森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記 -12ページ目

森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

UTMBのコースの説明①


今回走るコースは170kmととても長いものですが、途中でいくつかの見どころがあります。標高断面図を参考にして読んでください。


9月1日18時(日本時間9月2日午前1時)シャモニーを出発します。2300人ものランナーが一斉にスタートします。トレイルの大会でこの規模は非常に大きいもので、街中がお祭り騒ぎになります。


スタ-トして8キロしてからトレイルに入って、約800mの山(Le Delevert)を超えます。箱根駅伝5区の標高差とほぼ同じです。標高断面図ではちょっとしかないように見えて、実は結構な上り下りのようです。
山を降りてSaint Gervaisの町につく頃には日が暮れています。暗い中Col du Bonhomme(ボンノム峠)まで約1500mの上りをひたすら上っていきます。

31キロ地点のLes Contamines(レコンタミン)はカットオフ9月2日0時。ここでタイムオーバーになる人が多いんだとか。出だしゆっくりしすぎないように注意です。こんなところでレースが終わるなんて悲しすぎます。

 



約43キロ地点のボンノム峠は上の写真のように景色の良いところですが、ここの通過予想は9月2日午前2時ころ。残念ながら真っ暗です。しかし、このボンノム峠に上る人のヘッドランプが列をなしていて、見ごたえがあるのだとか。


ボンノム峠を越して、ふもとの町 Les Chapieuxを過ぎたら、次の難関Col de la Seigne(セーニュ峠)です。

10キロの距離で約1000メートルの標高差を登るのはかなり大変のようです。恐らくセーニュ峠を登りきるころ、日の出を迎えます。左手にモンブランの山々が見えて、素晴らしい景色のようです。以前のUTMBでは吹雪があって大変だった場所です。ここを超えるとフランスからイタリアに入ります。


この後の1山を越してから急な下り坂を下り切ったところが78キロ地点Courmayeur(クールマイユール)です。大体お昼くらいに到着する予定(日本時間で9月2日16時ころ)。今まで参加した大会だとこのくらいでレースが終了していました。ただ、今回はかなりの余力を残してここに到着する必要があります。ここには大きなエイドステーションがあって、預けた荷物を受け取ることができます。着替えや食事をしてリフレッシュしてから後半戦に移ります。

 

その4へ

練習もそれなりに頑張りました。

仕事が終わって、子供の寝かしつけなどをするので、自分の時間は基本的には午後10時以降になります。

 

3月から6月はスピード練習なので、負荷は高いのですが練習時間は比較的短めでした。

7月は距離を踏む練習をしました。

 

8月1日の日記

 

7月はUTMBとスパルタスロンに向けてロングランを頑張りました。1か月で約500キロ走りました。過去最長距離です。走る時間を作るのが大変でした。今日も仕事とかが終わったのが午後11時で走り終わったのが午前1時半・・・速くなった気はしないけど、長距離走るのに体が疲れにくくなった気がします。後1回だけ長距離練習をしたら、後は負荷を落としてレースに臨みます。

 

8月4日の日記

今度私が参加するUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)というレースについて、少しずつ調べることにしました。このレースはモンブランの山を反時計回りにぐるっとめぐるコースになります。ネットでモンブランと検索すると、9割はスイーツで1割は山が出てきます。

世間一般では山の方のモンブランはマイナーかもしれません。モンブランはフランス語でモン=山、ブラン=白。つまり白い山という意味だそうです。イタリア語ではモンテビアンコ(同じく白い山という意味)と言います。


モンブランの場所は地図で赤矢印の上です。モンブランの山頂がフランスとスイスとイタリアの国境になります。そのため、今回のレースは3か国をめぐる旅になります。ちなみに緑の矢印がジュネーブ空港で、そこからバスでモンブランのふもとの町、シャモニーに行きます。シャモニーの町はモンブラン観光の拠点としてとても栄えています。ケーブルカーや登山電車がとても発達しているので、トレッキングなしでも山を楽しむことができます。

今回私もレースまでにエギーユ・デュ・ミディ展望台(標高3777m)までケーブルカーで一度行こうと思います。富士山山頂相当まで行けるなんてすばらしいです。下の写真がモンブラン。山頂は夏でも雪が残っています。西ヨーロッパ最高峰(4810m)です。

 

エギーユ・デュ・ミディー展望台。ここでも十分標高が高い。目下にシャモニーの町が見える。

 

その3へ

 

 

 

以前書いたSNSや写真をまとめたものです

 

UTMBは、トレイルランニング(山岳マラソン)の中でも最高峰と言われるレースです。

もともとは世界的に有名なトレッキングルート、ツールドモンブランを一周するコースになります。

UTMBホームページ

https://utmbmontblanc.com/en/home

 

言葉で説明するよりも、下の動画を見た方が説明が早いです。

メチャメチャ盛り上がって、雄大な景色が見られるレースです。

170キロ、46時間半という制限時間、累積標高1万メートル(富士山の5合目から山頂を6往復以上)という過酷なスペックのため、かなり真剣に練習しないと完走できません。

