売り家と唐様で書く三代目 | 株式会社 丸信 社長のブログ

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株式会社丸信 代表取締役 平木洋二のブログ
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学生時代の4年間を千葉県の野田市で過ごした。

とんでもない田舎であった。

 上京する際、地元の友人から「都会に染まるなよ」なんて言われたが、都会に染まるどころか久留米よりも遥かに田舎で、むしろ「都落ち」であった。常磐線で上野から柏まで行き、そこから単線の東武野田線に乗り換えて野田に向かう。地元の子供達は少し訛っている。茨城弁に近いだろうか。学生時代の彼女が新百合ヶ丘に住んでいて、千代田線で代々木上原まで行き、そこで小田急線に乗り換えるのだが、明らかに人種が違う人々がそこにいた。常磐線とは違い人々は上品だ。田舎者の私も東京には東西格差があるのだと理解できた。

とはいえ、住めば都。

充実した4年間であったし、私自身も大きく成長できたと思う。故郷の「久留米」、サラリーマン時代を過ごした平木家のルーツの地「熊本」についで野田市は第三の故郷だ。
 
 久留米に市民が誇りとするブリヂストンがあるように野田市には今やグローバル企業の「キッコーマン」がある。家庭教師のアルバイトで旧市街にある老舗の布団屋さんに通ったが、ほんのり醤油の薫りがしたのを覚えている。

 今月の日経トップリーダー誌にキッコーマンの茂木名誉会長の記事がでていた。当誌で最も好きな連載のひとつである星野リゾートの星野社長のファミリービジネス研究会での対談である。
 タイトルは『創業家内の競争システムが「ぼんくら息子問題」を解決する』

概略はこうだ。

キッコーマンは1917年に茂木6家と高梨家、堀切家が合併してできた企業で、この合併によっていち早く近代化に成功したことが、この業界として初めてのナショナルブランドとならしめる原動力となった。
 8家には不文律があり、創業8家から一世代に入社できるのは一人に限られている。しかも入社しても特別扱いはなく、優秀であり、実績を残さない限りは役員にさえなれない。これら一世代8名の創業家出身者にプロパーの社員の中で特に優秀な数名を加えた10名程度から経営者を選抜する仕組みとなっている。
 この仕組みにより、常に優秀な経営者が選ばれる。

よくできた仕組みだと思う。

先日弊社の後継者について、次の経営者は我々の一族以外から選ぶと社内に宣言した。私には子供がいないし、一族にも私からダイレクトに継承できるような年齢の子供もいない。
 仮にいたとしても、その子が優秀かどうかを担保できない。これが星野さんが言うところの「ぼんくら息子問題」であろう。

 最も影響を受けたビジネス書のひとつ「ビジョナリーカンパニー」では超優良企業の条件は

基本理念を維持する仕組み
進化する仕組み
世代を超えて優秀な経営者を生み出す仕組み

と学んだ。ここでいう経営者はいわゆる「カリスマ型の経営者」ではなく、これら3つの仕組みづくりに粛々と注力する経営者だ。

 細々と規模も提供価値もあまり変わらず、伝統を守るような商売であれば、永遠に同族経営で構わないのかもしれない。しかし、業容の拡大や提供価値の向上を目指して行くなら、特定の一族だけに経営者の供給元を頼るのはリスクが高い。

 このキッコーマンのような仕組みはこの問題を解決するかもしれない。ドラッカーの本で海外にも同様の仕組みで同族であっても優秀な経営者が常に供給される会社について読んだ記憶がある。

 我が一族はそういう意味では少子化で人材のストックに厚みを持たせられなかった。よって一族間の競争システムで優秀な経営者を供給するのは当面不可能だ。

となれば、打てる手は限られる。

社員さんの中に競争システムを組み入れ、その中から優秀な経営者が生まれる仕組みを社内に内包するしかない。

自分が後継者になると決心してから、これまでの道程を思い返せば、一般の社員さんを経営者に育てるのには相当困難な仕組みづくりが必要であろう。しかし選択肢はないのだ。やるしかない。

その前に私自身がまだ「ぼんくら息子」なのか、そうでないのか評価の対象であることを忘れてはならない。

最悪は本日のタイトル「売り家と唐様で書く三代目」。(三代目は唐様で書くほど教養はあるけど、甘ちゃんで商売潰しちゃうと昔から揶揄されてきた)

そうは絶対ならないぞ。