カント再考 ~ 『哲学の謎』(シュタイナー)を読む | 大分アントロポゾフィー研究会

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”18世紀の終わりに、世界観および人生観という大問題において明晰性を求めて闘った人々は、二つの精神的要請-カントとゲーテ-を仰ぎ見る。最も力強い仕方で、このような明晰性を求めて努力した人物の一人に、ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(1762~1814年)がいる。彼は、カントの『実践理性批判』(Kritik der praktischen Vernunft)を知ったとき、次のように書いている。

私は、新しい世界に生きている。・・・私が決して証明されえないと信じてきた事柄、例えば絶対的自由や義務等の概念は、いまや私にとって証明されている。そのおかげで、私は以前よりそれだけ喜ばしい気分である。人間性に対するどれほどの経緯を、どれほどの力を、この体系が与えてくれるかは、計り難いものがある。・・・それは、道徳が根底から破壊され、義務の概念があらゆる辞書から削り落とされてしまった時代にとって、どれほどの祝福であることだろう。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.131,132)

 

フランス革命に象徴されるように、旧来の価値観が大きく揺らいだ時代である。1806年には、ドイツに侵攻していたナポレオンの圧力によりライン同盟が結成され、神聖ローマ帝国は崩壊する。そのような状況のもとで、意志と勇気の人フィヒテが語った言葉を、シュタイナーが引用しているのである。

 

「新しい世界」「絶対的自由」「義務」「この体系」、そして、「道徳が根底から破壊され、義務の概念があらゆる辞書から削り落とされてしまった時代にとって、どれほどの祝福であることだろう」という言葉が印象に残る。

だから、「この体系(カントの体系)」が、いかにして、フィヒテが「決して証明されえないと信じてきた事柄」つまり「絶対的自由」「義務」等の道徳的な概念を、証明しているのか、一度は自分の目で追跡しておくべきだと思う次第である。

 

私は文献学者ではないから、自分なりのやり方でそれを行うことが、適切である。いずれにしても、自分の頭で考えなければ意味がないのだから。誰の迷惑にも(お世話にも)ならないし、自分のためにはなるわけだから。少なくとも、すべての人の純粋思考のために、価値あるテキストは公開されているのだから。

 

”・・・カントは、「数学的な思考様式によって認識されることは、それ自体真理の確実性をともなっている」と感じている。人間が数学の能力を有するという事実は、人間が真理に至る能力を有することを証明している。他のいかなるものを疑おうとも、数学的真理は疑いえない。・・・数学のもつ思考様式に従って考えられたもの以外は何も、近世の精神において自覚的な人間自我がスピノザ的な意味で自らを確実なものと感じるための、確固とした基礎を与えることはない。すでにデカルトも同様に考えており、スピノザは、彼から多くの刺激的な示唆を引き出していた。懐疑の状態を脱して、彼は、自らにとっての世界観の支柱を獲得しなければならなかった。・・・自己意識的心魂の内部に、思考を支えるものが見出されなければならないのである。デカルトにとって、またスピノザにとっても、これは、「心魂は思考一般を数学的概念様式におけるように扱うべきである」という要求を満たすことによって与えられる。デカルトが懐疑から、「我思う、ゆえに我あり」という彼の結論、およびそれと結びついた諸々の言明に没頭しているあいだにも、彼は、それにもかかわらず、それらが彼には数学に固有の明晰性と同じ明晰性をもっていると思われたゆえに、確実性を自覚していたのである。・・・この数学的な心的傾向は、自我自らが必要とする「自我」の確実性への渇望から生じるのであるが、それはこの「自我」をある世界像へと導き、そのなかで自我は、その確実性を得ようとする努力をとおして、自らを、また精神的な世界の基礎への自立した確固たる立脚・自由・自立した永遠の存在への希望を、失ってしまうのである。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.135,136)

 

「数学的な思考様式」「数学のもつ思考様式」「数学的概念様式」とは、純粋思考の一形態である数学的な純粋思考のことである。一方、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という思考も純粋思考だが、こちらは数学的な純粋思考ではない。だから、「心魂は思考一般を数学的概念様式におけるように扱うべきである」という要求とは、「通常の思考を純粋思考に高めよ」という要請である、と見なさなければならない。

ところが、「数学のもつ思考様式に従って考えられたもの以外は何も、近世の精神において自覚的な人間自我がスピノザ的な意味で自らを確実なものと感じるための、確固とした基礎を与えることはない」とシュタイナーが語るように、数学的な純粋思考以外の純粋思考がありうる、つまり、数学的な純粋思考は純粋思考の一形態にすぎないと考える人が、当時はまだいなかったのである。

つまり、数学的な純粋思考は、感覚的な媒介を必要としないという点においてのみ、純粋思考としての特徴をもつ、ということなのである。数学的な純粋思考においては、感覚的な要因、感情的な要因、そして意志的な要因はすべて排除される。

