安倍首相談話

 

 *“我が国は新しい国際秩序に対する挑戦者となっていった”-この「国際秩序」とはアメリカ・イギリスなどの連合国、すなわち白人列強の持つ植民地体制の秩序を“善”とし、その体制に追い詰められ、自衛と国家の名誉を賭けて闘いを挑んだ(挑戦した)日本を“悪”とする、“太平洋戦争史観”の極みであろう。

*“深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち(いわゆる慰安婦のことを指している・・)がいたことを忘れてはならない”

*“何の罪もない人々に計り知れない損害と苦痛を我が国が与えた事実”

*“我が国は先の大戦における行いについて、繰り返し、繰り返し痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきた。この歴代内閣の立場は今後も揺るぎないものだ”

*“戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた捕虜の皆さん・・・そのことに私たちは思いを致さなければならない”―特に中国を名指しで何と我ら先人たち将兵を断罪している。中国は戦時中も、戦後も加害者なのだ!

 

そしてこの談話は

*“私たちは国際秩序への挑戦者となってしまった過去を胸に刻み、我が国は反省し続けなければならない”している。そしてこの史観(反省・謝罪)を「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」”とした。ここには“反省”は継続すべきと今の日本人に呼びかけ、未来の日本人には“謝罪”をすることをさせてはいけないとしている・・・筆者はこれまで述べてきたように「大東亜戦争」そのものが我が国の侵略などではなかった。また国家の戦争には“謝罪”は不要と観る!

 

 

まさに大東亜戦争の名誉は地に貶められている。満州・シナ事変なども含めてこの我ら先人たちというわずか100年~150年前に人類史上最大の激動の時代に生まれ合わせた宿命の先人たちの、その人生を駆け抜けるように生き抜いた同胞たちの、国家民族・名誉の戦争が忘れられようとしている。それ以上に悲しむべきは、ほとんどの国民が最も誇るべく、名誉とすべくこの大東亜戦争を、“太平洋戦争”と呼称していることである。そしてこの戦争そのものの“存在”を忘却されつつあることである。被占領時代にアメリカに強制させられた日本を“戦争犯罪国、侵略国”と断罪した戦勝国史観の呼称で読んでいることの異常さを知ろう。我ら祖国を守ろうとその命を、人生を捧げられた先人・父祖たちへのこれほどの非情はなかろう。

 

いま私たちは知ることだ!大東亜戦争は、アメリカ・イギリス、オランダなどに経済的軍事的に追い詰められ、ソ連共産化の恐怖、シナ人の無法卑劣の反日侮日に、我が日本が唯一国国家の名誉と興亡を賭けて立ち上がった自存自衛の戦いであったのだ。そしてやむことなき白人列強の有色人弾圧を押しとどめるべく、民族平等を目指した「人類史上最大の聖戦」ともいえるものであったことを誇ろう。我ら先人たちがその総力を挙げて立ち上がったのだ。この大東亜戦争そのものを知らない国民、その意義を問うべくもない無関心の人々が多くなっている。それが我が身よければの知識人・マスコミ、国家安全、領土意識などに思いも至らない愛国心欠如の国会議員の声高の主張に主導された人々の“センソウハンタイ”の心理となっているのだろう。我が国の戦争は全て世界に迷惑をかけた、侵略戦争であったと信じ込まされている人々が多いのである。

 

私たちは祖国を自分たちで護らなくてはならない。その気概は、祖国の伝統歴史に誇りを持つことから生まれる。そのために健全なる国家観を持つ国民足らんとならなければなるまい。そのためにも我らの先人たちが命を懸けて護らんとしたあの大東亜戦争を先ずもって誇りとすることだ。それが我ら国民の義務であり、持つべき道徳といえよう。今人々の多くは“太平洋戦争”と呼ぶが、これを国民大勢が大東亜戦争と胸を張って呼称することである。この気構えなくして新憲法成立への一歩、専守防衛などという武人(自衛隊員)侮蔑からの脱却といった真の自存自衛の心意気、国家への気概・誇りが生れ得まい。

前述の安倍首相談話をはじめ、細川発言、村山談話などは、大東亜戦争の真実であるあの壮大な我が日本民族の、大和武士、大和撫子とも女郎花(おみなえし)とも言われた先人たちの壮大な抒情詩とも、あるいは叙事詩ともいえよう大東亜戦争を、“祖国よ、永遠なれ”と祈りつつ310万将兵国民を捧げたと観ることとは絶対に相容れまい。安倍談話、その布石となった現代有識者といわれる日本知識人が結集してまとめ、国民に示した「報告書」も、我が祖国日本の近現代、特に最後の戦争であった大東亜戦争の真実の歴史とは隔絶したものであった。そして安倍談話、有識者報告書ともに「大東亜戦争」の呼称を使っていなかった。この安倍首相とその支持者たるいわゆる保守と言われる方々、政治家や知識人というエリートたちの「先に大戦は日本の悪の侵略であった」とする歴史観は、戦後70余年の現在も我が国を大きく誤らせている。

 

我ら祖国日本最大の歴史である大東亜戦争の名誉を回復させることだ。まず大東亜戦争は「大東亜戦争」と呼ぼう!それが有事の戦いはアメリカに丸投げというナサケナサを脱却する第一歩となろう。自主防衛の武力・軍隊である自衛隊を国軍とする国家とならなければならない。

 

               (平成29年11月6日)

 

 

 

「大東亜戦争」の名誉を回復させよう!

