日本に失われた20年をもたらし、また一時は日本経済の救世主かと思われた1999年以降のベンチャー・ブームを終わらせたものは何か。
それには様々な要因があると思うが、その最大のものを挙げよと言われたら、「リスクマネーをどう供給するか」という新しい産業が興るために欠かせない仕組みを、結局上手く創り出せなかったことにあるだろう。もっと突き詰めれば、米国直輸入のベンチャーキャピタルというシステムの機能不全、日本独自の新たなリスクマネー供給システムの未整備に尽きると思う。
もちろんベンチャーキャピタル(以下VC)というものは、1999年以前からも日本に存在したが、日の当たるような存在ではなかった。マザーズ、ナスダックジャパン(現ジャスダック)など、既に「失われた10年」を経験しつつあった日本経済へのカンフル剤、当時の感覚で言えば切り札か救世主のように思われた新興株式市場の創設と、ある意味ワンセットで表舞台に出てきたセクターであり、業界である。当然のことながら、業界における知見の蓄積は十分でなく、付け焼刃であったがためにセクターを支える人材レベルも高いものではなかった。
結論から言えば、新興株式市場自体が、ネットバブルの崩壊、新興市場上場企業の大半の息切れと経営不振、ライブドア事件を典型例とする相次ぐ不祥事、とどめのリーマンショックという外部環境の激変の中で、その存在意義を失っていくのシンクロして、いやそれより先行して、VCというセクターそのものが機能不全に陥っていく。
今では老舗や銀行系のVC、前回取り上げたソーシャルゲームやスマホアプリに特化して少額分散投資を行うアクセラレーターやインキュベーターは一定の役割を果たしているものの、往時の勢いはない。
ピーク時年間170社超だった新規上場企業数が、近時年間30~40社で推移し、非上場化や経営破綻した企業の市場からの退出を考慮すると、一時4000社に迫った日本の上場企業数は、現在1割減の3600社程度にまで落ち込んでいる。
こんな状況下で、日本の明日を担う産業の振興、企業の育成のために不可欠なリスクマネー供給を政策的に検討する際に、またぞろ絶対にやってならないのは、米国直輸入のベンチャーキャピタル型リスクマネー供給システムを再生しようなどという、安直な議論である。
個別の人材をどう評価するかは別にして、既存のVCセクターが無為無策であったのは、歴史の証明してきたところである。そんなセクターの再生を試みるなど、百害あって一利なし。議論は全く違った新しい枠組みで、しかしながら現実的に使えるリソースを使って始めるべきであろうと思う。
そういう事を言うと、「そんなことが可能なのか」という声が飛んできそうである。長くなったので、本格的な議論は次回に譲るが、結論だけ述べておきたい。可能に決まっている、そうでなければこんな文章など書きはしない。「新しい酒は新しい革袋」に入れなければならない。
それには様々な要因があると思うが、その最大のものを挙げよと言われたら、「リスクマネーをどう供給するか」という新しい産業が興るために欠かせない仕組みを、結局上手く創り出せなかったことにあるだろう。もっと突き詰めれば、米国直輸入のベンチャーキャピタルというシステムの機能不全、日本独自の新たなリスクマネー供給システムの未整備に尽きると思う。
もちろんベンチャーキャピタル(以下VC)というものは、1999年以前からも日本に存在したが、日の当たるような存在ではなかった。マザーズ、ナスダックジャパン(現ジャスダック)など、既に「失われた10年」を経験しつつあった日本経済へのカンフル剤、当時の感覚で言えば切り札か救世主のように思われた新興株式市場の創設と、ある意味ワンセットで表舞台に出てきたセクターであり、業界である。当然のことながら、業界における知見の蓄積は十分でなく、付け焼刃であったがためにセクターを支える人材レベルも高いものではなかった。
結論から言えば、新興株式市場自体が、ネットバブルの崩壊、新興市場上場企業の大半の息切れと経営不振、ライブドア事件を典型例とする相次ぐ不祥事、とどめのリーマンショックという外部環境の激変の中で、その存在意義を失っていくのシンクロして、いやそれより先行して、VCというセクターそのものが機能不全に陥っていく。
今では老舗や銀行系のVC、前回取り上げたソーシャルゲームやスマホアプリに特化して少額分散投資を行うアクセラレーターやインキュベーターは一定の役割を果たしているものの、往時の勢いはない。
ピーク時年間170社超だった新規上場企業数が、近時年間30~40社で推移し、非上場化や経営破綻した企業の市場からの退出を考慮すると、一時4000社に迫った日本の上場企業数は、現在1割減の3600社程度にまで落ち込んでいる。
こんな状況下で、日本の明日を担う産業の振興、企業の育成のために不可欠なリスクマネー供給を政策的に検討する際に、またぞろ絶対にやってならないのは、米国直輸入のベンチャーキャピタル型リスクマネー供給システムを再生しようなどという、安直な議論である。
個別の人材をどう評価するかは別にして、既存のVCセクターが無為無策であったのは、歴史の証明してきたところである。そんなセクターの再生を試みるなど、百害あって一利なし。議論は全く違った新しい枠組みで、しかしながら現実的に使えるリソースを使って始めるべきであろうと思う。
そういう事を言うと、「そんなことが可能なのか」という声が飛んできそうである。長くなったので、本格的な議論は次回に譲るが、結論だけ述べておきたい。可能に決まっている、そうでなければこんな文章など書きはしない。「新しい酒は新しい革袋」に入れなければならない。
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