"Bittersweet [ビタースイート] = ほろ苦い、つらくもあり楽しくもある"
プログラムを振り返ってこんな言葉を残してくれた参加者がいた。「あぁそうだなぁ」と思った。
「みんな違ってみんないい」は聞こえはいい。表面的になぞるだけの「みんな違ってみんないい」はきっと「スイート」だ。いっつもみんなが笑顔で集合写真をとっていられるようなそれは。
でも、一歩踏み込んだ「みんな違ってみんないい」は「ビタースイート」なのだと思う。しかもビター多め。
関わって6年目の地球大学特別プログラム。仕事柄ちょっとやそっとの「ありえない」はありえると思っているほうだが、それでもこんなにも濃いプログラムは二度とないのではないかと思う。
日米韓中台を含む8つの国・地域から集まった35名の若者と、原爆の日の広島・長崎、反日デモ真っただ中の釜山・ソウル、北朝鮮と韓国の間の非武装地帯(DMZ)を含む、「ホットすぎる」各地を訪れた。
「みんなで自由に意見を言い合おう。お互いを尊重しよう。」と言ってはみたけれど、お互いの知るアジアの過去は全然違い、意見は絶望的にすれ違った。もはや会話がかみ合わなかった。
グローバル人材とか地球市民とかいうけれど、自分たちが物事を見る視点はびっくりするほど自分たちが教えられてきた視点から抜け出せない。お互いの国籍を気にしないで意見を聞いているはずなのに、気が付いたらステレオタイプを押し付けている。「グローバル」と「ナショナル」の狭間で、揺れて揺れて、揺れた。
プログラム序盤、毎日のように誰かが涙を流し、こんなプログラムを提供している自分はなんなのかと悩んだ。
3か月たって振り返って、こうやればよかった、ああやればよかったと思う部分はある。だけど、結局は「ビター」と向き合うことでしか「スイート」にはたどりつけないのではないかとも思うに至っている。というか「ビター」を知るからこそ人は謙虚で優しくなれるのではないか。
「自分とは反対の意見を持つ人がどんな気持ちなのかを想像してみたことなんてなかった」という、とても正直なある参加者の感想が心に残っている。
私たちの多くは、分断の世界を非難しながらも、反対の意見を持つ人がどんな気持ちなのか本気で考えようとしていないのではないかと気づかされた。
こう言ってくれた参加者もいた。「国家間の対立は続く。だからこそ丁寧に過去のことを知る努力をしないといけない」。そして、「できないと言っていたら、何も変わらない」。
たくさんの感情を知り、たくさんの対立を乗り越え、乗り越えきれなかった意見の違いもあるけれど、それでもこれでもかというくらいに意見を交わし、自分たちにできることを考えた3週間でした。
関わってくださったすべてのみなさんに感謝します。
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2019年度地球大学特別プログラム報~8か国35名で取り組んだ「ともに築く平和で包摂的なアジア」~
https://peaceboat.org/30293.html
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