 

 

我が国は現在国家の安全保障の根幹を軍事同盟国アメリカに依存している。それは日本が事実上かの国の属国、昔なら植民地と呼ばれるものとしている。そのアメリカに押し付けられた憲法を平和の守り神のごとく絶対に変えようとしない人々がいる。戦後の“平和”は現憲法のおかげだとする国民がまだ多く存在する。北方領土、竹島、尖閣諸島など、果ては中国による北海道森林等0の買い漁り、対馬への韓国人の暴弱無人にも似た観光産業進出など国土を侵害され、同胞を不法に拉致されても日本は平和だという。我が国も当然国際法によって自衛権は保持していると言いながら、同時に戦争は絶対だめだ、専守防衛だ、文民統制だと繰り返す政治家・マスコミたちにはこの国を護るという気概も、愛国心も感じられない今日である。「自尊自衛」の覚悟なき我が国は韓国・中国・ロシアなどの侮蔑の反日言動にも強い反撃はしないことを国策としているようだ。被害を受けた家族・人々の涙、悔しさ・怒りを思いやらない同胞が存在している・・・

 

これらそのすべてとは言えないだろうが、かつて太平洋を挟んでアメリカと雌雄を賭けた大東亜戦争敗戦の影が国民の心の底にあるからではないだろうか。いや正しくはアメリカの占領時代に日本人に与えられた洗脳にあるのだろう。大東亜戦争を、日本の侵略だ、アジアの人々を虐殺、傷つけ苦しめたなどとして、アメリカの一方的な戦争史観“太平洋戦争”と呼称することを押し付けられたことに起因している。戦争責任を当時の軍人・政治家たちに被せ、国民は騙されていたのだとしたアメリカのプロパガンダに日本中が自らの戦争犯罪を持つという自虐に陥って今日に至っていることが、今日の我が国をして、「誇りなき国」ならしめているといえよう。

 

 大東亜戦争終焉から50年にもなろうとした平成の世になってからでも、我が国政治最高権力者の総理大臣が度々、大東亜戦争を我が国の侵略とみなし、謝罪・反省の言葉を繰り返している。

 その代表的な例として

*平成5年5月細川首相は記者会見で、太平洋戦争(首相へのマスコミの質問といった公式の場でも「大東亜戦争」呼称は消えている)への認識はどうかを問われ、「私自身は侵略戦争であった、間違った戦争であったと認識している」と述べた。またその年8月の国会所信表明では、「過去の我が国の侵略行為や植民地支配など多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことを改めて深い反省とお詫びを申し上げる」と謝罪した。さらに同月の韓国訪問で、金大統領との会見で、「我が国の植民地支配によって朝鮮半島の人々が例えば学校における母国語教育の機会を奪われ、あるいは自分の姓名を日本式に改名させられたり、従軍慰安婦強制連行など様々な形で耐え難い苦しみと悲しみを経験されたことに心から反省し、深く陳謝したい」と語り、我が国首相が初めて具体的に加害者との認識を表明し、謝罪した。

 

*村山富市首相は、平成7年8月戦後50年を期しての首相談話として、「・・・我が国は過去の一時期、国策を誤り、侵略戦争と植民地支配によって・・・とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。心からのお詫びの気持ちを表明致します」という趣旨の、いわゆる「村山談話」発表した

 

そして終戦70年を記念して、平成27年8月、国民の期待を受けて、保守とされる安倍首相が70年談話を国民に示した。それは比較的多くの国民の賛同を得たというが、ことの本質は歴代総理の大東亜戦争罪悪観のもっとも強いものであったといえよう。(続く)

 

             (平成29年11月3日)

 

 

人生の使命とは

私たちは人としてこの世に生を受ける時、その時(時代)、場所(郷土、国など)は言うまでもなく、家族、友人、同窓の人々といったものさえ自ら選ぶことはできない。そしてその生きがいも人生の使命もその時代によって決められていく。この浮世ではそれを宿命という。 


拙著「日出づる国よ、誇りを持て!」アマゾン電子書籍の本文冒頭からの引用です。


では私自身のこの世での使命(やや大げさですが)とは何かを考えています。


                                     (平成28年2月)

「大東亜戦争」と呼ぼう! 大東亜戦争聖戦論

平成27年8月の「戦後70年談話」はこれまでの歴代政府の「謝罪と反省」を概ね継承したものとなっていた。いわば反日諸国や国内左翼へは「謝罪」、欧米など連合国へは「国際的秩序へ挑戦した」反省をかさねて強調したものと言えようか。同時に未来の人々に「謝罪」をさせてはいけないという。そしてこの談話には「大東亜戦争」の言葉は一度も使われなかった。戦後70年とは、いうまでもなく“大東亜戦争終焉から70年”を意味したものであろうが・・・

 

我が国の正論者たちは主張する、“歴史を取戻せ”、“自虐をやめよ”と、そしてかのトインビーは、いや心ある人々は“歴史の誇りを、歴史を忘れた民族、国家は滅亡に向う”と言う。まさにその通りであろう。多くの人々は自覚していないようだが我が日本はその危機にあるようだ・・・


