株式会社 丸信 社長のブログ

株式会社 丸信 社長のブログ

株式会社丸信 代表取締役 平木洋二のブログ
包装資材販売、シール・ラベルの印刷、紙器印刷加工業を営む株式会社丸信の社長のブログです。

山口周氏の著書『ビジネスの未来 (エコノミーにヒューマニティを取り戻す)』を読んでいる。(まだ途中です)

 

 

「ビジネスはその歴史的使命をすでに終えつつある」「私たちの社会は、物質的貧困をなくすというミッションを終え、明るく開けた『高原社会』へと軟着陸しつつある」という氏の指摘は、長年会社の成長だけを追い求めてきた私にとって、非常に衝撃的でありながらも、深く腑に落ちるものだった。

インターネットやAIといった巨大なイノベーションが起きても、先進国の経済成長率はここ半世紀、低下トレンドのままである。それは私たちが「停滞」しているのではなく、すでに十分に豊かになり、成長が完了しつつあるからだというのだ。

そして、この本の中で私の心に最も深く突き刺さったのが「経済合理性限界曲線の外側」という言葉だった。

漢字ばかりで少し難しく聞こえるかもしれないが、要するにこれは「ビジネスとして儲かるか、儲からないかの『境界線』」のことだ。

この境界線の「内側」には、多くの人がお金を払ってでも解決したい悩みがある。 例えば、「もっと簡単に痩せたい」「もっと便利なスマホが欲しい」といった需要だ。あるいは、年間約100万人が新たに診断される「がん」のような病気もここに入る。市場規模が大きく、ビジネスとして十分な利益が見込めるため、放っておいても世界中の企業が巨額の投資を行い、競争しながら解決策(新薬や新商品)を生み出していく。これが内側の世界だ。

一方で、境界線の「外側」には何があるのか。 それは「深刻に困っている人は確実にいるが、人数が少なすぎたり、お金を払えなかったりして、ビジネスとしては絶対に儲からない課題」である。 「市場とは、利益が出る限りなんでも行うが、利益が出ない限り何も行わない」。本書にあるこの冷徹な事実は、私自身の過去の悲しい記憶と直結している。

市場原理の残酷さ

今から10年前、私の家内はフォン・ヒッペル・リンドウ(VHL)病という難治性の希少疾患でこの世を去った。VHLという遺伝子に異常が生じることで引き起こされる病気で、国内の患者数はわずか約1000名と言われている。

例えば、年間約100万人が新たに診断される「がん」であれば、市場規模も大きく、製薬会社や大学も新薬開発や治療法確立に向けて莫大な投資を行う。成功すれば企業として大きなメリットを享受できるからだ。

しかし、国内に1000名しか患者がいないとなると、民間の製薬会社はビジネスとして新薬開発のプロジェクトをスタートさせることは極めて難しい。投下した莫大な研究開発費を回収する見込みが立たないからだ。 これこそが「経済合理性限界曲線の外側」に取り残された問題である。どんなに患者や家族が苦しみ、切実に助けを求めていても、経済合理性(儲かるかどうか)という壁の向こう側にある課題は、市場原理の中では永遠に放置されてしまうのだ。

限界曲線の外側へ手を伸ばす方法

では、限界曲線の外側にある問題を解決するにはどうすればいいのか。

私は以前から、地元・久留米市の子供の貧困問題の深刻だと聞いていた。この課題に取り組んでおられるNPOさんにも心ばかりのご支援を継続させて頂いている。データを見ると、貧困はシングルマザーのご家庭に偏在しているのは明らかであり、彼女たちが安心して働ける環境、すなわち「病児保育」の必要性を強く認識していた。

そこで一企業として病児保育を備えた保育園に取り組みたいと考え、専門業者さんに試算を依頼した。しかし、結果は「年間6000万円以上の赤字が出る」というものだった。まさに経済合理性の壁にぶち当たり、私は一度計画を断念せざるを得なかった。

しかしその後、待機児童問題が社会的に大きくクローズアップされ、当時の安倍政権が内閣府主導で「企業主導型保育所」という助成制度を創設してくれた。この制度(国からの資金投入)を活用することで、丸信でもようやく念願の病児保育を実現することができたのだ。

現在、私たちの保育園は常に定員いっぱいの子供さんをお預かりしており、冬場には病児保育もフル稼働している。助成金のおかげで、儲かるというレベルではないが、ほぼ収支トントンで持続可能な運営ができている。お母さん方からは「本当に助かっています」と有難いお言葉を数多く頂いている。

毎年春の卒園式。そこにあるのは「涙、涙、涙」だ。 私は長年いろいろなビジネスをやってきたが、恥ずかしながらお客様も、従業員も、感動でこれほど涙を流してくれるビジネスはこの保育園以外にない。

これは、経済合理性限界曲線の外側にある問題であっても、国が企業に助成金を出し、企業が運営のノウハウを提供することで、見事に解決できるという一つの証左である。マイケル・ポーターが提唱した「CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)」にも通底する実践だと自負している。

限界曲線の外側を支える「贈与」の精神

同じ久留米市内の優良企業でも、素晴らしい取り組みをされている会社がある。 貧困世帯の優秀な子供さんに独自の奨学金を出し、進学をサポートしているのだ。その奨学金を受けたお母さんから直接お話を伺う機会があったが、「あの支援のおかげで本当に助かった。心から感謝している」と仰っていた。そのお子さんは大企業でエンジニアとして活躍されているそうだ。

これらもまた、市場原理(ビジネス)の枠を超えた「贈与」によって、限界曲線の外側の問題を解決している素晴らし事例だ。

これからの日本、そして企業の使命

もう十分に豊かに、そして成熟したこの日本において、私たちがこれから本当に行うべきことは何だろうか。

社会全体を見渡せば、ビジネスとしてすぐに解決しなければならないほどの(儲かる)巨大な社会課題は、すでにほとんど存在しない。だからこそ先進国の成長率は鈍化しているのだ。

だとすれば、私たちがこれから目を向けるべきは、無理に経済成長の数字を追い求め、人為的に需要を作り出すことではない。「経済合理性限界曲線の外側」に取り残されたままの、希少疾患や貧困といった、少数の、しかし深刻な痛みを抱える人々の課題に、国を挙げて取り組む時期に来ているのではないだろうか。

それは、国が助成金などの支援を行うことかもしれないし、大企業が利益の一部を寄付することかもしれない。あるいは、社会課題の解決だけを目的とした巨大なファンドの設立や、すべての人に最低限の生活を保障する「ベーシックインカム」のような制度の導入が必要になってくるのかもしれない。

ビジネスの使命が変わりつつある「高原社会」において、企業もまた、ただ利益を追求するだけの存在から脱却しなければならない。 経済合理性の壁を越えて、ヒューマニティ(人間性)を取り戻し、誰一人取り残されない社会をどう創っていくか。

 

 多くの社員さんを抱え、多くのステークホルダーにお世話になっている身なので口が避けても成長をギブアップするとは言えないし、言うつもりもない。

ただ「限界曲線の外側」の問題にもチャレンジしなきゃロマンがない。私自身に何ができるのかをこれからも問い続け、行動していきたい。

 

朝のオフィスにて