悟性魂のことばの悪魔め
どこまで オレを 追いかけてくるんだ、コノヤローーー"(-""-)"
いったい オレのことを どうするつもりなんだよい買い物ができました。ありがとうございます。 ヨっヨーおっヨー?
ことばは たましいの状態(じょうたい)を 他者につたえる(伝える)ための 手段のひとつである。
つかいかたをまちがうとちゃんとつたわらない。
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妻が急に、家事の合間をぬって デカルトとかサルトルとかカントとかそれからプラトンとか読むようになったら
わたしは そんな かのじょを すこしみなおしつつも(フンっ なにをえらそーに じぇらとーに)
なんかきもちわるい きしょくわるい たちがわるい 端的に言って イヤだなあ と思ってしまうにちがいない。
だが よくかんがえてみると
わたしの妻は 結婚などしてしまうまえのまえの とうの昔から
おとこなんかに ぜーったい 負けない わたしはぜったい負けない 負けるもんですか
(…わたしは 寅年(とらどし)なんだから…)とおもいつづけていたにちがいないのである。
けっこんしても けっしてゆるされない せん( 腺 線)っ!というものがあるのよ セントイウモノガネ(フフフ)
と かんがえてきたのだ きっと。
そして かのじょは たぶん このよ(鉱物界)にうまれおちてこのかたずーっと 魂の戦場の塹壕の奥底から じっと 反撃の機会を 窺って(うかがって)いたのにちがいない。
だから 血痕は けっこんは(結婚は) かのじょにとって 本格的な戦争の幕開け(まくあけ)に ほかならないのである。
(この機会を)待ってましたという面があるのだ。
ゆうきがふるいたち ちがさわぐ ~ おっとにとっては ちのけがひくことの れんぞくだ
けっこんは じっさい おっと(夫)にとっても ち(血)でち(血)をあらう 銭湯の せんとう(銭湯 戦闘)の しんぼる(シンボル=きごう(記号))にほかならない。
だれもが そういった 血なまぐさいことに こころのどこかで 惹(ひ)かれている。
その証拠に 日本人は (たぶん典型的なアメリカ人や典型的なオーストラリア人はもっと) ステーキが大好きである。肉系がすきなひとが この意識魂の時代においては 多いのである。プロレスや相撲(すもう)も 人気がある。
そんな視点から 妻のことを 冷静に(ひややかに) 監察 観察していたら
そんなかのじょから 「わたしのことを さぐる(分析する)ようなめ(眼)で みつめないで!」
と するどく指摘(してき)されてしまった。
その そる よる(夜) わたしは かのじょを ・・・ それが ソレガ ダレガ (し)過(す)ぎてしまい・・・
ふたりは ぐっすり ねむり … schlafen ein, schlafen schlafen schlafen ein … まもなくさきに めがさめてしまった
わたしは また しょうこりもなく(性懲りもなく) もあもあもあ(モアモアモア More more more a little bit love love love ♡) などと 寝言を 補材て ほざいてしまったのである。・・・
「ちょっとー いいかげん(加減)にしてよ( ゚Д゚)」
「ねえ いいじゃないか」
「あんた おかしいんじゃないの( ゚Д゚)」
「そんなつめたいこといわずに さあ」
「あんた へんたい(変態)だわ んっもお( ゚Д゚)」
・・・
「んんんっシッコ(尿)してくる・・・」
***
ひとを そんな眼で(分析のめ) 観察するのは やめなさい。
そんな眼で見つめられたら 動物園のペンギンだって いいキモチはしないよ 悲しくなるよ。
・・・「キティちゃんだって そんな眼で 見られてないじゃないか( ゚Д゚)」(ハーモニーランドのぺんぎん🐧より)