今の私たちは自分の国は歴史的にあまり良いことをしてこなかったと思い込んでいるようだ。「日本は絶対に戦争をしてはいけない。核兵器のことなど議論してもいけないのだ」などとギロンしている。高市内閣でこれで日本も普通の国になれるなどと多くの国民は思っているようだが・・・かつて我が国は元寇を戦い、日露戦争・大東亜戦争を敢行した世界の強国であったことを忘れている、いや恥じているのか?現在世界はアメリカ、ロシア、中国などが言いたい放題のことを言っているが、反論しているのは我が国以外ばかりのようだ。戦後80年アメリカ・連合国などの歴史観である”太平洋戦争”を呼称している。それは自分たちの歴史が、過去が悪にまみれていると信じ込まされているからだろう。遠い過去までさかのぼらなくても400年前の、人類最大の華の時代であったとされる江戸時代までがサヨク・左翼に汚されいる・・・

 大東亜戦争に負けてアメリカに民主主義にされたと信じこまされている。安倍首相時代に我が国もまともな国になれる、今日やっと高市首相で自存自衛を目指せると言っている。それでもでもやっぱり”日本だけは絶対平和だ、戦争はだめだ!”はあまり変わっていないようだ・・・日露戦争の東郷元帥、大東亜戦争の東條英機首相がいまだ悪人とされている現代日本とは・・・?

 

 もう二度と世界に伍していく国になれないのか。あまりの外国人移入者の多さに、また外国人旅行者増大に浮かれていてよいのだろうか。我ら日本人の愛国心、民族の誇りを見失ったのか。スポーツとか文化文芸などにしかニッポンたる気概がなくなったのか?祖国なる大和の国たる気はないのか。このままではあの壮絶な大東亜戦争の真実に目覚めることはないのだろうか。「大東亜戦争聖戦論」を書いた私は今一度日本は本当はすごかったを書いてみたい!

 

 

(令和8年1月)

 楽しみにしていたNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」が始まった。特に今回はこれまであまり注目 を浴びていなかった天下人秀吉の弟秀長が主人公と言うことで、私はこの人が好きなので楽しみにしていた。しかし始まってみると何かが違うと感じた。今の世相が影響しているのか、軽いと感じる出演者が多い。知らない俳優ばかりだ。でもそれはたぶんふだんTVをあまり観ない私のせいなのだろう。だが日本の歴史を彩った人物の物語と言うには私の好みとはややかけ離れている気がする。まだ始まったばかりで秀吉・秀長主演二人が若い時代だからか、人物像の重みが感じ取れない。まさに現代の青春ドラマだ。主人公二人は言うまでもなく、信長、柴田勝家、丹羽長秀、前田利家、徳川家康、今川義元など時代を画した人々の若き時代の物語だ。何かふさわしくない・・・・それでも多くのフアンには評判のようだ。ただ私自身は一年間観続けられるか、何か気合が入らない・・・・

 

(令和8年1月)

 今世界では世論の賛否のなかで原発が稼働している。我が国でも幾つかの原発が電力会社や経済界やマスコミ・知識人・政治家らが中心に動こうとしている。そして大半の国民もその大勢でよさそうだ。だがその安全性を危惧する人々も多い。私自身は原発は、いやほとんどの人類の技術とはその安全性を100%完璧とは言えないと思う。我が国の東日本大地震、世界的にもソ連、アメリカなどの原発事故をみても未だこの文明技術は人類として活用すべきではないと思う。私たちは原爆の軍事利用には慎重だが、我らの生活活用には安全を強調しているが果たしてどうか?原子力電気の活用にはその過程で汚染処理が問題とされいる。その解決策を未来の子孫に残している・・・

 人間最先端技術であるの飛行機・車・新幹線など”事故”も皆無とはいえないであろう。だがそれらの事故などは人類破滅に至ることはないと言える。一方で原発事故はひとたび起きれば「人類の滅亡」さえあり得るかもしれないのだ。この地球の営みのコントロールが効かなくなる可能性がある。決して知識人や政治家・マスコミなどが言うようにはいかないのではないか・・・。人類は原子力エネルギー活用にはまだ慎重を期すべきだと思う。確かではないが電気は現代文明には必要だが、我が国では原子力発電は稼働させなくても真夏のピーク時でも足りているようでもある。日本だけではあるまい。世界的にも人類の原子力電気まだ未開発の技術だと言えるのかも知れないのだ。また二酸化炭素汚染の元とされる石炭の活用も液化技術の開発によって可能だということを聞いたことがある。資料が手元にないが現在の核技術ではない、一時話題になった核汚染とならない安全とされる核エネルギーの活用を考えるべきではないだろうか。何か今日の原発稼働にこだわる経済界・政治家や知識人などのこだわり、その姿勢には金がからむ”キナクササ”を感じる・・・

