ヤスnote -5ページ目

「ほへぇ~」

仕事を終え、帰りの電車なり車の中で
「ほへぇ~」
となる瞬間が好きである。仕事をしたっ!という充足感、言い換えるならば自己満足とでもするべきか。

でもいいんです!自己満足で。

いつでも自分を褒めてあげる、ってほど自己愛のかたまりでもないし、そもそも褒められるだけの事をしてるのかと問われれば「えへへ」とごまかさざるを得ない私ゆえ、この
「ほへぇ~」
の時くらいは、肩からタオルをかけギュッと抱きしめて「よくやった」と言ってあげるという、マラソン完走後風の祝福をしてあげたいと思うのは、ひとえに言ってくれる人が他にいないという寂しさのせいでもある。

しかしながら、この
「ほへぇ~」
こそが、明日も頑張ろう、明日も
「ほへぇ~」
となろうという活力になる。


「ほへぇ~」
のある毎日。素敵な生活。


ちょっとしたキャッチコピーをつけたところで、只今「ほへぇ~」中なので自分を抱きしめてあげようと思います。
rakugaki:01

タイフーン

嵐を呼ぶ男。

男と生まれたからには一度は呼ばれたいネーミングのベスト15に「ダンディー」やら「将軍」やら「福山雅治にそっくり」やらと共にランクインしてくるだろうこの呼び名。しかし嵐を呼ぶのは、平和とポカポカ陽気を愛する自分自身が疲れてしまうので程々がいいと考える私には、もう1つこのネーミングを避けたい理由がある。それは遠い昔、学生の頃に出会った、とある嵐を呼ぶ男との思い出のせいである。

嵐を呼ぶ男と言っても雨乞いをする仙人の事ではもちろん無いので、水不足の地域でもてはやされていたり崇められたりはしていない。むしろ、煙たがられていたその人とは、学生時代の担任である。クラスメート、特に男子は、ほぼ全員何らかの形でその嵐に巻き込まれている。その中でも私は、台風の通り道にでも住んでいたのか頻繁に巻き込まれていた。
その嵐の発生原因は不明な事が多く、また、突如として現れるので、さすがの石原良純でも予報する事は不可能であっただろう。

ある時友達が
「タバコなんか持ってねえだろうな?」
と聞かれ
「持ってませんよ~」
と答えたら
「持ってねえのが当たり前か!」
とキレられて、教室の端から後ずさりして端まで辿り着くほどに殴られた事があった。因縁のつけ方から殴り方までヤクザ映画の手本となるであろうその光景は見るもの全てを凍りつかせた。

とにかくその先生の暴挙はここにあげたらキリが無くなるので全ては書けないが、くれぐれもお伝えしておかねばならない事がある。それは、私達のクラスが悪さばかりする生徒の集まりでは決してなかったという事だ。

しかし、そんな出来事も時が過ぎ、今となれば笑い話となっている。

嫌な事、辛い事も時が過ぎればなんとかなるもんだと、常に前を向いて生きて行こうと、そんな風に思わせてくれる嵐だったのかもしれない。

ま、今となればね。

青空、夕焼け時のオレンジ色の空、いろんな形の雲が流れる空、薄明るい中に月がフワリと浮かぶ空。

空にも色々あるけれど、今の自分の空模様はどうだろう。たとえ雨の日があっても、止まない雨は決してないのだし、晴れた日ばかりが良いというわけでもない。日本に四季があるように心にも、爽やかな春、情熱の夏、物想う秋、そして、寒さにじっと堪え忍ぶ冬があり、冬を越えればまた春が来るのである。

そう、春はやって来る。

ほんの数行の短いセリフを覚えるのも難しいのは、きっと寒さに震える冬のせいだと、春は必ず来るのだと、都合良く解釈しようにも、残暑厳しいこの日和ではそれもまた難しいのであります。まだまだ情熱の夏は続きます。
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