1つの例です。
手をお椀の様な形にして、指をよく動かしましょう・・・と仰る先生がいます。私もそう教えます。
これは練習法で、実際の弾き方は少々異なる場合が多いです。




・・・なのにどうして?鍵盤上で手を支える筋肉、指を別々に動かす神経、筋肉が作られるのです。
けれど身体の小さな子供に、無理は禁物です。
何も言わず、ずっと手を支え続ける事が多いです。
余計な力や動きで無理に弾く事が困るのです。
ご年輩の方にはあまり言いません。指を寝かせた方が良い場合も多いです。
この様に、お1人ずつの事情で、指導する事が変わります。
どなたに対しても変わらないのは、音楽の基礎力についての指導です。
フレーズを丁寧に歌いましょう。
拍子、音符を正しくとらえましょう。リズムを感じてみましょう。
和音の響きを味わいましょう。
これが一番大切な目的であり、そこに至るアプローチは様々です。
よって生徒さんによって教材やテキストは違ってよいのです。
只テキストは、音楽的にきちんとしていなくてはなりません。
例えば和音の各声部の流れはきちんとしていないと困ります。
各声を横に歌わせる事を指示できません。
音楽性より、理解し易さ、弾き易さが優先して編曲されていると困るのです。
これは実際大変難しく、編曲者の方もご苦労が多いと思います。
挿絵の主張があまりに強く、色が多いのは困ります。
イメージのヒント程度が良いです。
音楽から、自分で想像してもらいたいのです。
最近は多くのテキストが作られ、それぞれに工夫がされています。
一応目を通すので、立ち読み数時間!
ごめんなさい。笑って許して下さるお店の方に感謝です(笑)
それぞれ大変良い部分ありますが、これだけ多種類あるのに・・・・
と途方に暮れます。
淘汰されて今日まで残ってきたテキストは、一理あるのだと思います。
バイエルやメトードローズ、よく批判の対象となりますが、素晴らしいテキストです。
ハノンやツェルニーも大変きちんとしてます。
これらにも問題があり、補うべく新たに多くのテキストが作られてます。
それは良い事ですが、問題の核心が1つ、あまり語られていない様に思います。
次にその点から考えてみます。(*^_^*)・・・続きは又