すべては永遠の相のもとに相対化され、いわゆる汎神論的な世界観が生み出される。ここには霊的なヒエラルキアの入り込む余地はないのである。

そのようにして、「自我は、その確実性を得ようとする努力をとおして、自らを、また精神的な世界の基礎への自立した確固たる立脚・自由・自立した永遠の存在への希望を、失ってしまう」。

 

”ライプニッツの思考は、正反対の方向へ向かった。人間の心魂は、彼にとっては、それ自体固く閉じられた自立的なモナドである。しかし、このモナドは、自らの内に含まれているもののみを体験する。「あたかも外部から」現われる世界秩序は、単なる幻影にすぎない。その背後に、真の世界が 横たわっている。それは、モナドのみから成り立っており、その秩序は、外的観察には姿を現わさない予定調和なのである。この世界観は、人間の心魂に、その自立性、宇宙における自立的存在、自由、世界の進化における永遠の意義への希望を残す。しかしながら、もしそれがその基本原理に徹するならば、畢竟(ひっきょう)、心魂に知られることはすべて心魂そのものにすぎず、それは自己意識的自我の外に出ていくことはできず、宇宙は外からその真実の姿で心魂に示されることはありえない、と主張せざるをえなくなる。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.136)

 

「このモナドは、自らの内に含まれているもののみを体験する。『あたかも外部から』現われる世界秩序は、単なる幻影にすぎない」。「心魂に知られることはすべて心魂そのものにすぎず、それは自己意識的自我の外に出ていくことはできず、宇宙は外からその真実の姿で心魂に示されることはありえない」。

モナドは、まさにイメージ体である。イメージ体の外に存在するはずの宇宙について、人は何一つ知ることはできないと考えるならば、それはそのまま不可知論になる。

 

”デカルトおよびライプニッツにとっては、彼らがその宗教的教育のなかで獲得した確信が、いまだ強い影響力を保っていたので、彼らは、それらをその哲学的世界像の内にとり入れ、そうすることによって、本当は彼らの世界像の基本原理から引き出されたものではない動機に従った。・・・スピノザは、彼の人格の偉大なる特質をとおして、実際に彼の世界像の帰結を描出した。自己意識が要求するこの世界像にとっての確実性を獲得するために、彼は、この自己意識の自立性を放棄し、自らを一なる神的実体の一部と感じることに、自らの至福を見いだしたのである。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.136,137)

 

デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」という純粋思考によって、認識論と存在論とを結びつける際まで辿り着いていたのだが、そもそもデカルトの時代には、「認識論」というカテゴリーは存在せず、デカルト自身がこの純粋思考の先をめざすことはなかった。また、ライプニッツは、「モナド」という直観によって、人間の低次の自我の正体であるイメージ体を発見していたが、時代的な制約の中で、「モナド」というものが、いわゆる第二の自己認識の契機と成り得るというヴィジョンを持つことはなかった。スピノザは、その数学的/機械的純粋思考を最後まで突き進めて、一種の相対主義に到達した。汎神論である。それゆえ彼は、教会から「無神論者のレッテルを貼られ異端視され」(ウィキペディア)ることになったのである。

「わたし/Ich」「あなた/Du」「それ/Es」という直観が、人類の上に現われるのが20世紀のこと(cf.マルチン・ブーバー『我と汝』1923)であるから、デカルト、ライプニッツ、そしてスピノザの思想的な営みが、そのような経緯を辿ったことは、無理もないと言うべきである。

 

”・・・レッシングは彼の信条を次の言葉で要約している。「啓示された真理の、理性の真理への転換は、もし人類がそれから助力を得るべきだとするなら、絶対に必要なことである。」18世紀は、「啓蒙」の世紀と呼ばれてきた。ドイツの代表的諸精神は、啓蒙をレッシングの言葉の意味で理解した。カントは、啓蒙は「人間の自ら招いた未成熟状態からの離脱」である、と宣言した。そして、そのモットーとして、「汝自身の悟性を用いる勇気を持て」という言葉を選んだ。しかしながら、レッシングに劣らず卓越した思想家たちでさえ、最初は、「自ら招いた未成熟」状態から引き出された信仰の伝統的教義を啓蒙をとおして合理的に変容させることができたにすぎなかった。彼らは、スピノザのように、純粋に合理主義的な観点に突き進むことはなかった。・・・スピノザは、自らの悟性を用いるという課題を、本当の意味で引き受けたが、・・・”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.137,138)

 

ここでは、述語の整理と再確認をしておく必要がある。

まず、「理性」である。ここでは、「理性」とは、純粋思考にまで高まることができる思考一般、いやむしろ、純粋思考そのものと理解しておく必要がある。

次に、「悟性」である。「悟性」は、カントの『純粋理性批判』において大きな役割を果たすキー概念であるが、数学的/機械的純粋思考と考えると理解しやすい。

つまり、「悟性」は「理性」の一形態なのである。

レッシングの「啓示された真理」とは、究極的には、「神/神々/霊的ヒエラルキアに纏わる(まつわる)直観」である。このような直観は、古来、神秘家/神秘主義者の専売特許(せんばいとっきょ)のようなものであり、アカデミカ-/Akademiker からは、毛嫌いされてきた。しかし、実社会においては、むしろ、この「啓示された真理」、つまり神秘主義的な直観の世界こそが、ものごとを成し遂げたり、動かしたりするときの原動力になっていた。どちらかと言うと、非合理的な意志/衝動のようなものである。

