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PACK RATのブログ

こちらは退職したあるシニアのブログサイトです。はるか昔の想い出話と無責任なひとり言を書き綴っています。

クレアとマゴ

 

  

(左)秋の公園にて、(右)ハロウィーンにて

 

 

走るクレアとマゴ

 

  

  

  

(左)公園にて駆けるクレア、(右)ストライダーに跨って走るマゴ

 

 

 

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ザグレブ旧市街 〜ストレスフリーの街歩き

 

私が子供の頃、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は当時のチトー大統領の優れた指導力の下で政情の安定した国だと教わった。しかし、1980年のチトー大統領の死去及び1990年のベルリンの壁崩壊後、過激な民族主義運動が台頭し、1991〜1995年に独立戦争が勃発した。現在は平和が戻っているが昔の連邦共和国からは、問題のコソボを除くとクロアチアをはじめ6ヵ国が分離独立した。

 

クロアチアはバルカン半島に位置し、南側はアドリア海に面しているが首都のザグレブは内陸側にある。

 

オランダのアムステルダム近郊にお住まいのミホさんの最近のブログで、クロアチア旅行記を拝読した。ザグレブを拠点にプリトヴィツェとロヴィニを訪れられたようだ。私は、ロヴィニには行ったことがないが、2017年5月にザグレブ→プリトゥヴィツェ→スプリット→ドゥブロヴニクと旅したことがあるので、ミホさんのザグレブ滞在記はなつかしかったし興味深かった。

 

クロアチアはどこもそうだが治安が比較的よく、ザグレブの旧市街巡りもリラックスして楽しむことができた。今回はその時の概要を地図中の順路に従ってまとめてみた。

 

ホテルはバスターミナル近くでしたので、そこからトラムに乗ってこのイェラチッチ総督広場に到着しました。ここからが街歩きの始まりです。左手正面のビルはザグレブ・アイですが、屋上に展望台があるようです。⓪

 

聖母マリア被昇天大聖堂前の広場にやってきました。

 

   

聖母被昇天大聖堂の外観と内部です。この大聖堂は16世紀頃のオスマン帝国軍の侵入に備えるために外壁で囲まれています。①

 

  

大聖堂の向かいには屋外青果市場や屋内魚市場が広がっています。②

 

  

西の方に少し歩くと南北にトカルチチェバ通りが走っていて、おしゃれなカフェやレストランが並んでいます。この通りには昔ながらの日時計や、20世紀前半に新聞記者や女流作家として活躍したマリア・ユリッチ・ザゴルカの像が建っています。③

 

  

トカルチチェバ通りから西隣のラディチェバ通りに移動し、少し反対方向に戻ってザクマルドの小径を上がっていきます。途中から右手の方向に迂回すると大聖堂方面のきれいな景色を眺めることができます(このあたりは聖キャサリン教会の裏手に相当し、グラデツと呼ばれるザグレブ発祥の地だそうです)。ここから戻る途中、小径の階段に沿ったベンチに座って昼食のサンドイッチを頬張っていると、ウェディング・フォトセッションの一行がやってきました。彼らは私の存在が鬱陶しそうでしたが、私はめげずに食事を取り続けました。④

 

  

ラディチェバ通りに戻って北へしばらく歩くと石の門(中世に作られた城壁の門)の入り口に着きます。その横には龍退治をした聖ユライ(ゲオルギオス)の騎馬像があります。右の写真は石の門の出口側です。⑤

 

  

聖母マリアの礼拝堂前では若い男性が長いことお祈りを捧げていました。石の門を出たところには「Experience Croatia」というお土産屋がありました。⑥

 

   

私はこの旅行中、左手首に付けていた韓国・大邱の海印寺(ヘインサ)で買ったブレスレット(数珠のミサンガ)を壊してしまいました。そこで上のお土産屋で代わりのミサンガを買いました。また、クロアチアはネクタイ発祥の地として知られています。そこで、ネクタイ付きのよだれ掛けを買って孫へのお土産としました。

 

  

石の門を出てカメニタ通りを西に歩くと、すぐに聖マルコ教会の前に出ます。13世紀の建造で美しい屋根に特徴があります。左側にはクロアチア王国などの紋章が、右側にはザグレブ市の紋章が描かれています。また、教会の右には国会議事堂が、左には首相官邸が建っています。⑦

 

   

 

   

聖キリル・メトディウス通りを南に歩くとナイーヴアート美術館があります。ここにはガラスの裏面に四季折々の風景を絵の具で描いたクロアチア独特のアート作品が展示されています。上の4枚はいずれも冬の農村を精密に描写したもので、そのみごとなできばえは驚嘆に値します。⑧

 

  

ナイーヴアート美術館の前の道をもう少し南に歩くと、中世の見張り塔、ロトゥルシュチャック塔があります。この塔に上がると旧市街と新市街の街並みを見渡すことができます。とくに旧市街の眺めが素晴らしいです。また塔内にはザグレブの古い街並みの写真が掲げられていました。⑨

 

   

(左)1864年の石の門の入り口、(右)現在の石の門の入り口(いつの間にか聖ユライの騎馬像が設置してあります)

 

   

(左)1930年の聖キリル・メトディウス通り、(右)現在の同じ通り

 

   

(左)1979年のロトゥルシュチャック塔からの大聖堂の眺め、(右)現在の眺め

 

   

(左)1936年のトミチェヴァ通りのフニクラ、(右)現在のフニクラ⑩

 

最後の写真にある世界最短(66メートル)のケーブルカーに乗って新市街のイリツァ通りに戻りました。ここからミマラ博物館に立ち寄って西洋絵画のみを鑑賞したのち、Purgerというレストランに行って夕食をとりました。

 

  

レストラン「プルゲル」とクロアチアの代表的ビール「オジュイスコ」

 

  

ミックスサラダと「チェヴァプチチ・ナ・ジャル」という肉団子の郷土料理

 

  

夕食後、ストロスマエル広場からトミスラフ王広場まで歩き、ザグレブ中央駅前からトラムに乗ってホテルに戻りました。午前11時ごろから午後19時ぐらいまでの約8時間の街歩きでした。

 

訪れた街の治安の良し悪しは、その街に鉄道やバスで降り立ったときの匂いである程度の判断がつくものです。その日の朝、私がバスターミナルに着いて初めて町中に出たとき、人々の表情は穏やかで、目に入る周囲の光景も何となく心休まるものに見えました。この日私が接した人々も皆笑顔で親切に対応してくれました。ここからは遠く離れていますが、ラトビアやエストニアを旅行したときの印象と似ていました。大国からの抑圧や民族間の戦争を克服した人々の苦しみを我々が簡単に理解することはできませんが、彼らには何か人間に対する素朴な優しさが備わっているように感じました。