 

(令和8年1月)

 米の異常な高騰が続いている。食の多様化が進んでいる今日でもコメは我ら日本人の主食である。経済や政治の仕組みはよくわからないが、国内一県分の田圃が耕されないで放置されいるのにコメ不足だと言われても私には納得できない。実態は農家従事者の生産能力がないのだろう。生産者、または意欲の欠如か?国民の主食を担っているという義務感欠如か?それに対応できない政治経済担当者たちの能力・危機感のなさなのか?。ここにも「少子高齢化」にその原因を押し付けているように見えるが・・・しかし私は今日の農業機械化の時代ならその気になれば国内の需要は言うまでもなく、輸出さえ可能だと思っていた。うかつだったのか。ウクライナ戦争勃発で跳ね上がった物価高騰への国民、いや政治家経済従事者たちの国家安全保障への対応感覚の狂いにみえる。我が国は軍事安全保障ばかりか、食の安全対応にも十分とは言えないのではないか。主食コメはいかなる事態にも国民に安価に手供給できる仕組みが求められる。世界の食糧倉と言われるウクライナの危機を叫んだ政治家やマスコミ・知識人などの危機感をいとも”リカイ”した我が国民の精神的もろさであるように思えるが・・・コメやほかの食糧や多くの物価上昇への理由とさせた政治や経済を担う人々の思考のウサンクササをみる私の見方が歪んでいるのだろうか。国民の主食は安定的に安価に提供する日常にしておくのが国家の主導者の任務ではないか

 

  日本も中国やアメリカの世界経済を仕切る強国に対抗するべく食の安全保障体制も我らは組み直すべきではないだろうか?

 

(令和7年12月)

 いつまでたっても天皇継承問題が決まらない。小泉首相が女性天皇継承にお可能性を打ち出してからもう20年にもなろうとしているのにいわゆる保守系識者たちの執拗な男子継承とそれに動かされている自民党を中心とする政治家たちのためにその動きが止められている。それでも最近何か”愛子天皇”への動きが感じられるようになってきた。上皇陛下の退任宣言以来、政治家・保守論者たちのどうしようもない”あがき”は我が国伝統の大きな動きの前に少しずつ押されてきているように私には見えるが・・・近年の皇室を代表して愛子様の単独での行動ーラオスへの外遊、読売新聞の女系天皇容認への転換などが一般国民の女性天皇実現への大きな可能性を持たせているように思えるのだが・・・おそらく国民の圧倒的支持の前にまさに狂っているとしか思えない男子継承にこだわる人々にたじろぎが出始めているのだろう。

 

 ともあれ女系・女性天皇は我が国の神話伝説から伝統歴史に厳然として存在しており、男子継承とは明治に日本が近代化に舵を取ろうとしたときに西洋に対抗するために臨時に取った選択であったのだ。神武天皇の血の万世一系と言うも、天皇とはこの神話伝説からもたらさせた”万葉一統”ともいうものである。それは神武の後の第2代から9代までが「欠史8代」と称されているようにそこには血の繋がりがない。何よりも日本の国の始まりは天照大神であり女性なのだ。一刻も早く女性天皇継承を容認するべきだ!

 

 安倍首相の後任とも言われる現高市総理大臣は「男子継承」と言い張っているようだが・・・

 

               令和7年12月

 

本ブログは私個人の家庭の諸事情で中断することが度々あった。今回は突然の妻の逝去、一年に2度の引っ越しなどのため数か月手につかなかった。いまやっと少し落ち着いたから再開しようと思う。

 

保守系の天皇・皇室継承に対する保守系政治家、知識人などの異常の暴論、我が国の主食・コメの価格高騰などへ対する国民そのものの”コシ”のない反応など・・・・   

 

 

思いつくままに書いていきたい

 

令和7年  12月18日

 大相撲春場所は大関大の里が優勝した。高安は又も残念だった。ただ私自身はヒザ負傷で幕下以下まで落ちてなお頑張る朝之山の奮闘が嬉しかった。元大関が幕下の下まで落ちて取るにだから優勝は当然とも言えようが、その強い精神力、意気込みに大いに感激だ!ぜひ幕内、いや大関を目指して欲しい。元横綱照ノ富士は引退前には横綱を目指せと言っていた。コロナ禍で今なおマスクを”強要”する厚生省・医学界、そして日本を目覚めさせよ!朝之山ガンバレ!