レッシングは、この「啓示された真理」を「理性の真理」へと転換する、と言うのである。

不合理を合理に転換する。純粋思考の真理にする。啓示/神秘的直観を、純粋思考の言語によって記述する。

実は、啓示/神秘的直観自体が、すでに純粋思考の一形態なのである。そして例えば、聖書は、啓示/神秘的直観を、純粋思考の言語によって記述した典型である。そして、純粋思考の言語は、純粋思考を以てしなければ、理解することはできない。ユークリッドの『原論』が、数学的思考によってしか理解できないように。

そして、カントは宣言したのである。「汝自身の悟性を用いる勇気を持て」。

つまり、数学的/機械的純粋思考によって、どこまでやれるかやってみよう、というわけである。数学的/機械的純粋思考の言語を駆使するつもりなのである。

同時代のほとんど誰も、このことを遂行するための勇気を持っていなかった。ただゲーテのみが、そのために必要な感性と勇気と大胆さとを持っていたのである。

 

”・・・私(ゲーテ)は・・・かの無神論者の(スピノザの)神への崇敬を護りとおし、あなたがた(ヤコービをはじめとするゲーテの同時代人たち)には、あなたがたの宗教と呼ばれ、またそう呼ばれねばならないあらゆるものを残してゆきます。あなたの確信は神への信仰のうちに安らい、私の確信は見ることのうちに安らっているのです。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.140)

 

「私の確信は見ることのうちに安らっている」とゲーテが言うとき、彼は、彼の考えるいわゆる有機体の科学を念頭に置いている。あくまでも科学である。しかし、この科学は、数学的/機械的純粋思考に拠るものではない。直観的純粋思考に拠るものである。

数学的/機械的純粋思考は、鉱物界を視野に収めるが、エーテル界/生命界を思考することはできない。少し前に流行った言葉を使えば、それはカテゴリー・エラーを犯すことになる。

一方、直観的純粋思考によって、人は、エーテル界/生命界を思考することになる。

 

さてここで、少し先回りをして、ショーペンハウアーを見てみることにする。

 

”・・・確かにプラトンは語っていた。「われわれが事物や事象に対して単に知覚的な態度をとるかぎり、われわれは次のような人間たちに似ている。つまり、暗い洞窟のなかに頭を回すことができないように縛りつけられて、向き合っている壁のうえに、背後に燃えている火の光によるもの以外は何も、すなわち彼らと火のあいだをとおって投げかけられた現実の事物の影、相互の、そしておのおの自身の影しか見えない人間たちである。この影の現実の事物に対する関係は、われわれの知覚対象の、真の現実であるイデアに対する関係と同じである。知覚可能な世界の事物は生じては消えるが、イデアは永遠である。」カントは、同じことを教えたのではなかったか。知覚可能な世界は、彼にとっても単なる現象界にすぎないのではないか。確かにこのケーニヒスベルクの哲人(カント)は、この永遠の現実をイデアの帰すことはなかったが、空間と時間のうちに繰り広げられている現実に関して言えば、ショーペンハウアーにとっては、プラトンとカントのあいだには完全な一致が存在しているのである。・・・彼(ショーペンハウアー)は考える。

「私は、事物を見たり、聞いたり、感じたり、すなわちひと言で言えば、それらを表象するかぎりにおいて、事物の知識を得る。ある対象は、私にとって、私の表象においてのみ現前する。それゆえ、天や地なども、私の表象である。なぜなら、それらに相応する「物自体」は、表象の性格を帯びることによって単なる私の対象となったからである。」”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.258)

 

「表象」つまり「イメージ」であり、「表象としての世界」(ショーペンハウアー)は、イメージ体と重なる。ただし、文脈の要素を薄めたイメージ体。イメージ体の最大の特徴である重層し、錯綜し、相矛盾する文脈イメージという側面が見過ごされてしまったイメージ体である。

 

啓蒙思想が勢いを得て、やがてフランス革命が起こる。それと並行する形で、近代的な個人主義がはっきりとした姿を現わし始めた時代である。そのような時代状況を考えれば、ショーペンハウアーに、人間の他者という視点が見られないのは、仕方のないことなのかもしれない。

 

イメージ体における文脈イメージというコア部分は、人間の他者というベクトルを抜きにしては、なかなか出て来ないものである。なぜなら私は、私と他人の意見が違う、歩み寄れない、理解し合えない、などの生活場面に遭遇した時に初めて、私のもつイメージ体と他人のもつイメージ体が異なっているという現実に直面し、その違いの由来が、単にイメージの違いと言って済ませられるものではなく、お互いが想定し、そして生きている(生活している)文脈が相容れないことにあると気づくのだから。

 

