たった7室しかない南の島の隠れ家リゾートを丸ごと貸しきってしまう、というのがここでの究極の過ごし方です。気の合う仲間や家族が14-20人くらい集まれば、このヌクンバティアイランドリゾート  全てを他のゲストに気兼ねすることなく、独占できてしまうのです!

 
 

●アイランドチャーターの3つのメリット

 

①客室、レストラン、バー、アクティビティー、スタッフの全てを利用できる

ウェディング、還暦祝い、リタイアメント、銀婚式など記念イベントも思いのままアレンジ可能

③小さな子供(12歳未満)は普通だと滞在できないけれど、チャーターの場合は大丈夫

 

毎年、何組かのグループがここでアイランドチャーター(島丸ごと貸しきり)を行いますが、やはり人気はウェディングだそうです。新郎新婦お二人と、両家のご家族、本当に仲のいい友達があつまり、スタッフや地元の人々に囲まれて永遠の愛を誓い合うのです。

 

●ヌクンバティでのウェディングセレモニーの特徴・特典

 

①日付変更線のすぐ東に位置するため、世界中で、その日最初の花嫁になれる

②リーガルウェディング(フィジーでの婚姻を日本の戸籍に残すこと)ができる

1日1組限定、すべてが手づくりの心暖まる感動ウェディングが挙げられる


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海外ウェディングのメッカ、グァムやハワイに行くと、教会の周りや披露宴会場に似たような日本人グループが大勢いますよね。初対面の参列者同士がその場を無理やり盛り上げようとして、意味のない会話やひきつった笑顔でその場をつくろう場面に出くわします。社交辞令で調子を合わせ、盛り上げられたふりをして、よくよく話をしてみると、相手が別のカップルの参列者だったとか。ボクの場合はそういうのがけっこう苦手なので、海外挙式の招待は正直かなり迷惑なのですが、ここでの挙式は違います。

 

ヌクンバティではこれまでに友人の挙式が2回行われました。最初は確か22名、2度目は19名で、3泊N島をチャーターしました。ボクは2度ともシドニーから参列したのですが、渡航費用を除いて、ヌクンバティでの滞在費は10万円以内におさまりました。(滞在費には1日3回の食事、スキューバダイビングとゲームフィッシング以外の全てのアクティビティー、アルコールを含むドリンク代が含まれていて、現地でかかる費用は一切ありませんでした。)

 

何しろ小さな島で3日間一緒に過ごすのです。初対面の人でも旧知の親友みたくなり、ご両家の親御さんもとても身近な存在に感じられ、新郎新婦を中心に、ヌクンバティ島全体がまるごと『愛』に包まれているような雰囲気でした。

 

それから、次の新郎新婦が2時間刻みで控えているわけではないので、幹事役の人もスケジュール進行なんかで神経を尖らせる必要などぜんぜんなく、ゆったり、3日3晩かけて2人の新しい門出を心から祝うことができました。

 

ご招待してくれた友人には心から感謝、あんな感動的な挙式は他では経験しがたい気がします。どなたか結婚を間近に控えている人がいたら、ヌクンバティ挙式のお手伝いしますから、結婚式に招待してくださーい!

(・・・つづく)

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ちょっと寄り道をしてしまいましたが、今日からまたヌクンバティアイランドリソート に戻ります。


ところで世界で3番目に大きなバリアリーフ(大珊瑚礁って知ってます?1番大きいのがオーストラリア・グレートバリアリーフ、2番目がカリブ海・ベリーズのバリアリーフ(名前はちょっと知りません)、そして、3番目がここフィジーのバヌアレブ島北岸沖合いに横たわる、グレートシーリーフなんですね。近年、その存在が欧米のダイビング雑誌の特集でとりあげられたりして、本格派ダイバーの間で話題になり注目のスポットとなりつつあります。

このグレートシーリーフに、唯一アクセシブルなダイビング施設のあるリゾートがヌクンバティアイランドリゾート なのです。バヌアレブ島の北岸には、ヌクンバティ以外にリゾートが1軒もないのです。透明度の高さや魚影の濃さもさることながら、この海の魅力は何といっても未開の海の底知れぬ可能性です。開発による環境汚染・破壊とは無縁のこの海域には、無数のソフト、ハードコーラル、魚たちが生息しています。珍しいマンタレイやウミガメ、イルカ、クジラの群れなどもよく見かけます。