 

令和7年4月

 価格がが異常に高騰している私たちの主食コメである。我ら庶民の強い願いを受けて備蓄米を市場に出すことが決まり、今月末にも店頭に出ることが期待されている。以前から私は今回のコメ高騰には一部業者の不当取り合いや思惑があるのではないかと思っていた。このままでは期待の価格下落はあまり期待できそうもない。そもそもコメは我ら日本人の主食である。いわば自衛隊の軍事力と同様、我ら日本人の安全保障の要である。このコメの価格の異常な混乱に怒りの声を挙げない、アキラメている庶民もな情けない。まし何の手も打とうとしない政治家、マスコミ・知識人たちもあまりにもなさけないと言えよう。

 

 主食の安定供給は政治家、国のリーダーたちの主要任務だ。あらゆる物価が高くなているからという生産者の言い分なども、グローバル化にこだわる経済界の言いなりそのままではないか?

 

 遂にここに至ってコメの減反政策中断を求める動きが政治の世界に入ってきたようだ。だが問題は今は放棄されている農地をだれが耕すのかと言うことではないか。コメ余りの時代とは違う。高齢化をいうまでもなく、田圃に立つ人が、働き手がいないのだ。コメ以外にも働き手の不足が言われる漁業や野菜作りに外国人を導入することに何の躊躇もしない政治家や財界人をあてにしてはいけない。我が日本の景観の極致である田園の美を荒らしたままでは瑞穂の国日本の名が廃る・・・知恵を絞ることだ!ここは公務員や大企業従業員など週休3日の可能性のある若い人々の出番ではないだろうか!AIですすむ業務の簡易化であまった体力・知力を国家の食糧危機に役立ててほしい。週一日田園に出る、あるいは企業や官庁に食糧危機対応チームなどを設置してコメ危機に対処できないのだろうか。そして現在ほとんどを輸入に依存している準主食ムギ・ソバの自力生産も視野に入れることだ。食糧自給率を上げよう。アメリカ主導の、日本がその言いなりになっているTPPなどからは離脱がよい・・・・

 

令和7年3月

 

 

 

今日は!

 

家族の病気、初孫(女の子)誕生、引っ越しなどしばらくブログから離れていました。まだ多事多難は続いていますが、私のブログはツイッター風(つまり超短文・・・)なので何とか少しづつやっていこうかと思っています。

 

ウクライナ戦争、我が国の諸物価高騰、特にコメ高騰への政府の無策、国民のアアキラメなど何か一言いいたいのですが・・・

 

天皇制継承への男子に執念する識者・政治家など、原発継続(現存)を主張するリーダー達など、マスク着用を止めない人々・・・私には狂っているとしか思えないニッポン・・・

 

 

これからどのようにブログを展開させるか?迷い中です・・・

 

令和7年3月

日本は元号だ!

 

 先日NHKのある番組で、「太平洋戦争(本当は日本人にとっては「大東亜戦争」であるのだが)開戦の1941年」と解説していた。私たち日本人にとって歴史的にも伝統からから見ても最大の事件であり、物語であるべくこの戦争は昭和16年開戦と元号を持ち得るべきではないか。ことあるごとにロシア・中国・韓国・北朝鮮など反日国に好意的なマスコミや政治家たちはどこまでも西暦使用だ。いやもはや日本人大半は西暦使用である。

 若い人に限るまい。大人や高齢者もマスコミや我が国の言論を主導している知識人などの影響もあってか西暦使用である。全国紙では産経新聞のみが、“令和5年(2023年)”表記である。讀賣も朝日新聞、全国の地方紙まで(私の推測であり邪推(?)でもあるが・・・)西暦使用である。だが我ら日本は元首天皇を戴く天皇制の国であり、元号使用、元号優先の国ではないのか。辛うじて公の文書は、政府・自治体のそれは元号もしくは元号・西暦も順になっているようだ。一方国民は私生活ではほとんど何の後ろめたさもなく西暦だ。だが西暦とはキリスト教の年号だ。我が国は宗教・思想は個人の自由だ。しかし歴史伝統と国柄の根本は天皇制にある。天皇制とは元号表示が当たり前ではないか。ここにも戦後の欧米化、とくにアメリカ文化の影響があるのだろう。しかし我ら日本人のギリギリの生活態度、それは公私ともに元号使用、少なくとも元号優先・並列が常識となるのが“ほんとう”の日本人ではないか。

(令和5年11月12日)