”カントがその結論に到達した道は、ヒュームの思考世界を経由するものであった。彼はヒュームのなかに、「世界の事物と事象が人間心魂に諸々の思考関係を明かすことは絶えてなく、人間悟性がこのような諸関係を、それが世界の諸事物と諸事象を空間的には並存的に時間的には連続的に知覚しているあいだに、ただ習慣をとおして想像するにすぎない」という見解を見いだした。人間悟性は自らに知識として現われてくるものを世界から受け取ることはない、というヒュームの見解に、カントは感銘を受けた。カントにとっては、思考はひとつの可能性として現われる。すなわち、人間悟性にとって知識となるものは、世界の現実から因ってきたるものではないのである。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.141)

 

ヒュームは、人間の思考習慣がすべてであり、そこからイメージ(想像)が生まれてくる、と言う。同様に、「人間悟性にとって知識となるもの」は、客観世界に根拠を持たない、とカントは考える。

ここで言う「思考習慣」を、「文脈イメージ」と同定することができる。

 

”・・・ヒュームは、彼の仮定から、結論を導き出す。

「宇宙の光景は、間断なく推移している。そして、あるものは不断の連続のうちに他のものに続く。しかし、全宇宙を動かす諸々の法則と力は、われわれから完全に隠されており、肉体のいかなる感覚的性質においても、決して自らを明かすことはない。・・・」

・・・カントはこのヒュームの結論を、自らの結論として、どうしても採用することはできなかった。というのも、彼にとって、自然科学的数学的認識の確実性は、何ものにも代えられないほど確固としたものであったからである。彼は、この確実性が損なわれるのを許すつもりはなかったが、それでもなお、「われわれは現実の事物に関するあらゆる認識を、それらを観察し、この観察に基づいたそれらの関係に関する思考を自ら形成することによってのみ得る」と言う際の、ヒュームの見解の正当性を否定することはできなかった。・・・もしわれわれが全知識を事物から受け取るとするなら、いかなる確実性も存在しないことになろう。しかるに、確実性は存在する、とカントは言う。数学と自然科学は、このことの証明である。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.142~144)

 

ヒュームならば、すべての科学的認識は文脈イメージである、と言うはずである。諸々の感覚イメージを思考によってつなぎ合わせることによって、文脈イメージは構築される。だから、鉱物界と強い結びつきを持っている。

この場合、数学的純粋思考は、どのような関わりを持つのだろうか。数学は、無機的な世界と親和性を持つ。生命のない世界である。

つまり、「自然科学的数学的認識」とは、基本的に無機的な鉱物界についての認識であり、そこに生命や魂、ましてや精神/霊というベクトルは一切関与しない。だから、「確実性は存在する」とわざわざカントに言われるには及ばない、というのが、正直なところではある。

 

さて、いわゆる啓蒙に関わる問題のひとつの核心部分に近づいてきた。

「啓示された真理」を「理性の真理」へと転換する、というレッシングの掲げた目標を、この時点において、カントがどのようにクリアーしようとしているかが、見えてきた。

 

”八日が満ちて幼子はイエスという名で呼ばれることになった。胎内に宿る前に御使いがつけた名である。さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムに連れて行った。

-それは、主の律法に「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない。」と書いてあるとおりであった。-

また、主の律法に「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽。」と定められたところに従って犠牲をささげるためであった。

そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。

彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、はいって来た。

すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。

「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。御救いはあなたが 万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」

父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。

また、シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った。

「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」”(『ルカの福音書』第2章)

 

シメオンは聖霊に祝福された預言者である。ここではシメオンの、長く待ち望んでいたイエスとの対面が記述されている。そしてシメオンは、これから起こる出来事/ゴルゴタの秘蹟を預言しているのである。

『ルカの福音書』が、例えばこのように描き出している出来事について、「理性の真理」として改めて記述しようとするとき、悟性/数学的機械的な純粋思考を以てしては、歯が立たないことは言うまでもない。なぜなら、福音書が語ることは、単なる鉱物界における成り行きではなく、精神界/霊界に由来する出来事だからである。数学や自然科学の領域の事柄ではない。

 

”・・・かくしてカントは、彼が頭を悩ますことになる次の問いに直面した。「いかにしたら、人間が真なる確実な知識を有しているにもかかわらず、世界それ自体の現実に関しては何も知ることができない、ということが可能となるであろうか。」そしてカントは、世界の根底に対する人間の洞察を犠牲にすることによって、人間の知識の真理性と確実性を救う、ある答えを見いだした。われわれの外部に広がっており、われわれが観察をとおしてのみ自らに作用させる世界に関していは、われわれの理性は、その世界内の何ものかが確実性を有していると主張することはできないであろう。それゆえ、われわれの世界は、われわれ自身によって構築されたものでしかありえない。すなわち、われわれの精神の限界内に存する世界である。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.144)

 

