「武漢日記」読了。
武漢在住の女性作家が、武漢封鎖下の日々を綴ったものです。
一市井の人ではあるけれど、作家としての地位のある人物なので一般庶民のそれとは少し異なるかもしれませんが、市民がどうやって武漢の封鎖とそして解除を迎えたかが描かれます。
何よりも、ブログとして配信した日々の記録が、当局による削除や規制、ネットユーザーの攻撃に負けず世に送り出され続けたことに驚く。
そして彼女の信念と粘り強さに。
責任は、責任はどこにあるのか、と強く非難を繰り返す彼女の信条は、異文化に暮らす私にはその執念にちょっと引いてしまうほど。
でもそれは、モラトリアム的な日本の文化にどっぷり浸ってしまっているからかもしれない。
特に武漢のケースは多くの初動ミスや隠蔽が指摘されているため、最もな批判ではあるだろう。
正しい行動をした医療従事者たちや、普通の誰かの家族が大勢命を落としたのだから。
そして、彼女が言うように作家である彼女こそがそうした批判を表現する使命があることもまた真実かもしれない。
しかし、私もよく知るあの、国で。
それが可能であることの衝撃。
果たして、同じことが日本で起きたらどうだろう?
ただの市民である私は、誰かの死を悼んで、あるいは自身がコロナに屈しながらただ、何を恨んだら良いかわからないまま涙するしか術がない。
武漢は明日の私たちの日々を示してくれる。
ウィズコロナを謳う前に、心しなければならないことはあるはずだ。
この本は、中国国内では発禁になっているそうだ。