リスクマネーの供給に関わる産業政策を本格的に検討するためには、当然のことながら、日本の産業社会のこれからのあり様を、まずイメージすることが必要になってくる。今回は回り道をしてそのお話をしたい。

大企業のグローバル競争を政府が後押しするという様な極端な産業政策に舵を切れという人が昨今少なくない。

法人税の大幅減税を唱え、TPPへの盲目的参加を推進するのは、その代表的言説といえるだろう。多くは己の都合のみを言い立てるビジネスマンか二流の財界人がその主だが、後者についてはリカードの比較優位などを持ち出してエコノミストが旗振り役になっているケースもある。

しかし、外資導入にドライブをかける途上国、あるいはシンガポールやモナコの様な都市国家ならいざ知らず、一定の国土と人口を有する成熟した国家が、直間比率の是正や社会保障のための消費増税を行うことは仕方ないとしても、その一方で法人税等の引き下げ競争に参画して、一体如何程のメリットがあるというのであろうか。「法人税を引き下げなければこの国を出るぞ」という脅しをかける企業の中に、この国を出ていく企業はまずない。本当にそれが理由でこの国を出る企業は、黙ってとっくにこの国を出ているのである。

また、TPPにしてもリカード的正しさが国民の幸せを担保するとは限らない。韓国経済を見れば、自由貿易とウォン安をキープし、外資導入に便宜を図る税制を選択しつつ、一部の財閥系大企業が外貨を稼いで牽引する経済運営を行っているが、その副作用として農業は回復不能な程大きなダメージを負っている。シュリンクしているとはいえ、1億2000万の人口に支えられた国内市場を有する成熟国家の日本が、韓国と同じ様な経済運営をしてどうするというのか。「グローバル・スタンダード」を免罪符にして、格差をさらに助長する様な産業政策をとるべきではないと思う。

むしろ、ポスト福島原発事故のエネルギー産業、世界に先駆けて進行する少子高齢化における介護福祉、再生医療等のライフサイエンスといった、グローバル見ても世界のフロントラインに立つ分野で、新しい産業が興り、多くの起業家が輩出され、それらが日本経済を牽引していくという方が余程「健全」な方向性、王道だろうと思う。そこに如何なる政策的手当をすべきか、それを指し示す方が余程「グローバル」を先導している。不利な分野でスタンダードをフォローするのではなく、アドバンテージのある分野でスタンダードを創り出す側に回ってみたらどうかというのが私のご提案である。

さらに、社会的企業(ソーシャル・ビジネス)の登場とその拡がりについても、政策的に留意しておく必要があると思う。

あまり語られることはないが、マクロ経済運営の歴史をおさらいすれば、社会的企業、社会起業家の出現とその活動領域の拡大が、必然であるとともに、好ましいことであることが分かる。

世界大恐慌後の1930年代の不況期をどう脱却するかという課題解決に有効だったケインズ経済学が主流になって以降、好況期にも選挙民の歓心を買うために財政支出を抑制しなかったことから、1970年代以降アメリカでは財政赤字が慢性化する一方、物価も下がらず失業率は高止まりするという「スタグフレーション」の時代を迎える。そしてケインズ派の旗色は悪くなり、マネタリストや合理的期待形成学派などの「新しい古典派経済学」がケインズ経済学にとって代わるようになった。しかし、「小さな政府」を標榜した彼らが推し進めた新自由主義、市場原理主義は、今度はリーマン・ショックという帰結をまねいた。現状は経済の新しい運営原理を世界中で模索しているというのが正直なところであろう。

先進国に共通の問題ではあるが、特に日本の様に、財政支出を抑制しながらも、高齢化を支えねばならない国においては、「新しい効率的福祉サービス」の提供が、今後経済運営の最大の課題となる。それには予算を呼び水的に使い、本来公的サービスであったものの内、民間に委託した方が安価かつ良質なサービスが提供できるものを、指定管理者制度などを充実させながら社会的企業の事業としていくのが一つのソリューションとなる。その意味でも社会的企業、社会起業家のサポートを明確に産業政策の中にも位置づけるべきだと私は思う。

これからの日本経済において、市場原理主義から価値創造主義へ、官による行政サービスから公共心に富んだ民間の公的サービスへというメガトレンドの下で、多様な起業家が登場し、彼らによる持続的な事業運営が拡がっていくことの意味は小さくない。

そうした産業社会をイメージし、希求することから政策を考えていくこと。それこそが今求められているのではないかと私は思う。



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