「世界の根底」とは、カントの言葉では「世界それ自体」であり、あの「物自体」に他ならない。さらに言えば、「出来事の世界」である。人間は否応なく「出来事」に巻き込まれる。「出来事」は人間によって起こされるのではない。人間からしてみれば、「出来事」はいつともなく、いつの間にか生じており、人間は、「出来事」によって、いわば追い立てられるか、人間が「出来事」の後を追いかけるしかないのである。そのようにして、人間は「他者」たちの中へと立ち入ってゆき、「他者」とは何者なのか分からないまま、文字通りやみくもに生きるのである。

 

そしてカントは、人間の魂の現実だけを、悟性/数学的機械的な純粋思考の言語で記述することで、あの啓蒙に関わる問題、つまり「啓示された真理」を「理性の真理」へと転換する、という目標が達成される、と考えた。

そしてここには、カント自身が意識していたかどうかはっきりしないが、問題のすり替えがあることが明らかである。

人間の魂の現実を「啓示された真理」とみなすことはできないからである。「啓示された真理」とは、端的に言って、霊的な事柄であり、魂の事柄ではないのである。

この点を曖昧にしたまま、カントは次のように思考を進める。

 

”・・・それは、私自身の精神機構の法則に従って、私の内部でのみ生じることができる。私の精神の構造が、あらゆる結果には原因があること、2×2は4であることを要求する。そして、まさにこの構造に従って、精神は自らの手で世界を構築するのである。・・・数学と自然科学は、外的世界の法則ではなく、われわれの精神機構の法則を含んでいるのである。それゆえ、無条件に真なるものを知りたいと欲するならば、この機構を調べさえすればよい。「悟性はその法則を・・・自然から引き出すのではなく、自然に対して法則を定めるのである。」カントは、自らの確信をこのように要約した。・・・数学的および自然科学的真理の確実性を救うために、カントは、観察世界全体を人間精神の中に取り込んだのである。・・・”

(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.145)

 

数学は純粋思考だと言えるだろう。しかし、それは数学の領域でのみ通用する。

自然科学は必ずしも純粋思考であるとは限らない。むしろ文脈イメージの集まりだと言った方が適切だろう。つまり、自然科学は、その悟性/数学的機械的な純粋思考としての性格を、カントの当時から現代に至るまで、必ずしも徹底してはいないのである。しかもその実証主義的な性格故に、直観的な認識の営みとは常に敵対的な関係にあったし、現代においてもそのような関係性は続いている。

さらに言えば、数学においては、集合論の領域において、数学の基礎に関わる部分に矛盾が見出され、その確実性が揺らぐという事態が生じている。しかし、それによって、数学的思考の純粋思考としての性格に変化があるわけではない。そして、自然科学の営みにおいて、数学的に思考することは不可欠である。もちろん、数学的に思考するだけでは、自然科学は成り立たない。なぜなら、鉱物界における諸々の事象について、自然科学者は常に気づきと発見とを探求の契機にするからである。

気づきや発見という「出来事」は、直観的な純粋思考なしには起こり得ない。

さらに言えば、数学基礎論における矛盾は、数学的な純粋思考によってではなく、直観的な純粋思考を介して、解決されるはずである。

 

”キリストへの三つの道があるわけです。第一に福音書を通っての道、第二に内的経験を通っての道、第三に秘儀参入を通る道です。

福音書を通る第一の道については、簡単に特徴を述べるだけで十分です。何世紀もの経過のなかで、福音書が無数の人々の心と魂の栄養になってきたことを、私たちは知っています。

啓蒙された、批判的な本性の人々が、この道を理解しなくなりはじめています。福音書の語ることの背後に、どのような歴史的事実があるのか、今日の外的な学問によっては認識できないからです。・・・

昔の人が、今日の学者のような姿勢、今日の自然科学的な教養を身につけた人のような姿勢で福音書を読んだら、福音書は大きな作用を及ぼせなかったことでしょう。昔は福音書が、今日の教養ある人のような読み方とは違うふうに読まれていました。・・・

昔の福音書の読者は、西暦紀元の始まりにパレスティナで何が起こったか、と熟考しようとは思いませんでした。いまでも、多くの福音書の読者が、そのようなことを考えません。

「西暦紀元の始めにパレスティナの住民の眼前で何が起こったのか」と、福音書を吟味しはじめる人々が、パレスティナの出来事の歴史性を信用しなくなります。”(ルドルフ・シュタイナー『エーテル界へのキリストの出現』西川隆範訳 アルテ p.94,95)

 

カントの批判哲学は、ドイツ観念論の発端になるとともに、一種の科学信仰とも言えるイメージ体の性格をもつ。ところが彼自身は、自らの観念論と科学信仰のイメージ体とをうまく架橋することができなかった。だから彼は、彼より少し年長の、そして彼とは全く異なった世界観を持つに至ったスウェーデンボルグのような人物を理解することができなかったのである。

 