日本は立ち直れるか


大東亜戦争、満洲・シナ事変、大日本帝国、大日本帝国憲法、教育勅語などといった”戦前”を思わす言葉に依然として不快感あるいは引け目を抱く人々が多い。また戦前の軍部・政治指導者たちを悪と断罪し、国民は騙されていたとした東京裁判(史観)、これを引き継ぐ形での教育界・労働・マスコミ等を中心としたソ連コミンテルン、中国共産党に限りなく共鳴した左翼主義者たちの日本(史)断罪は今日ほとんどのマスコミ・政治家たち多くの国民の“常識”にまで深い影響を与えている。そして少なからない国民庶民、政治家たちは全て捏造である南京大虐殺、従軍慰安婦といった中国・韓国の歴史押し付けに翻弄されている。そのため人々は自分たちの生まれた国、育ち、生きている祖国日本に誇りも愛国心も持ち得ないでいる。いや意識さえしていないようだ・・・と思われていたその時、平成23年3月東日本太平洋沖大地震が起きた。この未曾有の天災有事に、私たちは郷土の人々の連携、お互いの同胞意識を目覚めさせ、かつて世界を瞠目させた日本の道徳がまだ完全には地に落ちていないことを示した。

我が国の現実


では私たちは、戦争という有事にはどのように立ち向かうのだろうか。わが国は大東亜戦争敗戦から屈辱の被占領時代を経て、独立を勝ち得てから60数年、経済大国としてみごと蘇り、世界にその存在を示した。しかしその一方でアメリカの押し付け憲法を未だ護持し、自衛隊という事実上の軍隊を“軍”と呼ばせないでいることも現実だ。多くの国民は日米軍事同盟の中、米軍の戦闘機が我が国領土の空を飛び交っていること、自分の国が他国(アメリカ)に国家としての最重要であるべく国防・安全保障を委ねているという事実上の属国、植民地体制にもあまり恥ずかしさを覚えないでいるようだ。

政府・政治家は、日本は攻撃されるまでは何もしない、手を出すなとする「専守防衛」という。

 平成27年、集団的自衛権などの安保法案成立時の国会内外の議論や反対運動でも、我が国国民の安全保障への認識はさほど深まっているとはいえなかった。「国防」を強めることを、“戦争反対”、“平和憲法保持”などとした政治家やマスコミ、それに先導された国民のなんと多かったことだろうか。この“集団的自衛権”の確立は、本来国家として自明の権利として持っているとされる「自衛権を有事に行使する」気概を持つ国民にしたのだろうか。

世界に伝えよう!


我が日本に望まれるのは、いや今日の私たちがしなければならないのは、国への深い想い、神話・伝説から歴史に繋がる悠久1万年の文明への誇りを蘇らせることではなかろうか。その日本人の気概復活のカギは、多くの人々に誤解され否定的に観られている大東亜戦争、満州・シナ事変(日中戦争)といった我が日本最大の国難の日々であった昭和前半の歴史を誇れるか否かにかかっているようだ。

先人たちのその時代の苦闘の日々

 

 幕末開国、明治維新の断行で、欧米列強帝国の植民地となることを潔しとせず、近代国民国家となるべく富国強兵、殖産興業国を目指して明治の先人たちは死に物狂いで祖国を守ろうとした。大日本帝国憲法制定、教育勅語施行などで、“国民力”を強化させた我が国は、当時世界からは無謀に見えたという日清戦争、日露戦争を勝ち抜き、世界列強の一角にその地歩を確立させた。その過程で台湾・朝鮮をそれまでの欧米列強諸国による弾圧的植民地政策とは一線を画す我が国との同化をさせていった。そして大正、昭和前半に吹き荒れたソ連共産化運動に賛同した国内の左翼・社会主義者たちの立憲君主国日本の打倒・解放運動などをはね除けのけたのだ。また我ら父祖たちに地獄の苦しみをもたらした満州事変、北清・シナ事変などにも当時の人々は決然と立ち向かっていった。

今ここに至っては我が日本が再び世界に毅然として力強く伍していくためには、敗戦で終わった大東亜戦争、そしてこの大東亜戦争に至るまでの先人たちの苦悩苦闘をいかに観るかにかかっているといえよう。“歴史を取り戻せ”、“民族の心をもう一度”、“道徳の復活を”と願うなら、「世界の平和を乱し、アジアを侵略した」と思わされている昭和の、とりわけ大東亜戦争という激動の時代を我ら日本の立場から主張することであろう。堂々たる大東亜戦争史観の確立こそ我が日本の独立、自存自衛たる国となるべく不可欠の道である。未だ自虐に捉われている多くの同胞、国民庶民に大東亜戦争を中心とした祖国の歴史の真実と、我らが日本は素晴らしい国、スゴイ民族であるという日本の正史を覚醒させることではないだろうか。それが日本精神・道徳“復活”の絶対条件となろう!それ以上に、多くの国民が昭和の戦争に「自虐」と陥っているその“常識”の大転換となろう。


大東亜戦争は人類史上最大の“聖戦”であった!