フィジー在住10年の日本人夫妻がここで潜った時のエピソードです。旦那さんが奥さんの横に寝そべる、巨大な黒い塊を発見!奥さん(身長160cmくらい)と比較しても遙に大きいので、『どうして海の中にウシがいるかな???』よくよく見ると、その黒いウシのような塊は、まぎれもなく巨大なコッド(ハタ)だったそうです。ほかにも、日本からダイビング雑誌が取材でここを訪れ、ゴンドウクジラの群れ、それも60頭もの大群に遭遇し、その撮影に成功しています。

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                     (地図に旗をたて、ポイントにお気に入りの名前をつける↑ )

   

さておき、これまで多くのゲストの証言から、常識を超えたダイビング体験が出来るスポットが数え切れないほどあることは確かです。いまだ誰も潜ったことのないポイントは、GPSで正確な位置を計測し、そこを発見したゲストがネーミング、その名前は後世まで記録に残るというシステムになっています。つまり、バージンリーフに自分のお気に入りの名前をつけられる!、という贅沢な特典がついているのです!

(つづく)

フィジーで聞いた伝説の続きを書きます。昨日のブログがつまらなかった方は読み飛ばしてください。少しでもおもしろいと感じた人はStep to the Fijian Magic。フィジーに1歩足を踏み出してます、のめりこんだらはまります。では、昨日の続きをどうぞ。

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その④ビルゲイツ伝説

 

フィジーのとある超高級離島リゾートにて。ハリウッドの大物スターや世界中の億万長者、セレブな方々が訪れることで有名な、南太平洋NO.1といわれる豪華リゾートにビルゲイツが新婚旅行で滞在した。当時すでに超億万長者となっていたが、働きすぎで運動不足気味だったビル。早速、楽園でゴルフを始めるが、なかなかいいショットが打てない。見かねたキャディーのフィジアンスタッフ、『あちゃちゃーだめだめ、へったクソだな、ったく手本を見せたるよ』、と彼のクラブを奪いとり、即座にナイスショットをキメたらしい。

 

 

その⑤ジョージハリスン伝説

 

フィジーのリゾートでは、夜になるとスタッフたちがゲストと車座になってカヴァを飲む。ゲストはビールやワイン、人によってはフィジアンと一緒にカヴァを飲み、フィジアンの奏でるギターやウクレレの演奏にあわせてみんなで歌をうたう。そんな中、気分よく飲んでいたジョージハリスンがスタッフに、『ちょっと歌わせて』、とギターをもぎ取り1曲披露した。するとフィジアンたちは『・・・』しばしの沈黙の後、『お前、歌上手いから歌手にでもなったら?』

 

 

その⑥クーデター伝説

 

2000年5月、首都スバの国会議事堂を占拠したクーデター首謀者の一味と見られる武装集団が、バヌアレブ島のサブサブ空港にて国内線航空便をハイジャック。武装集団のボス『いまからこの機は我々が占拠する』、パイロット『・・・』、ボス『おとなしく言うことを聞けば、身の安全を保証する』、パイロット『電話をかけさせてほしい』、ところがバス停のような空港には電話がない。ボス『しゃーないな、じゃあ電話があるところまで行こう』、ということになり、空港から3km離れたサブサブのホテルへ。自動小銃を突きつけられたままパイロットは公衆電話で自宅を呼び出し、『母ちゃんオレだけど、今夜はちょっと帰りが遅くなるから・・・』、武装集団よりも何よりも、奥さんの方がはるかに怖いらしい。

 

  

以上のように、フィジーのどこかで今日もまた新たな伝説が生まれているかと思います。とにかく彼らは昔ながらの習慣、作法でお客さんをもてなします。フィジアンは海の向こうがどうなのかよく知りません。公害、ストレス、ドラッグ、核兵器や戦争の絶えない経済超大国から、はるばるゲストが海をこえてやってくる理由など、あまり気にしていないみたいです。ラグビーの試合結果とカヴァの産地に関しては、結構コンシャスなのですが。

 

(おしまい)