”昔の人は、・・・たとえば、「サマリヤの女」の場面(「ヨハネ福音書」4章)、「山上の垂訓」の場面(「マタイ福音書」5章)のイメージが魂に作用するような読み方を、彼らはしました。外的・物質的な現実性について、福音書の読者は考えませんでした。彼らにとって主要事だったのは、それらの大きなイメージに触れて、どのように感じ、いかに彼らの心が晴れるかということでした。これらのイメージから得られる力、生命感覚が主要事でした。これらのイメージから霊的な血液、強さが流れるのを、彼らは感じました。これらのイメージが彼らの魂に作用すると、彼らは自分を力強く感じました。彼らは、これらのイメージがなければ自分は弱くなるにちがいない、と感じました。彼らは福音書のなかで物語られているものに、いきいきとした個人的な関係を感じました。・・・福音書を書いた人々は、地上的な手段ではなく、神霊世界からの衝動で書いたのだということを、人々は知っていました。”(ルドルフ・シュタイナー『エーテル界へのキリストの出現』西川隆範訳 アルテ p.95,96)

 

「昔の人」は、福音書を読むことによって、「生命感覚」を得、「霊的な血液」「力」が来るのを感じた。見た目は日常言語と同じであっても、福音書は直観的な純粋思考の言語によって、「神霊世界」に由来する出来事を記述しているのである。だからその記述を本来の意味で理解するためには、読む側にも直観的な純粋思考が必要になるのである。

「昔の人」は、福音書に物語られている出来事との間に、「個人的な関係」を感じることによって、極言すれば、福音書の出来事の中に登場する人物たち、とくにナザレのイエスとの間に、「わたし-あなた」の関係を成立させることによって、そのような直観的な純粋思考が働く境域へと入っていったのである。

そして、ナザレのイエスとの「わたし-あなた」という関係の樹立、それに伴う直観的な純粋思考の生起という出来事は、キリスト・イエスの昇天後、弟子たちの身に起こったあの聖霊降臨に比すことができる。

 

出来事が、あるいは直観的な純粋思考による出来事の記述が、わたしを他者との「わたし-あなた」の関係に導く。「わたし」はこの私であり、あたかもナザレのイエスの弟子の一人のごとくである。「あなた」は私の妻であって、あたかもキリスト・イエスのごとくである。「あなた」は私の父である、あるいは母である、子である、孫である、友人である。他のすべての人たちが「あなた」に成り得る。すべての人間の他者が、「あなた」に成り得る。誰かが、「あなた」として「わたし」である私の前に、そして誰もの前に現われるのである。

つまるところ、出来事の中で、そのようなことが可能となるのである。出来事という事柄の性質上、個々の出来事は常に一回限りであり、繰り返しはない。そのような意味で、出来事には必ず厳粛な感じが伴っている。

 

また、出来事というものが生起するためには、霊的/精神的な契機がなくてはならず、・・・そして、他ならぬこの地上の世界においてこそ、出来事が起こるということに、特に注意せねばならない。

つまり私たちは、出来事を通して、出来事を媒介にして、それに巻き込まれつつも、それに対峙することによって、私たちの本来の故郷を知ることになる、ということなのである。

 

”・・・人間のような感性的存在は、この不完全な世界では完全な至福を手に入れることができないので、人間はこの感性的なあり方を超えなければならない。言い換えれば、心魂は不死でなければならない。かくして、それについてわれわれが何も知ることのできないものを、カントは義務の声に対する道徳的信念から魔術的に呼び出すのである。カントにとって、ヒュームの影響下に、観察可能な世界が単なる内的世界に堕した際に、現実世界を再興したのは、義務感への敬意であった。この義務に対する敬意は、彼の『実践理性批判』のなかで、美しく表現されている。

「義務よ! 汝、我等の好意に媚びる楽しきものをいっさい含まず、ひたすら服従を求める、崇高にして偉大なる名よ。・・・(汝は)法を定める・・・その面前では、たとえあらゆる嗜好が密かに反抗の声を上げたとしても、沈黙させられる・・・」

至高の真理は、認識の真理ではなく、道徳の真理である。-これが、カントが自らの発見と考えたものである。人間は、超感覚的世界に対するあらゆる洞察を諦めねばならないが、自らの道徳的本性から、この認識を償うものが生じる。・・・人間がその快楽のためになすことではなく、人間が義務に対する無私の帰服のなかでなすことのみが道徳的なのである。汝の欲望を義務に服従させよ。-これが、カントの道徳哲学の厳格な課題である。・・・道徳法則への帰服において、人間は完成に至る。この道徳法則は、他のあらゆる世界事象を超えてはるかな高みに位置しており、神的存在をとおして世界内で実現される、という信念が、カントによれば真の宗教なのである。それは道徳から生じる。人間は、善を求める神を信じるがゆえに、善なる者であるべきなのではなく、ただひとえに自らの義務感ゆえに、善なる者であるべきなのである。しかしながら、神なき義務は無意味であるがゆえに、人間は神を信じるべきである。・・・”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.146~148)

 

