たくさん傷ついた人は、より人の気持ちがわかるようになる。
その分相手がどうすれば心地よくなるか、嫌な思いをするかもわかるようになる。
つまり、人を守ることもできるし、攻撃することもできる。どっちも選択できるようになる。
ここで、自分の気持ちをわかってもらえない苦しさから恨みにしてしまえば、相手の傷つけ方を知っている分、傷が深い分、より強力に苦しめてしまうこともできる。
反対に、相手がどうすれば傷付かず、大切にしていくことができるか考えて思いやりを持てば、愛に変えていくこともできる。
これは本人の選択次第だと思う。
どっちを選んでも自由。自分が生きたい方を選ぶだけ。
けれど、どっちの生き方が自分にとって幸せなのか、よく考えてみてほしい。
相手にわからせたいと思えば思うほど、自分の感情がすさんでいく。相手も困らせる。
その経験ももちろん無駄ではない。
ただ、そのまま進んでいくうちに、お互いに苦しみを感じていくことになる。因果応報で、自分が良いか悪いかにかかわらずやったことが戻ってくる。
苦しみを感じ続けたいか、喜びを感じたいかは自分で選択することができる。
もちろんどっちを選んでも間違いではない。
今その現状の中にいる人はこの文章に出会うことはないのかもしれない。
その現象が落ち着いた頃に、もしこの文章に出会ったなら、一度立ち止まって考えてみてほしい。
自分はどっちを選択したいですか?