フィジーには数多くの伝説が語り継がれています。フィジアンの特徴といえば、とにかくやたらからだが大きい、髪型がアフロなこと、よく笑うこともさることながら、素朴というかPUREなところでしょう。それではこれから、ボクがフィジーで聞いた数多くの伝説の中から、特に印象深いものを紹介します。(脈絡ない文章ですいません)

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その①薬伝説

 

喋ったり聞いたりはできるけど、読み書きが苦手なフィジアンのおばちゃん。ある日孝行息子が神経痛の薬(茶色いガラス壜に入ったやつ)を買ってきて、服用上の注意をよく言って聞かせた。『飲む前にはよく振ってからのむんだよ!』早速、おばちゃんは薬の小壜を手にとり、もう一方の手を腰にあて、次の瞬間、大きなからだを激しく揺すりゴクン!と一気に薬を飲んだとか。

その②ビスケット伝説


ロトゥマという、つい最近まで近代文明との接触が一切なかった島に学術調査隊が乗り込み、ファーストコンタクトを行った。村人たちはモノ珍しさもあり、調査隊を手厚くもてなしたそうだ。お礼に学者がビスケットをすすめると、酋長はじめ村人たちは「こんなうみゃーもの食べたのはわしゃ生まれてはじめてだぎゃ!」と、えらく感動。そして最後に残ったビスケットのひとかけらを、大切に地面を掘って埋め、水を与えていたという。おいおいダロ芋かい!

その③トムクルーズ伝説

映画の撮影でトムクルーズがナンディー国際空港に到着。大勢のファンの殺到に備えて屈強なボディーガードたちがトムの警護にあたる。さすが余裕の大物スター、こういう状況は慣れている、でも何か雰囲気が違うぞ。ふと大勢のファンらしきフィジアンたちの視線の先を注意してみると、彼らの関心の的になっているのは、トムではなくて屈強なボディーガードたちじゃありませんか!フィジアンたち『いったいこいつらどこのラグビーチームだ???あーそこのチビ、じゃまじゃま、どけ!』、トム『チビつったって・・・』

 

(後編に続く)


4回ほど、 ヌクンバティアイランド・リゾート について書いてきましたが、今日はちょっとフィジーの伝統、 カヴァ メケ について書いてみたいと思います。

 

で、カヴァって何さ?と、ご存じない方のために少々説明しますと、カヴァとは、胡椒科の木の根っこを乾燥させたものを石臼で粉末状に砕き、それをココナッツの殻の繊維で包んで水に溶いて飲む飲み物です。飲むと舌先に痺れるような感覚があります。幻覚や依存症はなく、たくさん飲むと目は充血し、瞼が重たくけだるい感じになり、眠たくなります。眠気を我慢して朝まで飲み続けると二日酔いしますが、ボクの場合、頭痛はまったくありません。お味のほうはというと、アーシー(Earthy)な中にペッパリー(Pepperly)なフレーヴァーが混ざり合うフルボディー、とご説明させていただきます。泥水というマトを得た表現もありますが、さておき、2,500年もの昔から太平洋のアイランダーたちに愛されてきた伝統ドリンクです。

カヴァ(KAVA)はフィジーに限らずサモア、トンガ、バヌアツ、タヒチ、ハワイなど太平洋の島々で広く嗜まれています。また、KAVA BARなるものが、欧米諸国の愛好家向けにあることも事実です。そんで、根源的にカヴァの儀式というのは、ある村を訪ねるとき『自分らは敵じゃーありませんよ、食っちゃわないでねー』、という意味で酋長にカヴァを献上し、この儀式をへてはじめて正式に入村が認められるという慣例的なセレモニーです。伝統的なカヴァの儀式はビジターとホストが身分の順に2列に対座し、位の高い順に交互に1杯ずつカヴァを一気飲みしていきます。咳払い1つはばかられるほど、それはそれは厳かで神聖な儀式なのですね。

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カヴァの儀式と同様に、メケはフィジーの伝統的な歌と踊りで構成される芸能です。(以下フィジー政府観光局の説明による)

 

男たちによるものと、女たちによるものがあり、前者は戦いの前に勇気を奮い起こすための、後者は来客をもてなすためという意味合いがあります。

 