「至高の真理は、認識の真理ではなく、道徳の真理である。-これが、カントが自らの発見と考えたものである。」

カントのこの「発見」は、自然科学的数学的認識つまり悟性によってなされなものではない。ひいき目に言えば、直観的な純粋思考によってなされたかもしれない。「道徳法則への帰服において、人間は完成に至る。この道徳法則は、他のあらゆる世界事象を超えてはるかな高みに位置しており、神的存在をとおして世界内で実現される」というカントの信念が、彼に直観的な純粋思考を可能にしたのかもしれない。

しかし、信念から思考へ、という方向性は、純粋思考の性格を考えた場合、無理があると言わざるを得ない。まず思考があって、信念が生み出される、というのが自然な流れである。

 

誰の目にも明らかだと思うが、「認識の真理」と「道徳の真理」とはまったく別物で、カントはその橋渡しの術については語っていない。カントにとって、「認識の真理」を探究するのは自然科学的数学的認識なのに対して、「道徳の真理」は信念によって現れるのである。極言すれば、神を信じることから、義務という形をとって、道徳の真理/道徳法則は導き出される。

私は、カントが義務という道徳法則に辿り着くにおいて、そこに直観的な純粋思考は働いていなかったと思う。そこに働いていたのは、信仰に纏わる(まつわる)旧来のその時代の思考習慣だったと思えてならない。

確かに、義務の名のもとに、人は無私と自己犠牲の境地に至ることができるかもしれない。この一種のヒロイズムに、フィヒテは感激したのかもしれない。しかし、義務という言葉には、強制や隷従、さらには懲罰のニュアンスがつきまとう。

確かに、ゴルゴタの秘蹟は、キリスト・イエスによる自己犠牲という側面を持つが、彼は義務感に駆られてそれを成したわけではない。しかも、彼は何者かによって、罰せられたわけでもない。神であるキリスト・イエスは、他ならぬ人類との共同/共働、いやむしろコミュニオンの中で、それを成したのである。人類の眼前で、出来事が成し遂げられなければならなかった。そして、その出来事は、福音書によって語り伝えられなければならなかったである。

これらの事柄の内に秘められている霊的/精神的、そして生命的な何かを、ひと言で言うとすれば、それは愛/アガペーである。

 

自らの魂に何らかのイメージ体が巣食ってしまうと、そこから抜け出すことは並大抵のことではない。

『実践理性批判』のカントが囚われてしまったイメージ体の正体は、「人間は、善を求める神を信じるがゆえに、善なる者であるべきなのではなく、ただひとえに自らの義務感ゆえに、善なる者であるべきなのである。」と言って、どこか悟性への譲歩めいた言い訳をするが、結局のところ、「神なき義務は無意味であるがゆえに、人間は神を信じるべきである。」と行きつ戻りつしているように、その囚われの正体は、昔ながらの信仰の枠組みだったのである。

 

ともあれ、人並外れて自然科学的な性分を持ち合わせていたカントにとって、スウェーデンボルグはひとつの謎であり続けていた。

 

”ヨーロッパ中に知れ渡ったこの出来事(1759年のストックホルム大火災)に深い関心を抱いたカントは、かなり大がかりな調査を始めた。39歳のカントが、その後援者の娘クノーブロッホ嬢宛の手紙でこの事件の詳細な調査報告をしたのは、大火の4年後である。彼はその中で、スウェーデンボルグの千里眼は「何よりも強力な証明力を持ち、およそ考えられる一切の疑念を一掃してしまうように思われる」(『視霊者の夢』B版収録のカントの手紙)と述べている。

この手紙の中でカントはまた、スウェーデンボルグに手紙を書き、自分の質問事項にスウェーデンボルグが新刊書の中で答えるという約束をとりつけた、とも述べている。カントの依頼を受け実際にスウェーデンボルグに会った友人の伝えるところによると、スウェーデンボルグは「理性的で、親切で、率直な」人物であったという。

ところが2年経っても、スウェーデンボルグが新刊書の中でカントの質問に答えた形跡もなく(おそらく単純な失念と思われる)、またスウェーデンボルグの著作を送るという前述の友人の約束も果たされなかった。苛立った(いらだった)カントは8巻もの分厚い『天界の秘儀』を自ら買い込んで読み、1766年にスウェーデンボルグへの批判書『視霊者の夢』(Träume eines Geistessehers)の出版に踏み切ったのである。

・・・カント学者K・フィッシャーは『視霊者の夢』を評して、カントにとって形而上学とスウェーデンボルグは「一撃でぴしゃりと殺されるべき二匹のハエ」だった、と述べている(E.F.Görwitzによる『視霊者の夢』英訳版の序文)。

しかしカントは、表面上はともかく、スウェーデンボルグの心霊能力や思想に対してのみならず、霊的な存在一般に対して終始、両面価値的な(アンビヴァレントな)態度を見せている。すなわち、カント自身、超自然的なものをどう処理していよいか、まだ確信が持てなかったのである。だからこそカントは、スウェーデンボルグの「大著は理性の一滴も含まない。それにもかかわらず、その中には、同様の対象に関して理性の最も詳細な思弁がなしうる思考との、驚くべき一致が見られる」(『視霊者の夢』B版)と述べざるをえなかったのである。”(高橋和夫『スウェーデンボルグの思想』講談社現代新書 p.203,204)

