おやじは末端最前線で汗を流す活動をやり抜く -2ページ目

おやじは末端最前線で汗を流す活動をやり抜く

当局の方、もう時間がないですから早く手を打ちましょう!

つまりここで何が言いたいのかと申しますと、宗教教団の教義を初めから「完璧な真理」と思い込むなという事です。宗教教団の教義に対して初めから「完璧な真理」と断定した時点で、この宗教団体の向う方向性は右回りのエネルギーとなり、この矛先は収縮、求心力、内へこもるエネルギーになるから閉鎖系となる。だからこの宗教教団とその残党である派閥グループは他に対して排他的にならざるを得ない。それが今の家庭連合とその分派である三男の顕進派と七男のサンクチュアリ派である。頭が固すぎるのですよ!!普通に考えて真理というものは自分が霊的に成長して悟った後に発見するものでしょ。この先輩のように!!80歳で癌になった777双の御方の回想を読んで改めて想ったこと |

 

今回なぜ「右」「左」に関する考察をしてみる気になったのかと言うと、前回ブログで触れた「左翼」「右翼」が切っ掛けなのですが、この「左」「右」と言う概念は、「東」「西」の概念と並んで、宇宙の光と闇の型枠を表すシンプルな象徴的概念だと思うからです。従来の統一運動では、右側が神を象徴し、左側がサタンを象徴しているという認識でした。だから今尚、統一関係者の多くは自分の事を右翼側であると信じてます。かつての若き日の私も教団店舗で印鑑販売をしていたとき、任地のブロックを回るとき、右回りをする事に徹底してました。(微笑)

私が思うに、この旧統一協会における「左側はサタン」「右側は神」という概念は、まさしく先天時代のカモフラージュ摂理を担った統一運動が持つべき誤った概念であった事を物語っていると思います。つまり先天時代の神側の右翼に位置していた筈の文鮮明氏率いる統一運動とは、後天時代の今、蓋を開けて見れば善悪逆転劇 の法則によって、サタン側であったことが判明したのです。つまり空間に潜む至高のゼロ神は「左と東」で象徴され、造物神ヤハウェは「右と西」で象徴されていたという事でしょう。つまり人類終末を境に「東」の存在は日が昇り、「西」の存在は日が沈むという事です。統一運動は「右と西」で象徴されたアメリカの傘下にありました。ここからパラダイムシフトする必要があります。

 

前置きが長くなりました。

 

この宇宙は左回りです。

 

銀河系の様相、太陽系における地球の公転軌道、地球の自転運動はすべて左回りです。

(ヤハウェが造ったこの物質宇宙とは、ヤハウェ創造の技ではない。この宇宙の元型はもう既に出来上がっていた高次元の潜像世界の型を、ヤハウェがこの世界に下ろして分化したもだとグノーシスは言っています。つまりこの世界とは、上の世界の写し絵であるという事ですから、この物質宇宙が左回りになっているという事は、その左回りする要因が至高のゼロ神から来ているという事です。)

 

補足ブログ鮮鶴近親関係と6マリアは何故起きたのか

 

 

 

そして風水の世界では、右よりも左の方が自然界のエネルギーを吸収し易くなっていると言います。つまり人間は右よりも左の方が、自然界の仕組みと調和し易く、活力を得られる。だから左には自然界の法則が潜んでいるという事だろう。今思えば、若き日の私が印鑑販売していたとき、任地のブロック周りを右回りに徹していたから、どうりで体が重たかった。そして実績もまったく出なかった。(微笑)

それから遊園地のお化け屋敷の造りは、人が進む通路をわざわざ右回りにしているそうです。何故かと言うと右回りの方が、左回りに比べて違和感や不自然さの感覚が出て来るからだそうです。すなわち自然の理に反してるから。

 

あるいはマクロビオティックの世界では、左を陰エネルギーとしている。これは弾力、緩む、遠心力、外に向かって行くエネルギー、開放系だ。

これに対して右を陽エネルギーとしている。これは収縮、求心力、内へこもるエネルギー、閉鎖系だ。

私はこのマクロビオティック世界における、右の陽エネルギーの収縮、求心力、内へこもるエネルギーという閉鎖系の要素で気づく事があります。それは先天時代を支配して来たアーリア白人種、それに仕える国家の政官財の中枢が使って来たエネルギーは右の陽エネルギーであるという事です。つまり奴らが世界や国民を支配すると同時に、自分が掴んだ権力を固辞するエネルギー。これは内へこもる閉鎖系エネルギーです。