大航海時代より数百年続いていたヨーロッパ・アメリカなど白人国家による北・中南米、アフリカ、アジアなど有色人民族の植民地支配があった。その帝国主義が最盛期を迎えていた19世紀終盤から20世紀初頭にかけて、有色人国家でただ一国西洋的近代化を成し遂げてきた我が国へ向けられた欧米列強の無情の日本敵視であった。いわば大東亜戦争とは西洋白人国家とアジア、虐げられてきた有色人国家の解放を目指して宿命的“聖戦”に我が日本が立ち上がったものと言えようか。国家の興亡、自存自衛と民族の名誉を賭して、またその理念としてアジア民族諸国家解放独立を目指した闘いであったのである。同時にソ連のコミンテルンによる共産主義化の恐怖とその阻止、中国の混沌とした内乱に巻き込まれ、人類史上最悪の時代に生まれ合わせた先人たちの悲劇があった。文字通り世界を相手にした祖国日本を守るため、また国家の興亡に決然と立ち上がった我ら父祖たちの勇気を伝えよう。そこには本当の日本人がいた。米英中蘭ソなどに敢然と立ち向かった武士道の男たち、戦場に銃後に健気に歯を食いしばり生き抜いた大和撫子の女たち、追い詰められたが故の特攻、玉砕を敢行、“祖国よ永遠なれ”と祈りながら祖国に殉じて自決した将兵・・・がいた。

世界が驚いたー大東亜戦争―我ら先人たちの敢闘!


ハワイ真珠湾奇襲、マレー・シンガポール・フイリッピン・インドネシアなどの英米蘭軍撃破・・・緒戦に見せた日本軍の快進撃は明治の日露戦争勝利にもましてアジアの人々、世界の被植民地民族に独立へ希望の火を灯した。それは欧米列強、白人の世界支配の流れを決定的に押しとどめたのである。しかしミッドウエーの敗戦で一転した彼我の攻防・・・飢餓に泣いたガダルカナルの激闘、純忠の将兵たちの血と汗にまみれたニューギニア激戦、アッツ、ペリュリュー、タラワ、グアムなどから硫黄島へ、広大な太平洋に繰り広げられた日米の死闘、日本軍の相次ぐ玉砕、さらにインパールの悲劇、サイパン・沖縄戦にみせた住民と将兵一体の闘いがあった。海上特攻といわれた戦艦大和の敢闘・・・“天皇を、日本を守れ、祖国に行かせるな!”と後世に生きる子孫の為に屍を重ねていった”皇軍”を自負した日本軍、将兵たちのすさまじさであった。シナ大陸での南京・重慶に分裂した国民党、共産党などの統一政府なき内戦に巻き込まれ泥沼の戦いに明け暮れたシナ戦線・・・

日本本土では、“一億玉砕”を覚悟してアメリカ軍を迎え撃つべく悲壮の国民がいた!世界戦史上に語り継がれるべきこの民族の心意気が、筆舌に尽くせない惨敗にもなお、天皇陛下をいただく祖国の国体を維持し、被植民地になることを拒んだのである。戦前から、また戦争中もそして戦後にも我が国に吹き荒れた共産社会主義革命をもはねのけたのだ!

この大東亜戦争終盤の“負け戦”にみせたわが日本軍とこれを銃後で支えた我ら先人たちの「タダでは負けない」愛国心と闘志が世界を畏怖させたのである。すさまじいまでの祖国愛が今日の我が国を存在させているといえよう。その規模、悲壮さにおいて、また世界民族平等を打ち立てたその意義においても世界の人類歴史上特筆されるべく最大の聖戦とあったとい言えよう!

私たちはこの稀なる我が国激動の日々を敢然と生き抜いた先人・父祖たちに心からのねぎらいと感謝を贈ることを忘れてはなるまい。次代に未来にこの「大東亜戦争」を継承して行かなくてはならない!

「太平洋戦争」と呼ばずに、日本人なら「大東亜戦争」と呼称しよう!

この我ら日本人にとっても「聖戦」ともいうべき大東亜戦争を我が国民のほとんどは被占領時代にアメリカに強要された「太平洋戦争」と呼称している。それは政治家、マスコミ、教育界から歴史専門家などの近現代研究などの名称ともなっている。しかし「太平洋戦争」は、戦前の我が国政治家、軍首脳たちを世界侵略征服という共同謀議として裁いた国際上不法とされる東京裁判史観であるのだ。つまり我が国を「侵略国」と断じた歴史観である。

それでは我ら先人・父祖たちが人生の夢、家庭の平穏を振り切って、いやその命さえ盾として国難に立ち上がり、国に殉じた心意気が見えないであろう。またあの敗戦を乗り越えその「永遠」を祈った先人たちの想いが後世に伝わらないだろう。

私たちは堂々と「大東亜戦争」と呼ぶ歴史観を持とう!そこから「自尊自立」の気概、祖国への確固たる誇りが湧いてくるであろう!