ショーなどでは、男の踊りと女の踊りが交互に演じられ、男はタパクロスで作った腰みのに、鳥の羽や花で作った飾りで身を包み、女はブラウスにタパクロスという木の皮をうすく伸ばした繊維に模様を描いた、スルというスカートのようなものを着ます。楽器は「ラリ」と呼ばれる船の形をした太鼓と、「ンデルア」という竹筒を地面に打ちつけるものの2種類で、このリズムにあわせて口伝承の歌を歌う、素朴な感じのものです。

 

素朴とはいえ、男たちの踊りの勇壮さは素晴らしく、木のヤリなどを持って、戦いの様子を再現したものだけに迫力満点です。逆に女性たちの踊りは、体全体は使わずに、手と首の動きが中心。優しい雰囲気のものです。ほかにも来客も参加して、腕をくんだり、あるいは腰に手をあてて1列に並んだりして踊るものがあり、チャンスがあったらぜひ1度一緒に踊ってみるといいでしょう。

 

ビチレブ本島の大型リゾートでは、常磐ハワイアンセンター(年がバレますね、)のように夜になると観客に見世物としてメケショーを行っていますが、離島や田舎のほうに行くと、ショーではなく文化継承的な意味で、子供の頃からメケを習わされているようです。


次回は、フィジーの不思議な!?『伝説』について書いてみます。

いきなり話はヨーロッパアルプスの村へと飛びます。夏は観光地、ハイキングのメッカとして、冬は国際的なスノーリゾートとして有名な、スイス・グリンデルヴァルド村で聞いた話です。

 

この村では赤ちゃんが生まれると、森の一区画を本人の財産として与えられるそうです。そうしておけば、成長して一旦村を離れても、いずれ若者は村に戻ってくるというのです。一方で、森をモザイクのように多くの村人が所有するため、外部の大型資本が土地をまとめて買い付けづらい仕組になっています。このことが、乱開発を防ぐ歯止めとして作用しているといいます。

 

200年以上も続く小さなホテルや商店がたくさん集まるグリンデルヴァルドの村人にとって、この村で死ぬときに、生まれた頃にあった森や湖、山々がそこにあることが、彼らの一番の幸せなのだそうです。ヨーロッパの先人たちの知恵から学ぶところは多くありますね。

さてさて、話をフィジー・ヌクンバティアイランドリゾートに戻します。昨日のブログで、『ヌクンバティが7室以上、客室数を増やさない理由は、リゾートを継続するために必要不可欠なバランスなのだそうです。』と書きました。では必要不可欠なバランスとは、具体的にどういうことなのでしょう?

   

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                  ちょっと、かんがえてみてください

 

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具体的にご説明すると、以下のようなものがあげられます。

 

ゆったりとプライバシーが保たれる間隔でビーチフロントに客室ブレ(コテージ)を建てたら、もともとの砂浜の長さが7室分しかなかった(開発の際に1本のマングローブも引き抜いていないのです)

最大ゲスト数が14名ならば、地元の漁師が昔ながらの漁法で水揚げするシーフードで充分な食材を確保できる(付近にスーパー、コンビニがあるわけではない。)

スタッフは付近の4つの村から、村長さんお墨付きの素直で優秀な若者たちを雇用。ホテルマンとしての行き届いた教育・研修機会をあたえるには、40名がほどよいサイズ

充分な飲み水の確保と、下水の再利用を行うため。飲み水は雨水を濾過して確保、下水は紫外線(UV)とバクテリアで分解し、ガーデンや菜園で再利用している。

静かな環境を保つために、電力は南太平洋最大規模の300枚ものソーラーパネル、風力発電により発電し、足りない部分をガソリン発電機で補っている。

いかがでしょう、あなたはいくつ思いつきましたか?