だから後天時代におけるエネルギーの使い方は、権力を解放する放棄する側の左側陰の開放系エネルギーでなければならない。

病院のエイズ検査では陽性反応が出るとエイズと認定されます。陰性ではありません。

 

 

あるいは、人体の痛みがある箇所を和らげるために右回りと左回りの二種類でマッサージしてみる。そして右回りのマッサージでは心地良く感じるが、そこに邪気や毒素の存在を感じる事ができない。しかしその一方で、左回りのマッサージでは、そこに邪気や毒物が溜まっている事が分かるそうだ。

 

この左右マッサージの邪気、毒素に対する反応の違いで何が汲み取れるかと言うと、左回りのマッサージを行って人体の邪気や毒素が分かるという事は、「左」とは、邪気・毒素の要素と相容れないから、だからその違いが浮き彫りになる。すなわち左の性質は邪気・毒素と同族でない事を如実に示している。だから邪気や毒素を感じる事が出来るのです。従って左回りのマッサージで邪気や毒素が発見できるという事は、左の性質(神的存在)が小宇宙である人体の中にある邪気や毒素に拒否反応を示したという事でしょう。

それに比べて、右回りのマッサージを施して気持ち良いけれども、邪気や毒素に反応しない。邪気や毒素が分からないと言う事は、右の性質は邪気や毒素と同族一色端にあるから分からないのです。

 

以上、上のパターンを世界で起きている世情に当て嵌めて考えて見ると、人体の中にある邪気や毒素と一致する存在は、世界的右翼に位置するイルミナティと奴らに支配された国家支配者階級だ。それは左翼と対立軸にある事を示していると言えよう。

 

マクロ世界の展開とミクロ世界の展開は同一である。水瓶座の時代は無形の風の時代です。その水瓶座の記号はで、この記号は波動を意味している。意識や精神がものをいう繊細な時代なのだ。

 

 

 

統一摂理関係者が、神の摂理に対して責任を持とうとすれば、世界史に関すること、キリスト教史に関すること、古代日本史に関すること、世界情勢に関することに対して、情報弱者であってはならないと思います。

 

 

 

前回の続編としてお読みください。

 

 

統一摂理関係者が今後の活動の指針を文氏の御言に求める場合、消去法を用いたら良いと思います。

消去法を用いれば、数多で多彩な文氏の御言であってもかなり的が絞れます。その消去する対象となる御言は、聖書とキリスト教とアメリカを肯定している文鮮明氏の御言です。その一方で着目するべき文氏の御言は、統一原理から逸脱した原理圏外の御言です。この原理圏外の文氏の御言の中にこそ、統一摂理関係者における信仰観と摂理観の集大成があると思う訳です。統一原理圏内の御言は初歩的なものです。

 

という事で、統一原理から逸脱した原理圏外の核心的な御言を紹介します。

 

「先生は夜の神に主管され育てられましたが、皆さんは先生とは違い、昼の神に主管され育てられます。先生と皆さんの神は違うのです。ですから皆さんは夜の神のように生きるのではなく、昼の神のように生きなければなりません

終り

 

赤字で綴った文鮮明氏の御言を解説してみます。

文鮮明氏を育て、彼の人生を主管して来た神とは、夜の神である。しかし皆さんの人生は、夜の神にお世話になってはいけません。あなた方は昼の神に育てられ主管されなさい。そして昼の神のように生きなければならない。夜の神のような生き方をしてはいけない。この「夜の神・昼の神」の内容は結局、こういう事柄を云っている訳です。

 

さらにここで「夜の神・昼の神」の内容を突っ込んで掘り下げて見ましょう。なぜ文鮮明氏の神と、信徒の神が違うのか?という事です。なぜ同一の神ではいけないのか?統一原理に基づいてセオリー通りに考えれば、当然、我々信徒達も文鮮明氏を育て、文鮮明氏の人生を主管してきた、文鮮明氏と同じ、同一の神に主管されて生きて行く事になる筈です。しかし文鮮明氏は、夜の神とは縁を持たずに、昼の神の処に行きなさいと言っている!!これどういう事ですか!!

