するのです。
母は、若い頃から家計簿を英語を使って書いてみたりしていたそうですが、あのピュアな語学に対する頑張りは、どこからきていたのだろうか?と不思議にも思うのです。
音楽に対する情熱はすごくて、なんと!あの思い切りの昭和の時代に、学生だった母は、カラヤンが来日公演をする!と知って、しかも修学旅行と行き先が同じで日程も合うと知り、(それも何かの引き寄せのようにも思いますが)大胆にも修学旅行を抜け出して、カラヤンの公演を観に行ったのだと楽しそうに話してくれました。
カラヤンが現れた途端、雷に打たれたようになり、すごい光を感じた✨と、何度も何度も大切な思い出を語ってくれた母。
去年の年末に、NHKがその頃のカラヤンのお宝映像を見せてくれましたが、母が生きていたらなんと言っただろうか、と、私まで胸が熱くなりながらその映像を見つめました。
昭和の時代でしたから、逆に、夜の点呼などを友達に頼んでいたら大丈夫だったのかな?と、母の大胆な行動と音楽への熱い憧れに感じ入ったのものです。
英語に関しては、もちろんそこまでの凄い行動は記憶にはありませんが(笑)ただ、今になって思うのは、なぜそんなに頑張れたのかな?という事です。
もし今、私が仕事もしなくなったら、そんなに頑張れたかな?と思うと、、、
母から頂いたものをしっかりと受け継いでいきたい!とは思いながら。
カラヤンを聴きに行く為に、修学旅行を抜け出した頃なのでしょうか?
愛しい、可愛い母でした💕💕