 

(つづく)

夫妻がこの島にリゾートを開発、運営していく上で、いくつか絶対的なルールがありました。

 

地元コミュニティーとの共存

ヌクンバティの開発が手つかずの自然に与えるインパクトを最小限に抑えること

持続可能なインフラを整え、決してゲストに我慢を強いないこと。

 

フィジーのバヌアレブ島の沖合いに浮かぶヌクンバティアイランドリゾートは、開業当時わずか4室だった客室数が、現在では7室(バンガロースウィートx 4室、ハネムーンスウィート x 3室)になり、最大14名のゲストに対して、常時40名を越えるスタッフがお世話をする、究極の隠れ家リゾートになりました。客室稼働率は年間70%以上あるのですが、それ以上は客室数を増やさないというのです。これがリゾートを継続するために必要不可欠なバランスなのだそうです。

0815-01 客室内  0815-02 ヌクンバティのマングローブ  0815-03 獲れたての魚

ビチレブ本島のナンディーやコーラルコースト、パシフィックハーバーの周辺は、もともとマングローブ林だったところを整地して、幾つものホテルコンドミニアムが建てられています。整地、開拓というと聞こえはいいですが、マングローブを根こそぎ引っこ抜き、そこに生息する小さな生物の住処を奪うのです。

 

言うまでもなく、マングローブというのは、生態系のはじまりで、小魚やエビやカニがここで産卵します。その魚をさらに大きな魚や鳥が食糧とし、タコやイカ、鮫、エイ、ウミガメやイルカやクジラといった海洋哺乳類も、すべて食物連鎖でつながれています。さらに、リゾートのレストランでは、フィジー近海の魚やロブスター、マッドクラブなど新鮮なシーフードが並びます。数百室の客室数を誇る大型リゾートが幾つも建ち並ぶエリアでは、毎晩何千人もの観光客の胃袋を満たすために、これらの食材が市場から調達されています。

  

そこにシーフードが高値で取引される市場が形成されると、昔ながらの伝統漁法に変り、底引き網漁でより大量の魚を効率よく捕獲するようになるわけです。底引き網漁は網の開口部につける金属が海底を削り、珊瑚礁を傷つけ、生態系に大きな影響を及ぼすということが明らかになり、国際的な問題としてとりざたされています。また、電気がとおり冷蔵庫が普及し、魚貝類の保存がきくようになったことも、急速に魚の数が減ったことの要因と考えられています。

 

    0815-05 フィジーの名物、ココンダ    0815-04 おいしそうなディナー    0815-05 ロブスターのディナー

 

フィジー共和国にとって観光業は、海外からの大規模な投資が見込まれ、重要な外貨獲得手段です。そればかりか、雇用機会の創出、税収入など経済効果が大きな産業です。であるならばなおのこと、環境と共存する観光業のあり方が、今後ますます重要になってくるのでしょう。

(つづく)

ヌクンバティアイランドリゾート はフィジーで2番目に大きなVANUA LEVU島の北部沖合いに浮かぶ、小さな離れ島です。話は19世紀半ば、フィジー王ザコンバウがキリスト教へ改宗、英国保護領となる頃にさかのぼります。当時、北方から攻めてくる敵から領土を守る防人、リトバという大酋長がこのあたり一帯を支配していました。これがフィジー語で、『砂の戦士』を意味するヌクンバティアイランドリゾート の名前の由来です。

ヌクンバティの歴史はリトバ酋長が、ここに流れ着いた1人のドイツ系アメリカ人、ジェイコブ・ステイナーという武器商人へ、彼の銃と引き換えに島を割譲したことからはじまります。リトバ大酋長はフィジー王ザコンバウが英国保護領としての譲渡条約に調印する際の証人の1人として、当時の首都オバラウ島レブカに呼び出され、署名させられた後に処刑されてしまいます。(この地方には食人の風習があり、リトバ大酋長はそちらのほうで相当名を馳せていたという)一方、ジェイコブのほうは村の女性と結婚し、彼らの子孫は5世代に渡り、この島で平和に暮らしています。

0814-01ヌクンバティのラウンジ  0814-02 近くの村の子供達  0814-03 庭

一世紀の後(1980年代終盤)、オーストラリア人実業家の夫妻がこの島にリゾートを建設することを決断します。奥さんがこの島の近くの村の出身で、オーストラリア人の旦那さんは、奥さんの里帰りに伴ってたびたびこのあたりを訪れる機会に恵まれました。そして次第に、かけがえのない故郷の自然、人々の素晴らしさ、その価値の尊さを、もっと多くの人に知ってもらい、その対価を地域に還元したい!と強く心に抱くようになります。