                 (平成28年2月)

今年8月の「戦後70年談話」は“戦後”としながらこれを意味しているべく“大東亜戦争”の呼称は一度も使っておりませんでした。被占領時にアメリカが我が国を“日本侵略国”と断罪した国際法上も無法とされる東京裁判史観である「太平洋戦争」の呼称を強制して以来、大半の政治家もマスメデイア、ほとんどの国民は我が国が独立を回復してから今日に至るまで“大東亜戦争”の名を忌避しております。いや最早人々から忘れられているようです。

 

 20世紀初頭は白人列強国のアジア民族植民地支配、ソ連の世界革命というコミュンテルン赤化の脅威、シナ大陸での中華主権をめぐるドロ沼内戦と反日ナショナリズムなど我が国最大の激動の日々でありました。この時代に宿命的に生まれ合わせた先人たちが故国の名誉と興亡を賭けて敢然と立ちあがったのです。緒戦の真珠湾攻撃、アジア各地の米英蘭主要軍事基地撃破の快進撃は多くの被圧迫民族に独立の灯を掻き立て、戦後多くの独立国家誕生へと繋がっていきました。当時の先人たちはこの戦争を「大東亜戦争」と呼んでおりました。また悲壮を極めた終盤での、幾多の戦場での斬り込み・玉砕、特攻、自決など「祖国よ永遠なれ」と祈りつつ、その一度きりの人生を祖国に捧げられた将兵たちの闘いの大東亜戦争は人類史上最大の聖戦というべきものです。しかしこのままでは我が日本歴史最大の試練であったあの大東亜戦争が国民の記憶から消え去ってしまうのではないでしょうか。それは我らの故国日本の“心”の消滅となっていくのではないかと案じられます。私たち現代人はこの大東亜戦争を世界に胸を張って堂々と「大東亜戦争」と呼び、次代・未来へと伝承していくべきでしょう。


    (平成27年11月22日)


*産経新聞「アピール」へ投稿しました。

大東亜戦争聖戦論

大東亜戦争聖戦論

   (これまで筆者がブログ等で「大東亜戦争」を関したものを新たにまとめたものです。本ブログの主要テーマです。改定しながら今後も折に触れ掲載していきます)

平成27年8月の「戦後70年談話」はこれまでの歴代政府の「謝罪と反省」を概ね継承したものとなっていた。そしてここには「大東亜戦争」の言葉は一度も使われなかった。戦後70年としたのは、いうまでもなく“大東亜戦争終焉70年”を意味したものであろうが・・・

 

我が国の正論者たちは主張する、“歴史を取戻せ”、“自虐をやめよ”と、そしてかのトインビーは、いや心ある人々は“歴史の誇りを、歴史を忘れた民族、国家は滅亡に向う”と言う。まさにその通りであろう。多くの人々は自覚していないようだが我が日本はその危機にあるようだが・・・


日本は立ち直れるか


大東亜戦争、満洲・シナ事変、大日本帝国、大日本帝国憲法、教育勅語などといった”戦前”を思わす言葉に依然として不快感あるいは引け目を抱く人々が多い。また戦前の軍部・政治指導者たちを悪と断罪し、国民は騙されていたとした東京裁判(史観)、これを引き継ぐ形での教育界・労働・マスコミ等を中心としたソ連コミンテルン、中国共産党に限りなく共鳴した左翼主義者たちの日本(史)断罪は今日ほとんどのマスコミ・政治家たちの“常識”に深い影響を与えている。そして多くの国民、政治家たちも全て捏造である南京大虐殺、従軍慰安婦といった中国・韓国の歴史押し付けに翻弄されている。そのため一般国民庶民は自分たちの生まれた国、育ち、生きている国日本に誇りも愛国心も持ち得ないでいる。いや意識さえしていないようだ・・・と思われていた。しかし平成23年3月東日本太平洋沖大地震が起きた。この未曾有の天災有事に、わが日本国民庶民は郷土の人々の連携、お互いの同胞意識を目覚めさせ、かつて世界を瞠目させた日本の道徳がまだ完全には地に落ちていないことを示した。

我が国の現実


では私たちは、戦争という有事にはどのように立ち向かうのだろうか。わが国は大東亜戦争敗戦から独立を勝ち得て60数年、経済大国としてみごと蘇り、世界にその存在を示した。しかしその一方でアメリカの押し付け憲法を未だ護持し、自衛隊という事実上の軍隊を“軍”と呼ばせないでいることも現実だ。多くの国民は日米軍事同盟の中、米軍の戦闘機が我が国領土の空を飛び交っていること、自分の国が他国(アメリカ)に国家として最重要であるべく国防・安全保障を委ねているという事実上の属国、植民地体制にもあまり恥ずかしさを覚えないでいるようだ。

政府・政治家は、日本は攻撃されるまでは何もしない、手を出すなとする「専守防衛」という。

 平成27年、集団的自衛権などの安保法案成立時の国会内外の議論や反対運動でも、我が国国民の安全保障への認識はさほど深まっているとはいえなかった。「国防」を強めることを、“戦争反対”、“平和憲法保持”などとした政治家やマスコミ、それに先導された国民のなんと多かったことだろうか。

世界に伝えよう!