 

you tube UTMB2019

https://www.youtube.com/watch?v=AgN2SBBLito

 

2015年の年末にこのレースの存在を知って、2016年1年かけて実績を作りました。

UTMBに出場するためには100キロクラスのトレイルランニングのレースを3つ完走する必要があります。

1レース目は2016年2月。初めてフルマラソン(42キロ)以上走ったのがトレイルランニングのレースで、約22時間走りました。UTHKという幻のレースで、これも後日ブログに出来たらと思います。

 

2レース目はおんたけウルトラトレイルレースで、これは現在はUTMBの資格レースではない(4ポイント)ですが、この当時は資格レース(5ポイント)で、お得でした。

 

3レース目はファントレイル100キロで、これは超過酷でした。ヘロヘロになるまで、26時間も走りました。170キロなんて走れるのか・・相当不安になりました。

 

この年の12月に申し込み、約3倍の抽選になんと当選して2017年の8月にUTMBに参加できることになりました。

 

 

その②へ

 

 

UTMS(ウルトラトレイル四姑娘山)完走記

大姑娘山(スーグーニャンシャン)から下山してホテルに着いた後、午後は大会のチェックインです。必須装備をもって本部に行きました。ちゃんと装備はチェックされました。診断書もきちんと提出しました。心電図は持っていかなくてよかったようです。一応診断書に心電図正常ですと書いてもらいました。チェックインは混んでなくて一瞬で終了しました。夜にレースの説明会がありました。

 

夜の説明会に参加した選手たち。日本人はこの時は見かけませんでした。

今回のレースの難所は3か所ありました。CP5は1つ目のピークで、約1000mの標高差があります。CP8がレース最高地点です。4400mとありますが、これはチェックポイントの標高で、そのあと4500m程度まで高度を上げます。CP10は、そんなに高くない登りと思いきや、結構登らされた記憶があります。

 

事前の説明で、積雪があると言ってたのですが、そのヤバさは後で思い知ることになりました。

 

日隆からバスで1時間ほど揺られてスタート地点に向かいます。高い山に囲まれた場所にスタート地点がありました。参加者が多くないので、そんなにごみごみした感じがなくて、ゆったりスタート時間を待つことが出来ました。

 

午後5時、スタートです。スタートしてから、CP4までは殆どが木道か道路です。緩やかな下りということもあって、気持ちよく走れました。標高が高いので息切れはしやすいです。

 

山の景色が本当に素晴らしかったです。

CP4を超えた途端、激坂が続きました。標高が高いこともあってすぐに息切れしました。くねくねした車道に時々出るのですが、敢えて直登ルートを通らされました。果てしないくらい長いのぼりを終えて、ようやくCP5にたどり着きました。(暗くて良い写真が撮れませんでした)。CP5を超えたら、今度はひたすらトレイルを下ります。下に見える街まで下ったら、今度は300mほど登ります。この登りも結構きつかったです。緩やかな道もあるのに、敢えて急な上り坂を登らされているようです。

CP6でデポバッグがもらえます。着替えを入れたのですが、服があまり汚れていなくて靴下も駄目になってなかったので着替えませんでした。ここで結構ぐったりになっている人が多かったです。私も結構くたびれていたので、しっかりと補給をしました。小さい肉まんを4つくらい食べました。

CP6を出て、しばらく道路の下りを走った後は、トレイルの緩やかな登りが続きました。緩やかなので結構走れました。CP7を出てしばらくすると川を渡るのですが、そこで足を滑らせてびしょびしょに。この川渡は結構難易度が高いので、濡れた人が多かったのではないでしょうか。その後は激登りが続きます。トレイルが氷で覆われるようになり、滑る箇所も出てきました。標高が4000mを超えると、雪が厚くなってきます。足がはまってしまい、かなり移動スピードがさがりました。空気がとても薄くなり、気温もかなり下がっていて、極限の状態になりつつありました。朝日が出てきていて、周囲の景色も良く見えるようになって、「今凄いところに来ているんだ」という感じがしていました。あまりにも思うように進めなくて心が折れてしまうポイントでしたが、引き返すのはもっとつらいと思って、根気よく登り続けました。

 

雪が新しかったので、一歩進むたびにずぼっとはまってしまいました

 

標高4400m地点で湖に出るとようやくエイドに着きました。エイドにはテントがいくつかあって、周囲を少し高い山に囲まれていました。

 

八角棚海から見る四姑娘山はとても綺麗でした。

 

UTMBのフェレ峠での吹雪以上に辛い思いをして登ってきた上では、湖の向こうに朝日に照らされた四姑娘山が見えました。空気が薄いせいか、空気が澄んでいるせいか、山がとっても鮮やかに見えました。今までの辛い思いが吹き飛ぶくらい、感動しました。大会運営者は、選手にこの景色を見てほしかったんだ、と思いました。

八角棚海を出た後さらに高度を少しだけ上げ、その後稜線をしばらく歩くのですが、若干ラッセル(やわらかい雪をかき分けながら進むこと)をする感じでした。この間距離にして3-4キロなのですが、ものすごく時間がかかりました。コースの一部は、「足を踏み外したら滑落してヤバいんじゃないの?」というところもありました。