とはいえ、何しろここはフィジー本島からも、バヌアレブ島の一番大きな町からも離れているため、ライフライン(電気、水道、ガス、電話など生活に必要なもの)のインフラといえば、対岸まで続く凸凹の道路以外に何もありませんでした。地域住民といっても、電気や水道のない昔ながらの生活をしている人々です。こんな人里はなれた辺鄙なところにリゾートを建設するなど、まともな実業家の考えることではありませんが、それ以上に彼らの思いは強かったのです。

最初にクレーン車、ブルドーザー、トラクターなどの重機、建築資材や発電機を船で運び、積荷を砂浜に下ろすわけですが、これには大勢の屈強なフィジアンの体力が必要でした。船が座礁しないように、午前中が満潮になるタイミングで積荷をのせた船や村人を集めるわけですが、来るはずの船や資材が遅れたり、いるはずのフィジアンが現れなかったり、物事は計画通りにはかどりません。

しかし、彼らには熱い情熱と強い確信がありました『Nothing is impossible(やればできる)!』それと同時に、誰にも真似することができないこと、即ち、彼らだからこそ地元コミュニティーの協力が得られるという勝算もありました。何度も計画を練り直した末、おおぜいの村人や技術者の尽力を得て1992年、遂に部屋数わずか4室のリゾートを開業させました。

(つづく)

今日からフィジーの中でもとっておきのリゾート、ヌクンバティアイランドリゾート についてのお話です。さてさて、旅の魅力って人それぞれですが、新しい発見や挑戦、人との出会い、別れもあるわけで、これがいいですよね。フィジーの魅力は青い珊瑚礁、白い砂浜、満天の星空、手つかずの大自然、いろいろありますが、ヌクンバティの場合、何が一番だと思います???

フィジーの離島の場合、ほんの数日の短い滞在でも、極楽なひとときをともにした連中にさよならするとき、なんともせつなく、すいたらしい気持ちになるのです。(うまい言葉がみつからない・・・)島をあとにするとき、たいがいどこでも、『イサレイ』という歌をみんなでうたってくれます。『イサレイ』はフェアウェルソングとして定着しましたが、もとの歌は(医学生が身分の高い女性に贈った、禁じられた愛の歌)なのだそうです。

さておき、ヌクンバティは小さな離島なのでボートで島を離れますよね。スタッフや島に残るゲストが真心こめて歌ってくれる『イサレイ』の歌がはじまると、涙腺がゆるみだします。その歌声がだんだん波の音にかき消され、人のかたちがどんどん小さくなって、それでもまだ千切れるくらい手を振ってくれている。負けずに手をふり返し、いい歳こいた大人がボロボロぐちゃぐちゃに泣いちゃうんですよ、これが。

どこかのホテルに泊まって、チェックアウトのときに受付嬢やドアマン、レストランのウェイターウェイトレス、ベッドメイクしてくれるメイドさんや、マッサージのおばちゃん、そうじのおっさんに、いちいち涙を流して感謝するなんて、ふつうじゃありえないじゃないですか!

0813 ヌクンバティに水上飛行機で到着  0813 笑顔満点のヌクンバティ・スタッフ  0813ヌクンバティからのサンセット

ヌクンバティの場合、いつも不思議とこうなってしまうのですが、ボクなりに分析してみると、その結論は、ほんの些細なことの積み重なりかな、と思います。

朝、目が覚めると、砂浜をほうきで掃いているおっさん、ハイビスカスの花を摘んでるおネエさんがいます。潮騒や椰子の葉がこすれあう音、小鳥のさえずり、朝食のさりげなくテーブルにそえられた花、焼きたてのパンとコーヒーの香り、静かな楽園。時折、スタッフの笑い声が風にのって聞こえてくるのが、とーっても心地いいのです。

すれ違いざまに必ず、『ブゥラ~!』と優しく声をかけてくれたり、バルコニーで本を読んでいると、よく冷えたシャンパンとフルーツ、チーズの小皿を持ってきてくれます。サンドバンクや丘の上のピクニックランチを頼むと、超~重たいパラソル、チェアー、おいしい料理や飲み物がすでにそこに用意されています。ブレ(客室コテージ)に戻ると入り口に砂払いの水がはってあり、可愛らしい花が浮かべられていて、足を突っ込むのが勿体無いやら申し訳ないやら。脱ぎ散らかしたはずの服やスル(腰巻布)がきちんと畳まれ、ほどよい音量でCDがかけられていたり、ベープマットのスイッチがオンになってたりもします。