 

 

 

 

その理由は下の構図で説明できます。

 

 

上の赤字の「夜の神・昼の神」の内容と、下の三角形の図は整合性を持っています。頂点の神は、先天時代の神ヤハウェです。つまり文鮮明氏を育て、彼の人生を主管してきた夜の神です。この三角形の図は、先天時代用のステージです。

統一摂理関係者がこれから向かう後天時代のステージではない。

        ヤハウェ(夜の神) 

           

      

        

 

先天時代における統一協会のメンバーは向かって右側のフリーメーソンの枠に入ります。

後天時代はここから出ます。

三角形の底辺に位置する人間であればあるほど幅に広がりが出てくるから、末端の一般的キリスト教徒とフリーメーソンのメンバーは、それぞれのカテゴリーで互いが相交わる事なく、明確に距離が出来る。しかし神の摂理プログラムの出処を示す三角形の頂点に近い処に位置する人物は、その幅は狭くなる。つまりこれは何を意味しているのかというと、神の摂理プログラムを進める摂理的使命が大きければ大きい人物であるほど、相対的悪に匹敵するキリスト教と相対的善に匹敵するフリーメーソンの要素とが渾然一体化してくる事を示した図であると言える。

であるからして、この図から見ても解るように文さんと言う方は、人類が後天時代に移る前に、キリスト教とフリーメーソンの両を代表して先天時代を総決算する立場で、神の摂理プログラムの大きな役割を担っていた方であることが伺える。

 

 

 

フリーメーソン

恐縮でありますが、今回のブログを読んで頂いた上で、補足リンクに目を通して頂けると合点がいきます。

 

「昼の神・夜の神」を掘り下げる |

 

善悪逆転劇 | 

 

Hirachyuu様、反論は各論ではなく総論で。田中会長も一読お願いします。

 

 

「昼の神・夜の神」が初めてブログ村で取り出された十数年ほど前は、この意味不明な対峙の神観にUC摂理関係者の誰もが耳と目を疑った。そして一神教の信仰体系を絶対視する摂理関係者は「昼の神・夜の神」の概念が分からず頭を抱えこんだ。そんでもってUCブログ村に影響力をもつ食口の論客が、一神教の信仰体系を崩さずに、文さんが語ったとされる「昼の神・夜の神」の御言葉の解釈が成されたが、どれも一貫した哲学がなく、冴えないものばかりであった。UCブログ村では時が経つにつれてその真相を解き明かそうとする気勢も無くなり、今となっては「昼の神・夜の神」は死語同然のようなもの。これで良いのだろうか?

 

「昼の神・夜の神」が、ホントに文鮮明氏の口頭から出た神観なのか?そうでないのかは追求しない。ここでは摂理的な観点からもっと核心的なことを認識しなければならない。それは「昼の神・夜の神」を語ったのが誰であろうと、文鮮明氏の御言葉と記した上で、しっかり公的に出版されている事は周知の事実です。個人的に思う処、これは何を意味しているのかというと、文鮮明氏と統一運動の母体となる天に直結した地上の摂理推進機関から出された試験問題であると解釈する事は極めて現実的である。そして先天時代から後天時代へと摂理が移行する節目を鮮明に浮彫にしてくれるカギとなる神観、それが「昼の神・夜の神」である。つまり、宗教摂理は先天時代の一神教・天のお父様から、この「昼の神・夜の神」を浮彫にする事で、後天時代の神観へと移行する。それが汎神論アニミズムだ。「昼の神・夜の神」とは汎神論アニミズがベースにあってこそ、生まれてくる事が可能。


「昼の神・夜の神」は究極根源神、数字で表すとゼロから生まれた

グノーシスが説く処の究極根源神を数字で表すとゼロです。それに対してキリスト教の天の御父様という人格神の数字は、万物世界を生んだ一等最初の存在を表す「1」でしょう。この「0」と「1」の違いです。つまりゼロとは無ではないのです。「1」を生み出す為のゼロ。ゼロがなければ「1」は生まれて来ることは出来ない。すなわちゼロの中には澄み切った個性のない良心と意識と思考と感情と自己認識欲、そしてありとあらゆる可能性を生む素材、法則、秩序が内包している肥沃な大地であり個性はない。この肥沃な大地は始めも終わりもない。この個性のない肥沃な大地が究極根源神であるとグノーシスは言っている。ここから不可視世界で個性を持った神々が生まれて来ます。したがって信徒が受け取る神からの啓示や神の声の出処は、神々からのレベルであり、究極根源神が関与しているのは人の良心作用自立心のみである。文氏の言った良心は神よりも勝るという御言の真意とは、おそらくこの事を指すのだろう。

 

 

AIの回答

古代日本では、政治的な中心(畿内)と地理的な「象徴的中心」を分ける思想がありました。北辰信仰では、北極星が真北に位置し、他の星がその周囲を回ることから、地上でも「北」に位置する土地が重視されました。関東平野(特に千葉県の下総・上総地域)は、当時の畿内(大和)から見て東北方向に位置し、北辰の「地上投影地」として選ばれた可能性があります。