 

八角棚海をでたあとのヤバい箇所。遠くにランナーが見えます

 

雪の部分が終わると、普通のトレイルコースに戻ります。一気に標高を下げてCP9。CP9から後の登りも結構きつくて長かったです。歩いたり休んだりでした。CP10を出てから一気に高度を下げて、そのあともしばらくトレイルが続いてCP11へ。その後は比較的走りやすい道が続いてCP13へ。

 

CP13に続く道。走りやすい林道が続きました。時々馬とすれ違いました

 

 

同じ道を引き返すのですが、途中からは木道が続いて走りやすい道でした。CP14から後は普通のトレイル。前半沢山のぼって、後半は沢山下りました。途中川渡が2回ありました。

ゴールした時は深夜でした。普通の100キロよりも結構消耗した感じがしました。へとへとでしたが、そのまま成都空港に直行して早朝の便で出国しました。このあたりは写真がありません。残念。

結果は28時間14分。138人中16位ということでした。私が速いというよりも、まだ中国ではトレイルランニングが普及していないという事情があると思います。完走率は29%ということなので、シビアなレースだったのは間違いないです。

 

 

 

 

 

 

 

10月29日-10月31日 大姑娘山(5025m)登頂記

前日は四姑娘山のふもとの町、日隆(リーロン)で宿泊していたのですが、就寝中に高山病になっていました。頭痛がしましたが、次第に慣れていってそこそこ寝ることができました。日隆ですでに高度が3200m程度あるのです。まず、登山センターにいって、登山者登録をしてから登山を開始します。この日はとても楽なトレッキングでした。急な坂がないです。荷物の大部分は馬にのっけたので、さらにらくちんでした。4時間ほどのトレッキングで宿泊予定地に到着。高度が高いので結構寒かったです。

なだらかな稜線を歩きました。途中で馬と沢山すれ違いました。

途中まで登って替える人や、別の山に登る人もいました。

 

一泊目のキャンプ地。私は左側のテントで寝ました。馬を囲うスペースがありました。

 

テントで過ごす夜はとても寒かったです。防寒着を全部着込んで、さらに激熱ホッカイロを寝袋にいれてようやく何とかなりました。この季節では珍しい積雪があって、夜中じゅう雪がテントに打ち付ける音がしていました。寝ると頭痛が強くなってしまって目が覚めてしまいました。息苦しいせいか、テントの換気がとても気になってしまって、換気口が雪でふさがれていないか何度もチェックしてしまいました。また、雪の音も気になってしまって、結局この日はあまり寝ることができませんでした。まだ、就寝中は呼吸が抑制されるようで、酸素飽和度が低下しました。時々60%台まで低下して、それも熟睡できなかった原因だと思います。

 

 

テントを開いたところ。前日雪が全くなかったのに、結構どっさり積もっていました。

 

テントを開けたら外は雪だらけでした。朝6時半にキャンプを出発して大姑娘山に向かいました。道がはっきりしなかったのですが、ひたすらガイドについていきました。キャンプから山頂までも、特に険しいところは殆どありませんでした。酸素が少ないので、少し登ってはすぐに息が切れました。標高約4500mにもキャンプ地がありました。ここで1泊していた人が結構多かったようです。ただ、前日夜が大雪+強風だったので、それで体力を消耗した人が結構いたようです。標高4500mを過ぎると、風が強くなって気温も低くなりました。結構着込んでいったのですが、それでも寒かったです。また、少し登るとすぐに息が切れるようになりました。ガイドさんは全く息が切れていなかったです。

 

 

後半は積もった雪で滑りやすくなっていました。軽アイゼンがあったら少し安心だったかもしれません。滑落したら危ない地点が数か所あるだけで、他は特に問題ありませんでした。標高が高いので常に息苦しかったですが、頭痛や吐き気はでなくて済みました。寝ているときは高山病でしんどかったのですが、起きていれば標高5000mでも問題なかったです。

山頂には5分ほど滞在して写真をとったり、缶ビールを開封してプシューとさせたりしました(思ったほどプシューとしなかったです)。下山している途中からガスが減っていき、見晴らしが良くなりました。

下りは少し遠回りして、歩きやすいルートをたどりました。それでも午後2時くらいには標高3900mのキャンプに戻れました。5000mを経験したから、高所には大分順応したのかな、と思いきやこの日もあまり寝られませんでした。寝るとSpO2が60%前半になってしまって、仕方ないので上半身のみ起き上がったりしました。そうするとSpO2が80%後半まで上がりました。

低酸素の影響か、翌日は大分クラクラめまいがしてしまいました。朝ごはんを食べてしばらくするとめまいが少し落ち着きました。そのため、予定より少し早めに下山しました。道中ずっと天気がよくて、この日に山頂に立っていたらとても素晴らしい眺めだったかもしれません。

下山途中の写真。一番右側のなだらかな山が今回登った大姑娘山、一番左の山はいままで数人しか上った事の無い険しい山です。

 

その3へ