 

悟性の人であったカントにとって、スウェーデンボルグは謎であり続ける。自然科学的知性の持ち主であったカントは、その謎を解こうと必死になるが、徒労に終わるのである。

スウェーデンボルグのような存在が謎であったとして、その謎を現代の科学が解明してはいない。解明する日が来ることもないだろう。カントにそれができなかったのは、当然と言えば当然の話なのである。

しかし、カントになぜそれができなかったのかについては、ここで見解を明らかにしておかなければならない。

 

ひと言で言えば、それは、カントには直観的な純粋思考への感性がなかったからである。

彼には、(健全な)悟性から来る潔さ(いさぎよさ)と勇気のようなものはあったが、カントに感じられるそのような魂の態度は、通常の信仰に由来するものと同種のものである。だから、どこか硬直して、柔らかさと温かさ/暖かさに欠ける。

通常の信仰からは、ややもすると、過度の感傷性が悟性の公平さ/公正さを損なってしまうことによって、強情さや排他性のような傾向が出てくるのを、私たちは日々の生活のなかで何度も目の当たりにしている。

確かにあからさまに言ってしまえば、私はここで、通常の信仰を、迷信と同列に扱っている。

カントは優れて思考の人であったから、常に、そのような独善と一人合点に陥る危険には最大限用心していたはずである。そもそも彼の批判哲学は、最大限の思想的客観性のために構築されたものに他ならない。

 

そのようなカントも、直観的な純粋思考への感性を備えていなかったために、一種のイメージ体に捕えられてしまったのである。自然科学信仰というイメージ体である。

確かに、基本的にかなりの部分自然科学的な営みがその恩恵を被っている数学(的思考)においては、ほとんど完全と言ってもいいレベルで、客観性を認めることができる。しかし、自然科学がそのような客観性を誇示することはできない。

 

一方、出来事においては、出来事という事態/事柄においては、そもそも客観性という指標はほとんど意味がない。なぜなら、出来事においては、必要なすべてが、まさに眼前で起こっており、生起しており、このような直接性を前にしたときには、自然科学的な客観性というものは、もはや本質的な事柄ではなくなるのである。

 

しかも、(霊的な)出来事の記述としての福音書のことを考えてみると、さらに意味深い事柄に気づくのである。

それは、福音書を読むことで、ナザレのイエスを中心にして紀元1世紀にパレスティナの地で展開された/生起した出来事が、読む人の魂に、まさにその出来事が生き生きとよみがえる、ということである。同じことが繰り返されるわけではない。まさに新たに生じる。ちょうどゴルゴタの秘蹟において、キリスト・イエスが復活したのと同じように、それが起こり、そのことによって、それが更新されるのである。

 

例えば、ユーチューブのある動画で、エリザベート・レオンスカヤが、あるイギリスのオーケストラと、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏している。

この動画を見る人が見れば、まさに「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番という出来事」が生起しているのを目の当たりにするはずなのである。ありがたいことに、これは動画なので、オーケストラのメンバーとピアニストのレオンスカヤとの交感の様子を映像によって確認することができる。スタンディング・オベーションする聴衆の様子もわかる。会場に集った一人一人の表情が見え、演奏会全体の雰囲気が伝わってくる。これらのすべてを総合して、このとき起こった出来事を、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」である、と言うことに何ら唐突さ/不自然さはない。

 

 

出来事とは、言ってみれば、コミュニオンに他ならない。霊的/精神的存在である人間が、他の霊的存在たち(他者)と交感/交歓し合うことによって、それまでには存在しなかった新しい何ものかが生まれるのである。このような生起と成就の事柄を、出来事と呼ぶ。

だからこの過程には、存在のすべての階層/契機が関わることになる。鉱物界、エーテル界、アストラル界、そして自我(「わたし」-「あなた」)である。

 

カントは、鉱物界について少し知っていた。エーテル界については、ほとんど知らなかった。アストラル界のこともよくわからなかった。おそらく、旧来の信仰の文脈イメージから、アストラル体および自我についての漠然としたイメージ体を構築したのである。「わたし」と「あなた」の関係性の中で成り立つ自我については、もちろん知る由もない。

 

現代においてもいまだに、アカデミカーの世界においては、鉱物界のみが認知されているにすぎない。

直観的な純粋思考をなすことのできる芸術家たちは、そのようなアカデミカーの世界を尻目(しりめ)に、出来事が生まれて止まない生命の領域へ、「永遠に女性的なるもの」の領域へ突き進んでいく。

 

シュタイナーのカントについての記述は、次のような文章で締めくくられている。

 

”・・・かくして、近世の世界観の進化は、一歩-自己意識的自我の内に、生きているものと感じられる思考を見いだす一歩-を踏み出すことを迫る。この一歩をカントは踏み出さなかったが、ゲーテは踏み出したのである。”(ルドルフ・シュタイナー『哲学の謎』山田明紀訳 水声社 p.154)