 

 我が日本に望まれるのは、いや私たちがしなければならないのは、国への深い想い、神話・伝説から歴史に繋がる悠久1万年の文明への誇りを蘇らせることではなかろうか。その日本人の気概復活のカギは、多くの人々に誤解され否定的に観られている大東亜戦争、満州・シナ事変といった我が日本最大の国難の日々であった昭和前半の歴史を誇れるか否かにかかっているようだ。

先人たちのその時代の苦闘の日々 



 幕末開国、明治維新の断行で、欧米列強帝国の植民地となることを潔しとせず、近代国民国家となるべく富国強兵、殖産興業国を目指して明治の先人たちは死に物狂いで祖国を守ろうとした。大日本帝国憲法制定、教育勅語施行などで、“国民力”を強化させた我が国は、当時世界から無謀に見えたという日清戦争、日露戦争を勝ち抜き、世界列強の一角にその地歩を確立させた。その過程で台湾・朝鮮をそれまでの欧米列強諸国による弾圧的植民地政策の一線を画す我が国との同化をさせていった。そして大正、昭和前半に吹き荒れたソ連共産化運動に賛同した国内の左翼・社会主義者たちの立憲君主国日本の打倒・解放運動などをはね除けのけてきた。また我ら父祖たちに地獄の苦しみをもたらした満州事変、北清・シナ事変などに当時の人々は敢然と立ち向かっていった。

今ここに至っては我が日本が再び世界に毅然として力強く伍していくためには、敗戦で終わった大東亜戦争、そしてこの大東亜戦争にいたるまでの先人たちの苦悩苦闘をいかに観るかにかかっているといえよう。“歴史を取り戻せ”、“民族の心をもう一度”、“道徳の復活を”と願うなら、「世界の平和を乱し、アジアを侵略した」と思わされている昭和の、とりわけ大東亜戦争という激動の時代を我ら日本の立場から主張することであろう。堂々たる大東亜戦争史観の確立こそ我が日本の独立、自存自衛たる国となるべく不可欠の道である。未だ自虐に捉われている多くの同胞、国民庶民に大東亜戦争を中心とした祖国の歴史の真実と、我らが日本は素晴らしい国、スゴイ民族であるという日本の正史を覚醒させることではないだろうか。それが日本精神・道徳“復活”の絶対条件となろう!それ以上に、多くの国民が昭和の戦争に「自虐」と陥っているその“常識”の大転換となろう。


大東亜戦争は人類史上最大の“聖戦”であった!


大航海時代より数百年続いていたヨーロッパ・アメリカなど白人国家による北・中南米、アフリカ、アジアなど有色人民族の植民地支配があった。その帝国主義が終焉を迎えつつあった19世紀終盤から20世紀初頭にかけて、有色人国家でただ一国西洋的近代化を成し遂げてきた我が国へ向けられた欧米列強の無情の日本敵視であった。いわば大東亜戦争とは西洋白人国家とアジア、虐げられてきた有色人国家との宿命的“聖戦”に我が日本が立ち上がったものと言えようか。国家の興亡、自存自衛と民族の名誉を賭して、またその理念としてアジア民族諸国家解放独立を目指した闘いであったのである。同時にソ連のコミンテルンによる共産主義化の恐怖、中国の混沌とした内乱に巻き込まれ、人類史上最悪の時代に生まれ合わせた先人たちの悲劇があった。文字通り世界を相手にした祖国日本の興亡に決然と立ち上がった我ら父祖たちの勇気を伝えよう。そこには本当の日本人がいた。米英中蘭ソなどに敢然と立ち向かった武士道の男たち、戦場に銃後に健気に歯を食いしばり生き抜いた大和撫子の女たち、追い詰められたが故の特攻、玉砕を敢行、“祖国よ永遠なれ”と祈りながら祖国に殉じて自決した将兵・・・がいた。

世界が驚いた:大東亜戦争―我ら先人たちの敢闘!


ハワイ真珠湾奇襲、マレー・シンガポール・フイリッピン・インドネシアなどの英米蘭軍撃破・・・緒戦に見せた日本軍の快進撃はアジアの人々、世界の被植民地民族に独立へ希望の火を灯した。それは欧米列強、白人の世界支配の流れを決定的に押しとどめた。しかしミッドウエーの敗戦で一転した彼我の攻防・・・飢餓に泣いたガダルカナルの激闘、純忠の将兵たちの血と汗にまみれたニューギニア激戦、アッツ、ペリュリュー、タラワ、グアムなどから硫黄島へ、広大な太平洋に繰り広げられた日米の死闘、日本軍の相次ぐ玉砕、さらにインパールの悲劇、サイパン・沖縄戦にみせた住民と将兵一体の闘いがあった。海上特攻といわれた戦艦大和の敢闘・・・“天皇を、日本を守れ、祖国に行かせるな!”と後世に生きる子孫の為に屍を重ねていった”皇軍”を自負した日本軍、将兵たちのすさまじさであった。シナ大陸での南京・重慶に分裂した国民党、共産党などの統一政府なき内戦に巻き込まれ泥沼の戦いに明け暮れたシナ戦線・・・

日本本土では、“一億玉砕”を覚悟してアメリカ軍を迎え撃つべく悲壮の国民がいた!世界戦史上に語り継がれるべきこの民族の心意気が、筆舌に尽くせない惨敗にもなお、天皇陛下をいただく祖国の国体を維持し、被植民地になることを拒んだのである。戦前から、また戦争中もそして戦後にも我が国に吹き荒れた共産社会主義革命をもはねのけたのだ!

私たちはこの人類歴史上最大の激動の日々を敢然と生き抜いた先人・父祖たちに心からのねぎらいと感謝を贈ることを忘れてはなるまい。次代に未来にこの「大東亜戦争」を継承して行くべきだ


          (平成27年11月9日)

「大東亜戦争」を忘れまい!(先人・父祖たちへ感謝を贈ろう!)


