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株式会社 丸信 社長のブログ

株式会社丸信 代表取締役 平木洋二のブログ
包装資材販売、シール・ラベルの印刷、紙器印刷加工業を営む株式会社丸信の社長のブログです。

作家の童門冬二氏がお亡くなりになられたようだ。

謹んでご冥福をお祈りしたい。

 

代表作「小説 上杉鷹山」は20代後半に読んで影響受け、一年後に読み返し、30代で一度、40代でさらにもう一度読み返した記憶がある。

 

 

 

 

 宮崎の田舎の藩から名門上杉家へ養子として迎えられた若き冶憲(後の鷹山)が17歳で藩主となり困窮した米沢藩の財政を立て直すべく、学問の師である細井平洲の教えを実践し、自ら率先垂範、質素倹約に励みながら、若手を登用するなど人づくりを通して、地場産業を振興や新田の開発にも力を入れ、抵抗勢力からの激しい抵抗に遇いながらも、藩の財政再建を成し遂げていくストーリー。

 

20代後半で地元久留米に戻り、家業に入社し、決して温かく迎えられたわけでもなく、新しい事を提案すればいつも抵抗に遇っていた私がこの本の若き冶憲の苦闘に自分を重ねていたのだろう。

 

小説の中で、治憲の改革に抵抗する重臣の家老数名が結託し、治憲を取り囲み、力づくで改革を翻意させようとする場面がある。藩主に対し通常の武士の世界では有り得ないことだが、名門上杉家に片田舎の小藩から来た若き養子と侮られたのだ。

 

その窮地を救ったのが大殿である義理の父、先代の上杉重定。

抵抗すれば実力行使も辞さない態度で、重臣たちが治憲を取り囲み、力づくで改革案の翻意を迫る現場に突如乗り込んできて、重臣らを一喝。さすがに重定の威光の前では重臣らも無力にひれ伏す。そして後に切腹などの厳しい処分を受けることになる。

 

これを機に治憲の改革は加速していく。

小説なので多少脚色された可能性はある。

 

牧歌的な例で恥ずかしいのだが、20数年前の弊社でも同じような場面があった。

私の弊社入社時は、なんと! デザイン等の制作部門でこそMACを使っていたが、営業、事務系は誰も仕事でパソコンを使っておらず、すべて紙ベースで運用されていた。驚くことに見積り(原価)計算も見積り書も手書き。営業日報もすべて手書きして社長(先代)にFAXするのが慣わしだった。

 

私は自費でパソコンを買い、会社のデスクの上に置いた。

「何に使うの?」

という周囲の冷ややかな視線を他所に、エクセルでVLOOKなどの関数を駆使しながら、簡単な入力だけで自動で自社製品の原価計算をできるようにし、ファイルメーカーで見積り書のDBを作成し、過去の見積り書を検索できようにした。

小学生の頃から叔父の影響でパソコンに馴染んでいたことが活きた。これらには便利さを感じてくれる人も出てきた。

 

次は営業日報だということで、手書き&FAXからメーリングリストに全営業が発信して、個々の営業情報を全社共有しようと提案した。先代もOKしてくれた。

 

ここで事件が起こる。

 

声の大きな営業幹部の複数が公然と反対し始めたのだ。

「そんな時間あったら営業活動に時間を割くべきだ」

「そんなことやって何になる」

反対、反対の大合唱。ある営業幹部からは

「たとえみんながやっても俺だけは絶対にやらない」

と凄まれる始末。

 

え~!今時?と思いながらも、弱冠27歳、入社したばかりで大した実績もなかった私。一旦この案は引っ込めて、営業で成果出して発言権を得てから再チャレンジするしかないか、、

 

そう思っていた矢先に、先代が会議で

 

「誰がどう考えたってメールの方が便利だし、全員で情報共有できる方が良いに決まってる」

 

と一喝。

頑なだった皆さんも先代には素直に従い、営業日報のメーリングリスト化は実行されたのだった。これはセールスフォースに代替される最近まで続いていた。

自分一人で大きくなったような顔してるが、病弱だった幼少時代からこの頃までは先代にガッチリ守られていたのだ。

 

ただ、今も昔も、変化を嫌うのは人の性。

 

 

前回のブログで老害防止策は

 

・意図的に新しいことに取り組む

・知らない情報に積極的に接する

 

であった。今後も世の中には様々なツールが生み出されるだろう。今ならAIだ。自分には関係ないと捨て置くか、積極的に触れてみて、使ってみるかで大きく違う未来になるだろう。

小学生の頃、叔父のパソコンを触りたくて、隣町まで自転車で訪ねて行った好奇心はもう消え失せたが、これから現れる新たなデジタルツールや新しい概念にも意図的に触れ続けたいものだ。

 

先日、社員旅行でディズニーリゾートに行ったが、今やスマホとディズニーアプリ無しでは全く楽しめないのが夢の国の現実だ。

新しいツールや概念を遠ざけて損をするのは自分なのだ。

 

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」

 

は上杉鷹山が残した名言とされているが、実はこれは武田信玄の

 

「為せば成る 為さねば成らぬ成る業(わざ)を 成らぬと捨つる人のはかなき」

 

に影響受けて詠んだ言葉だとされている。信玄が、人は本来やればできるのに、やりもしないで、できないと決めつけ避けてしまうものだと、人の弱さに言及しているのに対し、断固として自分はやり抜くぞとの鷹山の強い意志を感じる。


何事も「為せば成る」だ。


朝の新幹線にて