選曲は楽しいです(*^_^*)
その後の地獄と後悔の前の至福のひととき

選曲と同時に、ネットで演奏を探す方も多いです。
元々何らかの形で耳にしたから、選曲されるのです。
ここで検索する目的は、参考にする為ですネ
ここで釘をささないといけません。
一般の趣味の方がアップした演奏等を参考にしてしまう事が多いのです。
「自分の実力に近い演奏の方が参考になる」と仰る方もいらっしゃいます。
その演奏は記念として、或いは誰かに聴いて欲しくて投稿した大切なもの。
参考にする演奏でない事が多いのです。
「一流のピアニストの演奏以外は参考にしないこと!」
例外・・・レッスンで私の言う事は一応聞いて下さい

無論、一流のピアニストでなくても素晴らしい演奏もあります。
それを聴き分ける事はできないので、一流のピアニストと言うのです。
「え~っっっ!先生、私こんな風に弾けない!」
「はい、弾けるなんて思ってません!」
どうぞ、絶対到達できない素晴らしい演奏にため息をついてください。
けれど、それがその人の目指す基準になり、感性の糧になるのです。
最初から低い基準にすると、その人の感性が、そういう感性になってしまいます。
歴史に残る名演奏と一般の演奏には、越えられない大きな壁があります。
その素晴らしさを、少しでもご自身の感性の糧にしてほしいのです。
この問題はコンペ等のアマチュアコンクールにも関係してきます。
アマチュアコンクールそれ自体は、励みになります。
上手にご自身の為に活用すると良いと思います。
プレッシャーの中、演奏できる様になりたい
客観的評価が知りたい
様々です。信用できる機関の開催ですから、安心できます。
けれど、賞に手が届くか否かの頃、とりつかれてしまう方がいらっしゃいます。
何度も出場すればライバルの演奏も気になるでしょう。
ここで大きな目標を見失うと、その方の演奏は全く魅力がなくなります。
高い評価を得られる演奏を考え、選曲も評価につながる事を考えてしまいます。
ライバルと思う方の演奏が無意識に感性に入り、目指す基準を下げてしまいます。
賞を取る事が目的の全てなら、それで良いでしょう。
そこでの結果がすべてですから。
けれど愛好家なのに、賞の為に必死になっている方を見ていると胸が痛みます。
何度も受けたりその為の先生につけば、それなりお金もかなりかかります。
そのお金で、良い楽器を所有する方が、ずっといいのに・・・
そう思う事があります。
その方の演奏には、普段使っている楽器が現れてしまうのです。
普段の音がその人の感性をつくるからなのです。
良い演奏をめざし、音楽を慈しみ楽しむ事が目的なら、評価から心の距離を置く事も大切です。
そこで高い評価を得る事は、一時的な目的に過ぎません。
満足な結果が得られなければ真摯に受止め、再挑戦もよし、別の勉強法でも良いのです。
本物に触れる事で大切なものを見失わず、自分で道を選択できます。
多くの人々の心に残った素晴らしい作品、演奏に沢山触れて下さい。
良い楽器に機会があればどんどん触れて下さい。
歴史は大きなフィルターで、歴史に残ったものは本物です。
本物に沢山ふれ、大切にし、ご自身の感性の糧にして下さい。