これは実際にあったことであり、今もなお、続いている。
共感はキリスト、反感はアンチ・キリストであるアーリマン。
キリストが存在したが故に、アーリマンが出現した。そして、人間が・・・。
そうだ。人間がアーリマンの仕掛けるキリストに対する戦いに巻き込まれたのだ。
この戦いは、今もなお続いており、その終わりはまだ見えない。
この戦いは、神話ではなく、現実だ。だから、それを終末論のように語るのはよくない。
そもそも終末論は、現実に対する反感と絶望に由来し、人間の無力を容認する。ニヒリズムと同類である。
キリストはその地平からは現れない。
人間は、死と反感の装置である悟性魂/心情魂の軛(くびき)に囚われており、共感の神としてのキリストのことがよくわからない。
共感とは真逆のベクトルにどっぷり染まっているのだ。アンチ・キリストであるアーリマンのベクトルに。死と反感のベクトルに。