父の四十九日法要が終わりました。
家族だけで、ゆっくりと。
好きだった食べ物を、とお寺さんに言われ、冬に作って冷凍しておいた干し柿を小袋に入れて持参しました。
父の大切な中国人の友人が、この日に我が家へ来訪する約束を生前していました。
偶然この日が法要となり、2日前に来日し、父との約束通りこの日家族として納骨にも立ち合ってくれました。
父と彼は四十年来の友情で結ばれており、私にとっても兄のような、そして弟にとっては大学の恩師であり、まさに家族のような存在です。
八十歳のお祝いに用意していた品を、仏前に供えるために届けることになった彼の気持ちはいかばかりかと。
父の話をいつまでもして、母を慰め、私たち姉弟を抱擁して別れました。
私たち家族の誰かが訪中すれば「包住包吃」(宿泊から食事まで)で歓待してくれ、彼が来日の際はおなじく包住包吃でもてなす付き合いなのに、今回は法要の準備と後始末で何のおもてなしもできなかった。
そればかりかこちらが驚くほどの香典を頂き、流暢な日本語で父を偲んでくれました。
「我的妹妹,应该的」
当然のことです、と私が一番好きな言葉で気遣ってくれる彼とこの日を共にできて、父はどれほど喜んでいるだろうか。
父の死を伝えるときに、来訪の予定をお断りせずに良かったと安心しました。
前晩の強風もやみ、穏やかな初春の日に父は我が家が見える山のお墓に入りました。