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PACK RATのブログ

こちらは退職したあるシニアのブログサイトです。はるか昔の想い出話と無責任なひとり言を書き綴っています。

クレア

 

散歩の時間が1時間半から2時間、足洗いと乾燥に30分、1日2度のご飯が計5〜10分、それ以外の時間はソファやベッドでのんびり寝て暮らしています。

 

 

  

 

 

 

マゴ

 

ポーランド人ファミリーに招待されたと聞いた。お姉ちゃん同士、弟同士、互いに同じ年齢のようだ。子供を介しての異文化交流は親にとっても楽しいことだろうな。

 

 

理系出身の国家首脳

 

長らくドイツ首相を務めたアンゲラ・メルケルさんが任期満了により政界を勇退された。ドイツのみならずEUの顔だったメルケルさんに対して、EU首脳会議の議長は「彼女のいない首脳会議なんて、エッフェル塔のないパリのようだ」と称賛かつ惜別の辞を述べたという。

 

メルケルさんは理系出身で、博士の学位を有することでも知られている。コロナ禍ではロベルト・コッホ研究所の提言に耳を傾け感染防止対策に役立てていた。

 

彼女の学位論文の内容を調べてみた。Google Scholarで簡単に見つかった。

 

「気相におけるモノフルオロメタンと水素陰イオン間の2分子求核置換反応に対する速度定数の推定」アンゲラ・メルケル、他2名。アメリカ化学会誌、1988年、110巻、8355〜8359ページ。このジャーナルはレベルが高いことで知られる。この雑誌に第1著者で原著論文となると、当時の彼女の研究がいかに優れていたかがわかる。

 

研究分野は化学反応速度論、統計力学や量子力学を用いた遷移状態理論に基づいて2分子反応の速度定数を推算しようとしている。この領域は非常に難解であるが、彼女が要旨に書いているように、その割には推定値は実測値と一致しない。従って、私のような工学技術者がこの領域に関わることはなかった。

 

メルケルさんのこの時の所属は、東ドイツの科学アカデミー・物理化学中央研究所になっている。彼女は大学卒業後この研究所に就職し、1986年に博士の学位を取得している。さらにここで現在の夫と知り合ったのだ。

 

物理化学中央研究所時代のメルケルさん(右端)とその後結婚することになる現在の夫のヨアヒム・ザウアー氏(中央):2021年12月6日NHK_BS1で放送されたテレビ番組「メルケルが残したもの:16年間の足跡」より。

 

しかし、1989年のベルリンの壁崩壊とともに彼女は研究者の道を捨て、政界入りを決意したようだ。それまでの彼女に思想的な信条は特になかったようなので、統一ドイツの将来に何らかの貢献をしたいという強い意思が働いていたのだろう。

 

 

最近、国際政治の舞台で露出度が際立ってきた国家首脳がいる。中華人民共和国の最高指導者である習近平氏である。同氏は1979年に精華大学化学工程部を卒業している。日本で言えば工業化学科や化学工学科と思うが、こちらの方は私の工学領域に近い。なお後年、習氏は同大学から法学博士の学位を取得している。

 

習近平氏も理工系で学び政治家の道に入った経歴を持つ。化学技術分野におけるリーダーは多方面の専門家の意見をよく聞き、それらを取りまとめて最良の製品を作り出すための判断を下す責任がある。一党支配による権威主義や覇権主義に執着することなく、秩序正しい平和な国際社会の実現を目指してもらいたいものだ。

 

 

台湾

 

中華民国、台湾は将来どうなるのだろうか。。台湾は日本による統治時代を経て、戦後直ちに中国本土から逃れてきた蒋介石が中華民国政府を設置してその新しい歴史が始まった。

 

近年の中華人民共和国の強大な影響力のもと、中華民国を国家承認している国は極めて少ない。ほとんどの国が国家承認をしないままに外交関係を継続している。

 

しかしごく最近の香港における民主化弾圧以降、台湾に対する武力侵攻の危機が懸念されている。これを受けて、かつてソ連の脅威に曝された過去を持つチェコやバルト三国が台湾との関係を強化しようとする動きが目につく。

 

台湾の人たちは、かつて日本による統治時代を経験してはいるが、韓国とは対照的に親日的である。私の知人などは、「中国に統一されるぐらいなら、日本に占領された方がはるかにマシだよ!」などと冗談とも本気ともつかない発言をしている。

 

かつて日本が台湾に残したものを負の遺産としてではなく正の遺産として捉えているのだろうか。。日本の現代カルチャーの浸透度も極めて高い。台北の町を歩いていると懐かしい昭和の日本の香りがする。地下鉄で隣に座った若い女性が日本の女性向けファッション誌を読んでいたりする。おかしな日本語が目についたり、漢字も本土のように簡略化されていないので分かりやすい。私にとっては好きな「国」の一つである。

 

 

ノスタルジックな雨の九份

 

九份の町は台北の東に位置し、路地を歩くと日本の統治時代の面影を感じ取ることができる。映画「千と千尋の神隠し」のイメージを思い起こさせるが、映画の製作者側は「ここをモデルとしてはいない」と否定しているらしい。

 

今回は2012年12月、用務の合間に慌ただしく訪れた九份のちょこっと街歩きをまとめてみた。

 

  

 

  

基山街には伝統的なスイーツやみやげ物を扱うお店がたくさん並んでいる。アーケードにはなっているが屋根の隙間から雨水が垂れてくる。店の軒先には提灯がぶら下がり、店内の照明は昔ながらの傘付き電球のところが多い。観光客も多く、私が知る昭和30年代の年末の市場の賑わいを思い出す。

 

  

タロイモと小麦を使った団子入りのおぜんざい「芋圓」(左下)を提供しているお店

 

  

魚のすり身団子が入ったスープを取り扱っているお店(右)

 

  

魚のすり身団子「魚丸湯」を販売しているお店が多い(左)。干しエビと切り干し大根を包み込んだ餅菓子を売っているお店(右)。

 

懐かしい火鉢。お茶を入れるためにお湯を沸かすのでしょうか。ここは茶館であると同時に陶芸のお店でもあるようです。

 

豎崎路上の九份で最も風情のある眺め:右手に「阿妹茶樓」という茶館、左手に「非情城市」の看板。

 

 

 

豎崎路の狭い階段を下り終えて振り返ると。。(上3枚の写真)

 

ワンちゃんにお見送りいただいて九份を後にしました。

 

将来台湾を再訪する機会があれば、この九份の地に一泊したいものです。

 

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今回は、つい最近勇退されたアンゲラ・メルケルさんから初めて、台湾の九份につないでみました:メルケルさんと言えば理系出身の首脳、理工系出身といえば中国国家主席の習近平氏、最近の中国の話題といえばウイグル弾圧と台湾との関係、台湾の観光といえば九份。ちょっと疲れました。