深く傷ついた経験がある人は、もともと愛の深い人であると目にして、なるほどと思った。自分を責める必要はなく、自分の性質なのだなと理解した。


傷ついたままの自分を放置し続けると、ずっと相手が悪いと思い相手を攻撃したい気持ちになってしまう。

自分と向き合うことから逃げず、強さを持って自分を癒すことができれば、それはより深い愛に変えることができる。


愛とはこの世界の本質であり、本当の愛があれば争いはなくなると言われている。

ただ、今の地球は本当の愛である考え方からかけ離れている出来事も多く、真実がわからなくなってしまうことが多いのだと思う。

本当に争いをやめることを望んでいる人ばかりの世界であれば、争いをなくしていくことができるはず。

けれども、争いという経験をしたいと望んでいる人が存在するのも事実。

全ての人は争いを無くしたいと思って生きているわけではない。

その経験がしたい人も否定することはできない。

そうなると、この地球上は様々な思想が混ざり合っている。混沌とした状態の中で私たちは生きている。

そのことを理解していると、同じ職場、同じコミュニティの中にいたとしても、全く別の捉え方の人もいて当然と言える。


私の旦那は競争が好きで、私は競争がどうしても好きになれない。

自分と正反対な考え方の人はどうしても否定したくなってしまうこともある。

けれど、違う考えの者が自分の目の前に与えられているということは、それすらも受け入れる愛の深さが求められているということなのではないだろうか。

自分が好きになれないことも許容していくこと。

尊重していくことで自分を高めていくことができるんじゃないだろうか。

今の私にはまだそこまでの器がないと思うけれど、少しずつ本当の愛に近づいていけたらいいなと思う。