ヤスnote -10ページ目

きっと

メロンやスイカを皮に残さないよう余す処なく食べる僕は、決して貧乏性なのではなく完璧主義なのだ。エビフライのしっぽすら残さない、というのは好みの問題だとしても、とにかくこの完璧主義というのはなかなか厄介なものである。


例えば部屋の掃除。

やるからには完璧にやらないと気が済まない。完璧とはどの程度なのかというと、家具を全てどかして掃除機はもちろん、水拭き乾拭き、仕上げにワックス掛けといった具合である。部屋の掃除でここまでやる人は一体どれくらいいるのだろう。家政婦さんだってなかなかここまではしてくれないはずだ。現に市原悦子さんがワックス掛けしているところを観た記憶はない。いつも覗き見ばかりしている家政婦さんを例に出してもしょうがないが、まあ、自分が甲子園に出たらどんな選手宣誓をしようかと考えるくらいにヒマでないと、いや、たとえそれほどヒマだろうとなかなかそこまではしないだろう。僕だってそこまではしない。
では僕はどこまでやるのか。

答えは…


そこまでしないのなら何もしない。

そう、これは完璧主義の弊害なのだ。
面倒臭いわけじゃないんです。

きっと…
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夏をあきらめて

今日もなかなか過ごしやすい気候だったニコニコ

これからも毎日これくらいならいいのにとは思うけど、それはそれできっと味気なく寂しい思いをするだろう。
最近の暴力的な暑さがあったからこそ今日という日を愛おしく感じる事が出来るわけで、毎日これくらいの陽気であったならありがたみも薄れるというもの。

というより、そうなったらそれはもう秋である。


夏を学校における夏休み、すなわち7月の後半からと考えるならまだ始まったばかりだし、なにより今年の夏、僕は未だ夏らしい事をしていない。

俺の夏よ、まだ行かないでくれ~


と思ったものの、ここ数年いわゆる
「夏らしい事」
なんてした記憶がない。

海水浴、花火に縁日など夏らしい事は数多あれども、大人と言われる年令になってからその多くを面倒臭さ、いや忙しさのせいでこなせてはいない。

そうだ、ビールはやっぱり夏が美味い!

なんていうのは全く論点がすり替わってしまう訳なので、結局のところここ数年夏らしさを満喫してはいなかったんだという事実を突きつけられた僕は一抹の寂しさを禁じ得ないのだったが、だったら秋になっちゃってもいいやと思いながら、仕事後の喫茶店という一年中変わらない行動をしているのでした。

老舗

創業ウン百年の旅館や和菓子屋なんかには伝統や格式を感じる事が出来る。
これが創業二、三十年くらいではなかなかそうもいかない。

古ければいいという物ではないだろうが、永い年月多くの人々に愛され続けているというのはやはりとても素晴らしい事だし、だからこその老舗なのだろう。


私こと田中靖教
本日創業三十七年祝日


お祝いメールはいまだ一件ダウン


老舗への道は、未だ遠いのであります。

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自作が悲しい…でも楽しいニコニコ