「レトリック」という言葉自体、それほど市民権を獲得しているとは思えないが、ともあれ、レトリックを用いなければ、表現できない事柄がたくさんある。
実際、古今東西の神話の言語や聖書をはじめとした宗教的なテキスト、世界の文学、そして自然科学における特殊な叙述に至るまで、そこにはレトリックがあふれているのである。
そもそも、レトリックが何かよくわからないまま、人は、いわば本能的にレトリックを用いる。日常会話においてさえ。
そうしたわけで、私も適宜そのことを実践する。これまでも、そうしてきたわけだが、それをより意識的に成そうと思う。
レトリックは定義づけではない。シュタイナーの表現を借りるならば、ものごとを特徴づけるための方便とでも言えばいいのかもしれない。レトリックという言葉自体、それを定義するのは無粋である。私は、硬直したミームのアルゴリズムから逃れたいのだ。
試みに、「ドーパミン」「オキシトシン」という一種疑似科学的(擬科学的)な用語をレトリックに用いたい。
1 ドーパミンはアストラル体と関係する。その相関関係は明らかで、アストラル体が興奮すると、ドーパミンがドバっと出る。
2 オキシトシンはエーテル体と関係する。共感に満ちた身体的な接触が(要するにそれは献身であり受容である)、オキシトシンの産出を促し、人はリラックスして、気分的に安定し、いわば整った状態に至る。
3 ドーパミン/興奮と、オキシトシン/鎮静。アストラル体の興奮とエーテル体の鎮静とは、相反する。人間の身体と魂とは、あたかも振り子のように、興奮と鎮静の間を絶えず行っては帰る、帰っては行く。アストラル体とエーテル体の間を行き来しており、どっちつかずのまま、徐々に疲弊していく。
3-1 このように不健康な状態から、いかにして脱出すればよいのか?
この問いと共に、さらなるレトリックのための言葉が必要になってくる。
つまり、レトリックとは、純粋思考を拠り所とした表現と記述のための重要な方便の一つなのだ。さらに言えば、それはインスピラツィオーンの叙述である。
アストラル体とエーテル体の不調和から来る身体と魂の様々な不都合を乗り越えるために、人は古来より宗教と芸術とを暮らしに結びつけた。いずれも霊的な営みである。それは単に個人的なベクトルを超えて、人類の霊に関係する。
つまり、誰かが芸術的な営みを成すとして、それは彼だけのために成すのではない。また、宗教的な営みは人々のつながり合いの中で初めて意味をもつ。
芸術も宗教も他者の存在という前提なしには、意味を成さず、芸術家や宗教者がどれほどそのことに自覚的であるか否かに関わらず、彼らの芸術や宗教の営みは、他者との関係性の中で初めて意味をもち、その営み自体、人類の霊の発する霊的衝動こそが起点となっているのだ。
アナトリー・ヴェデルニコフの弾くモーツァルトの幻想曲ハ短調K.457とピアノ・ソナタハ短調K.457を聴きながら、自分が一瞬ベートーヴェンの曲を聴いているような気がした。このような一種の錯覚の体験をあげれば、それこそきりがない。
モーツァルトは彼にしか書けない音楽を書いたし、ベートーヴェンだってその点においては変わりがない。他の作曲家たちについても、それは同様だ。一人ひとりが違う。だが、その違いの向こうから、何か同じ大いなるものが姿を現す。それを私たちは、確かに聴き取るのだ。
人類の霊であり、自我であるものが、芸術家たちの種々の作品から聴こえてくる。聴き方のベクトルが正しくチューニングされていさえすれば、あなたはそれを聴き逃すことはない。
人類の自我と記憶とが、人をしかるべき時、しかるべき場所へと導く。そのとき人は、孤独のまま、荒れ地に放り出されるのではなく、切り離すことのできない共通の課題を担った他者と出会い、協働すべく定められているのだ。
そのような意味において、シューマンとショパンは共に1810年に生まれ、その一年後にリストが生まれた。
また、1803年にはベルリオーズが、1809年にはメンデルスゾーンが生まれている。そして、彼らは驚くべきことに交流し合って、お互いがお互いのいわば触媒となった。
さらに、同じ1813年には、ヴァーグナーとヴェルディが生まれ、その生涯を通じて、彼らはお互いの芸術のことをよく知っていた。
ベートーヴェンを尊敬しながら、ベートーヴェンとはまったく違った音響の世界を創り出したシューベルトは、ベートーヴェンの死後一年にして、1828年で世を去る。31歳。
いずれにしても、芸術の世界における霊的ネットワークを俯瞰することはできないとはいえ、彼ら芸術家たちの霊的使命というものを、私たちは感じ取ることはできる。