 

大東亜戦争終焉から70年、今年(平成27年)8月多くの国民の期待を担って政府は「戦後70年談話」を公表した。しかしそこには、日露戦争の功績と意義には触れていたが、「大東亜戦争」に関してはこれまでの歴代政府と同様、「反省と謝罪」の趣旨が強く反映され、また「大東亜戦争」の呼称は一度も持ち得られていなかった。“先の大戦”、“戦後”などの言葉を使いながら、人類歴史上最大の激動の時代を生き抜いた祖国の先人たちへの感謝、ねぎらいというものを相殺するようなものであった。


「大東亜戦争」が消えていく・・・

 

 明治維新を敢行し、近代国民国家を目指した幕末・明治の人々、国運を賭けた日露戦争などには高らかに胸を張り、そして語る人々は多い。しかし日露戦争以上に、祖国の命運・興亡を賭した大東亜戦争とそれに至る満州・シナ事変を讃える人々は多くないようだ。いやこの我が国最大の危機であったこの時代と、必死で生き抜いた父祖たちの闘いに正面から向き合うことを避けているかのごとき現代日本人である。マスコミも、政治家も、いやほとんどの国民そのものが、“大東亜戦争”とは言わない。被占領時にアメリカ(連合国)側史観の「太平洋戦争」と呼んでいる。また「戦後70年談話」と同じく、“かの戦争”、“先の大戦”などと言う。このままではわが日本最大の歴史であり、多くの至高珠玉の物語を遺した「大東亜戦争」の呼称が人々の記憶から消えてしまうのではないだろうか。


宿命と運命

 

 明治維新以降、明治・大正そして昭和にこの世に生を得た先人・父祖たちは、自分たちの人生を待ち受けている時代と祖国が、人類史上最大の激動の日々であったことに思わず身震いしたことであろう。たじろぎもしたであろう。私たち現代人とは僅か100年、150年の違いであり、それは人類歴史の“永遠”からみればまさに一瞬の時の差であった。この“宿命”の人生に我ら先人たちは怯むことはなかった。敢然と“運命”を切り開いていったのだ。


大東亜戦争を生きた方々

 

 身に余る敵を相手にした戦争であれば、不運にも戦線で倒れた将兵、病気・負傷に涙した方々もいたろう。またミッドウェー戦敗戦から追い詰められていった幾多の戦場に苦悩の“作戦”を課した軍首脳や政治家たち、歯を食いしばりながら祖国を支えた銃後の人々・・・国民が、日本が一体となって国を守ろうとした、いや守り切ったのだ。闘いでは負けたが故国は被植民地とはならなかった。国民の祈りであり、願いであった天皇陛下と皇室は存続された。戦後のアジア・アフリカなど多くが植民地体制を脱して独立国家として生まれていく道を切り開いたのだ。



「大東亜戦争」を記憶せよ!

 

 私たち現代人は今“平和”を生きている。それはかつて満州・シナ事変から大東亜戦争の時代を懸命に生き、闘かわれた先人・父祖たちに負うているものである。かの方々のあまりにも過酷な人生に―その時代の生きがいもまた“死にかい”もあったろう―心からの感謝とねぎらいを顕していくべきではなかろうか。その霊の安らかなることを祈ろう!

堂々と胸を張って、「大東亜戦争」と呼んでいこう!




元帥永野修身大将の遺訓

    (大東亜戦争開戦時の海軍軍令部総長)


戦争も亡国かも知れない

だが戦わずしての亡国は

魂までも喪失する永久の亡国である


たとえ一旦の亡国になろうとも

最後の一兵まで戦い抜けば

我らの子孫はこの精神を受け継いで

必ずや再起三起するであろう



(平成27年11月6日)












「大東亜戦争」を歴史に埋没させてはならない!


 

今年8月の「戦後70年談話」は大東亜戦争の敗戦を受けて、我が国の70年後の決意を述べているにもかかわらず、この大東亜戦争という言葉は一度も用いられていなかった。明らかな意図として“戦後”、“先の大戦”、”終戦“などとしている。大東亜戦争の呼称をこれほどまでに避ける政府・政治家たちには果たしてあの大戦の真実が理解されているのだろうか。これと同一線上にあるといえるのが今日ほとんどの国民が「大東亜戦争」を、TV・新聞などのマスコミ、教育界、政治家などに誘導されているかのごとく占領中にアメリカから押し付けられた日本侵略史観である「太平洋戦争」呼称を当然として受け入れていることである。

 

この談話では、日露戦争の我が国の勝利が当時西欧列強の植民地支配にあったアジア・アフリカの人々を勇気づけたことを謳っているものの、全体としての基調は、「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を我が国が与えた事実」、「国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続ける」ことを、「謙虚な気持ちで過去を引き継ぎ、未来へと引き渡す責任がある」として、我ら子孫に「謝罪を繰り返させてはならない」としている。それは大東亜戦争終焉70年という談話を特に設けて、ことさらに我が日本が「悪かった」ということを“覚えておけ”と言っていることに等しいものであろう。いわば我が国政府そのものが我が日本民族最大の誇りともいうべき大東亜戦争の正統性、その意義を歴史の彼方に忘却させようと国民にまた未来の日本に呼びかけていることになるのではないだろうか。このような国家的スキが中国の「南京大虐殺」、韓国の「従軍慰安婦」やロシア・中国・韓国などの我が国領土への野心を掻き立てているともいえよう。



