宮城谷はイイ
この3連休は、ちょっと遊びほうけていて、2日もサボってしまいました。
今日からはまた再開します。
さてさて、宮城谷作品賞賛の続きですね。
往々にして、歴史物(史実もの)は、生きる勇気を与えてくれます。これは、日本の歴史であると中国の歴史であるとを問いません。おそらく西欧の歴史においても、そうした人生訓足りえるものがあるのでしょうが、僕の場合、なぜか歴史物は日本史と中国史に限定です。以前に取り上げた「国盗物語」の斉藤道三しかり、「功名が辻」の山内一豊しかり。豊臣秀吉も徳川家康もそうですね。こうした日本の戦国時代の偉人たちについては、日本の経営者やビジネスマンたちの間にもファンが多いことはいうまでもありません。
そして、宮城谷先生が描く古代中国の偉人たちも、逆境の中で自らの信念を貫き、成功をおさめるという人物が多く、これらの人物の生き様そのものが、多くの示唆に富んでいて、自分自身のつらい“生”について、「あきらめずに、がんばろう」と思わせてくれるのです。
もし、生きるのがつらい、働き続けることに疑問が生じている、何もかもイヤになった、という人は、いちど、宮城谷作品を読んでみてください。きっと、「がんばろう」という気になると思います。おすすめです。
ちなみに、昨日、本年2作品目を読了しました。筒井康隆の「ダンシング・ヴァニティ」です。
仕事に行き詰ったら「宮城谷作品」を
僕は小さい会社を経営しています。33歳ぐらいの時に独立して会社を興したので、かれこれ17年ぐらいになります。その約17年ぐらいの間に、取引先が倒産などして、売掛金を回収できなかったということが、4回ありました。一番金額が小さかったもので300万円ぐらい、一番大きかったのは800万円ぐらいです。17年で4回というのは、果たして多いのか少ないのか。。。
おおむね、倒産事件は会社の業績が比較的好調な時に発生し、それをきっかけに経営が傾きます。精神的にもすごくツライ状況になり、夜、「資金繰りが回らない!」とうなされて、夜中に目が覚めたりすることが連日続きます。
そんな厳しい状況になると、司馬リョウや宮城谷昌光をよく読みます。歴史ものの小説なんかだと、結構「時代の波に翻弄されながらも、がんばって成功をおさめる」的なストーリーがよくあります。そういうストーリーが励みになったりするわけです。
司馬リョウが好きだということはすでに触れましたので、今日は宮城谷先生の作品について、ちょっと思うところを述べてみようと思います。
もう、僕の中では、宮城谷「先生」です。大学時代に吉川英治の「三国志」を読み、以来「三国志」ファン(というより、諸葛孔明ファンです)になり、「三国志」関連の本を片っ端から読むようになりました。そんな流れの中で、宮城谷作品をはじめて読んだのは、10年ほど前です。以来、ほとんどすべての作品を読んでいます。ただ、宮城谷先生が取り上げる人物は、あまり世界史の教科書なんかではクローズアップされないような、歴史の本流からいえば脇役的な人物が多く(最近はそうでもないようですけど)、どの作品も読んでいるときには感動するのですが、個々のストーリーと人物を正しく覚えることができなかったりします。
しかしながら、各々の小説の中で、きらりと光る文章があったりするのですね。たとえば、とっても好きで、ワープロで打って、プリントアウトし、机の前に貼っているフレーズに次のようなものがあります。
「人には、どうにもならぬ衰運のときがある。身動きさえできぬ困窮の時間をどうすごしたか、ということが人の成否に大いにかかわりがある」(宮城谷昌光「三国志」第4巻)
会社経営が行き詰っているときに、こんなフレーズに出会ってしまった日にゃあ、「がんばらねば!」という気持ちになります。
こうして、宮城谷先生の文章に何度となく励まされてきました。
・・・・・・宮城谷先生賞賛ブログ、次回につづく。
トム・クランシー作品
昨日(1/5)が「仕事はじめ」で、働き始めました。長い休み明けは、どうしても本気モードに入らず、昨日はなんとなくダラダラ過ごしてしまいました。で、今日から本格的に働くのかというとそういうこともなく、成人の日明けまでは、ダラダラします。毎年のことです。
さて、前回まで「原作を損なわない映画」を挙げましたが、それじや、原作を台無しにしてしまった映画としてどんなものが挙げられるでしょうか。 以前にもちょっと触れた「レディー・ジョーカー」、これは最悪でした。もちろん、映画そのものはよくできている部分もあるのですが、高村薫の「レディー・ジョーカー」のもつ作品の機微やなんかをどれだけ再現できたかという視点で評価すると、最悪だということです。決して映画そのものをけなしているわけではないので、この点、誤解のなきよう。
それと、個人的には、トム・クランシー作品の映画化ものも、いまひとつ、という印象です。「レッドオクトーバーを追え」とか、「パトリオットゲーム」とか。「いまそこにある危機」「トータル・フィアーズ」なんかも、原作がすごく面白いだけに、あれだけ密度の濃いストーリーを、わずか2時間程度にまとめるということに無理があるんでしょうね。 原作と比較することなく、単純に映画だけを評価すれば、とても面白い作品だとは思っています。この種のアクション系は好きなので。それとやっぱりキャスティングですね。小説を読みながら個人的にイメージするジャック・ライアンやジョン・クラークといった作品上の登場人物が、ハリソン・フォードやウィリアム・デフォーだと、イメージとのギャップが大きくて、映画の世界にのめり込んでいけないんですね。
でも、これは小説→映画の場合です。逆の場合だと、すんなり受け入れられちゃったりもします。
えーっと、それはそうと、小説ということでいうと、トム・クランシーは大好きです。彼がピンで書いている作品はほぼ全部読んでいます。それと、類似カテゴリーの作家としては、フレデリック・フォーサイスも大好きで、ほぼ全作読みました。加えて(類似カテゴリーといっていいのかどうかわかりませんが)ジャック・ヒギンズも大好きです。 人生のベスト50=小説編=の中には、彼らの作品がいくつか入ると思います。
でも、映画はたぶん、入らないと思います。。。