 

夕方になると料理のオーダーをとりに、お気に入りの食前酒をもって部屋までスタッフが来てくれます。西の空に金色のとばりが下りるころ、オレンジから赤紫に空を染める夕焼け雲。ランプの灯りでとる夕食のごちそうをひき立てるヌクンバティ・バンドのギターとウクレレとやさしい歌声。手が届きそうなくらい近くに見える満天の星空。スタッフクォーターで、明け方まで続くカヴァパーティー・・・

一組一組ごとのゲストをよろこばせるために、些細なことに極限まで尽くしてくれる彼らの気遣いや行動には、どこも飾り気やいやらしさがありません。さりげなく、そして時として見せる究極のお惚けぶりには"愛情"すら感じられてしまいます。ヌクンバティはゲストが主役、というポリシーがあり、ここでは食事の場所や時間、アクティビティーの時間がきまっていません。好きな時間にお気に入りの場所で、というスタイルなのです。そしてヌクンバティ アイランドリゾート【Nukubati Island Resort】 に滞在中、ゲストは知らず知らずのうちに、涙のツボを何度もウリウリ刺激されてしまうのです。

(つづく)

今日から、南太平洋の十字路、笑顔の楽園、フィジー共和国!について書いてみます。そもそも(ソモソモってフィジーの地名なんです!)、フィジーってどんなところでしょう?フィジーの公用語は英語?フランス語?フィジー人はメラネシアン?ポリネシアン?なんでインド人多いの?一年中泳げるんスか?いくら位でいけますか?いろいろ謎だらけのフィジーですね。

 
フィジー人の先祖はメラネシアやポリネシアから海を渡ってきた人々の混血、と言われているようですが、いいや、祖先はアフリカから来たにちがいないという説もあり、はっきりしたことはわかっていません。インド系フィジー人はというと、英国保護領(植民地)の時代にサトウキビ畑の労働力としてインドから連れてこられ、そのままフィジーに定住するようになりました。その子孫がインド系フィジー人ということです。

 
フィジー共和国の人口は2004年12月31日現在84万人。もともとのフィジー人が45.6万人(54.3%)、インド系フィジー人が32.1万人(38.2%)、その他6.3万人(7.5%)です。(フィジー政府発表統計より)インド系フィジー人の人口は2000年5月のクーデター騒ぎからゆるやかに減少しつつあります。


           050812 フィジーの地図

 

でぇですね、フィジーは大小あわせて332もの島々からなる島嶼国で、一番大きな島がナンディー国際空港や首都スバがあるビチレブ本島。2番目に大きな島がバヌアレブ島、3番目がタベウニ島。ビチレブ島の西、沖会いに浮かんでいるのがママヌザ諸島、その上がヤサワ諸島でぇ、国土全体の面積は日本の四国よりやや小さめでぇ、、、なかなか本題に入れずに困っているのですが、ひとまず、一般情報はこんなところで勘弁して下さい。このブログのテーマはPRICELESS!あくまでもテーマに沿った情報発信をしていきますから、いいですね!

さて、せっかくフィジーに行くのなら、ボクなら絶対離島に行きますもんね。残念ながら殆どの日本人は離島へ行かず本島泊まりなのですが、これホント。フィジーは断然離島がお薦めです!なぜかというと、

①本島に比べると、海がきれいで白い砂浜や手つかずの自然が残っている!

②離島の人々は、素朴でお茶目でとても親切、プラス昔ながらの伝統文化を守ってる!

③大型リゾートがなく、離島リゾートは小さくてアットホームなところがうれしい!

④そういう違いのわかる旅人たちが離島に集まる!

⑤素顔のフィジーにふれた時、時計も指輪もピアスもはずして素顔の自分に向き合える!

(おおー、やっとらしくなってきたー)

 

そんなフィジーの数ある離島リゾートの中で、ここだけは誰にも知られたくない、とっておきの秘島。次回は、そんなヌクンバティアイランドリゾート【Nukubati Island Resort】について語っちゃうのでお楽しみに!(つづく)