 これでは大東亜戦争で、私たちの父祖・先人たちが祖国の名誉を守り、国家興亡の危機に敢然と立ちあがり、ついには多くのアジア民族、世界有色人国家の独立へと繋がっていった闘いに命を賭したその心意気、悲壮の覚悟、戦場に見せた至高の物語が人々の記憶から消えてしまうのではなかろうか。そしてアメリカ史観の「太平洋戦争(史観)」とこれを引き継いだ日教組・マスコミ等の「自虐史観」が永遠に我ら日本人の子孫に伝わることになろう。



大東亜戦争の真実


大東亜戦争とは、数百年続いた欧米白人の有色人植民地支配にアジアで唯一国近代化を遂げた我が国が宿命的な激突として列強に挑んだものであり、我が国の安全への致命的脅威であったロシアの南下、そしてこれに続いた共産社会主義国家ソ連、そのコミュンテルンによるシナ大陸とわが日本への共産主義波及という恐怖、ソ連主導のシナによる反日ショナリズムと米英支援の国民党とソ連を背景とした共産党などの内戦に巻き込まれた我が国との闘いであった。まさに世界歴史上最大の戦争であったといえよう。それは我ら後世の日本人の歴史的誇りとするべきものであり、人類史上最大の「聖戦」であったのである! この祖国最大の苦難の時代を果敢に生き、闘い抜いた当時の先人・父祖たちのことを忘れてはなるまい!



 この「大東亜戦争」を後世に継承していかなければならない!日本人なら「大東亜戦争」のことは堂々と世界に“大東亜戦争”と言えるようにすることが今日に生きる私たちの後世への務めである。


                   (平成27年10月23日)






首相談話と未来

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首相「談話」と未来

 戦後70年を迎えて、安倍首相が「談話」を公表した。 国民の60%弱が概ね好意的という。「大東亜戦争聖戦論」の私にはどうしても「よし」とは言えないのだが・・・

 

「子孫に謝罪を続ける宿命を追わせてはならない」としながら、「過去の歴史に真正面に向き合わなければならない」ともいう。何よりも過去歴代政府の立場を継承するとしている。これはいわば村山談話、小泉談話や菅直人談話の「日本断罪と謝罪」を意味しているといえよう。それは「第一次世界大戦以降の世界の動きの中に我が国は孤立感を深め、外交的、経済的行き詰まりを力の行使によって解決しようとした」と断じ、「何の罪もない人々に計り知れない損害と苦痛を我が国が与えた」としたことにあらわれている。

 またこの長い「談話」の中で、何度も「多くの女性が名誉と尊厳を傷つけられた」と、暗に現在韓国・中国などが一方的に我が国断罪の問題にしている「従軍慰安婦」が我が国の責任であると自ら認めているようでもある。

 残念ながらこの「談話」はある程度予想されたものであるが、「自国(日本)のみが世界に迷惑をかけた:国際秩序への挑戦者となった過去―として世界各國の寛容と行為によって我が国は立ち直った」とする「ヘリクダリ」感のあるものとなっている。一般の国民はこれをいかに観るのだろうか。これだけ長い「談話」に、闘いに倒れた父祖たちの苦労や涙にあまりねぎらいの言葉はないように思われる。またソ連の我が同胞の60万(一説では100万以上とも言われるシベリアなどへの強制連行、アメリカの広島・長崎への原爆投下という最大の戦争犯罪には「名指し」を避け、シナ大陸でのシナ人による我ら日本人の相次ぐ惨殺と狂気の反日行動などにはほとんど言及していない。今の外交、国内の政治状況の絡み合ったものとなったようだ。私にはこれが我が国の戦後70年を迎えた政府の公式見解とされることがどのように我が日本の明るい未来につながるのか暗然とせざるを得ない・・・

 遠くない将来に日本国民の一人として自家版「国民談話」を出したい。「大東亜戦争は、我が国が、祖国興亡に命を賭した先人父祖たちの自存自衛と民族の名誉の闘いであり、アジア諸国家の解放、戦後の世界被圧迫国家民族の独立を促した人類史上最大の「聖戦」であった」と謳うことを目指そう!

               (平成27年8月18日)

有識者の戦争歴史観



安倍首相の戦後70年談話の基となる、「21世紀構想懇談会」は、満州・支那事変から大東亜戦争などの我が日本を、「世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とした諸国に多くの被害を与えた」とし、果は「アジアのナショナリズムと衝突すると同時に英米をはじめとする列強も敵にするという国策上致命的な過ちを犯し、アジアの国々の国民を傷つけた」と断罪している。世界が帝国時代の終焉に差し掛かっていた激動の時代に生まれ合わせた宿命の我ら先人たちの苦闘に一片の同情を持ち合わせない、恐ろしい程の侮辱である。それはまた我が国の真の歴史を取り戻そうとする人々をあざ笑うかのような「有識者」といわれる人々による国民を自虐史観への誘導ともいえようか。



 私はこの歴史観を根本的に問い続けたい。いつの日か、「満州・シナ事変、大東亜戦争は決して我が国の侵略ではない、祖国の興亡を賭けた、自存自衛の闘いであり、植民地とされていた諸アジア民族の解放を目指した聖戦であった」と堂々と言える日本にしたい。国民に、若者に訴えていきたい!



                           (平成27年8月10日)



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