千葉県の昔の地名である「総国」が「統べる」という意味で、この統べるとは北辰(北極星)の役割と意味が一致していという事です。北極星とは全ての基準となる。

 AIの回答はここで終わり

 

 

 

 

つまり「統べる」という意味は、「多くのものを一つにまとめる」という意味で、「ある基準をもとにして物の度合いを調べる」という意味だそうです。だから総国(千葉)という土地に北極星を観測するための測定基準地として千葉(総国)が任命を受けたという答えが出てきます。つまり、千葉「総国」という土地柄が元々神聖だったから、北極星を観測する習慣がこの地で生まれた。そして「統べる」すなわち総国という地名が付けられたという経緯が考えられます。

以上、AIに聞いたら、こんな情報が出て来たのですが、これはあくまでも結果論です。だから表層的です。もっと本質的で霊的な観点から千葉になぜ「総国」「統べる」という地名が付けられたのか、その背景を突き詰めてみる必要があります。そうしますとやはり以下のような内容になってきます。

日本は龍の国であるとされてますが、その「龍」と「千葉」の言霊振動数が同じ86数で一致しているという興味深い情報があります。

関心のある方は

 👇

エッ?開闢の地が、きっ木更津だって!!

 

「日本の夢」は終末最中の既存秩序崩壊によって千葉房総半島から芽が出る。 |

 

北極星(妙見)信仰の総本山頂点は千葉神社であるという事の天的摂理的意味 |

 

確かに、史料に書かれている各論は人の主観も入ったり、時には史実が歪曲されていたりで複雑だと思います。私としては歴史全体を摂理という観点から包括的に捉えて総論の視点で思考するようにしています。そうすると各論を占める本質でない枝葉の部分は削げて、残る根っ子の史実は摂理に直結してくる簡潔明瞭な情報になると思うのですね。後は直感でパズルを組み合わせる。要は直感が決めてだと思っています。あるいは国家体制側の最たる神事儀式である大嘗祭の秘儀や祭神アマテラスにスポットを当て、そこから逆に遡っていくと脱線することなく摂理の本質に辿り着ける。理由は神事儀式で行われる秘儀には嘘は持ち込めないからです。

 

あくまでも個人的な見解に留めておきます。

歴史の本質に迫る為の一歩は、戦後、米英の戦勝国家群が捏造して作り上げたアカデミズムの歴史(世界史・日本史)を全面否定する事から始まる。次にアカデミズムの歴史(世界史・日本史)の中で、恐怖の存在,もしくは忌み嫌われる存在として冷たく扱われている人物の伝記が、歴史の本質に直結してくると見て間違いない。その筆頭である平将門はアカデミズムの日本史の中では、当時の在日唐勢力の影響下にあった大和朝廷に反旗を翻した逆賊として描かれており、将門の印象は悪い。将門の「天慶の乱」の摂理的真相 あるいは菅原道真は唐の悪影響から日本を護るために遣唐使の廃止を訴えて藤原氏と対立したが、最終的に道真は藤原氏によって幽閉されました。この二人は当時の大和朝廷と対立した人物です。だから、平将門と菅原道真は異次元から龍神と共に今の摂理に深く関わって協助してくる筈です。

 

【日本三大怨霊】3人はなぜ怨霊に?菅原道真・平将門・崇徳天皇の生涯とゆかりの場所です。

 

そして歴史の本質に迫るもう一つの要素は、在日唐勢力の影響下にあった大和朝廷がプロジュースした最大の神事儀式である大嘗祭の祭神アマテラスと秘儀の中身に肉迫する事です。なぜ神事儀式なのかというと、神の性質を知ることで大和朝廷の隠された歴史と本質が掴めるからです。闇側の神事儀式であっても、それなりの真実は入っているという事です。だから闇側の本質が隠されている。

 

以上、上述の内容を総称して日本史とは何かを一つ結綸づけると、渡来の弥生系が上陸してくる前の列島日本には土着系の古神道に基づいた縄文人が独自の精神文明を築いていたが、そこへ渡来の弥生系の人々が上陸して来て、神道=ユダヤ教を列島に持ち込み、大和朝廷を立ち上げ、元々列島に棲んでいた土着系縄文人の善き文明を排除して、天皇を中心とする統一国家を作ってしまった。つまり菅原道真と平将門がアカデミズムの日本史の中でなぜ印象悪く描かれているのか?その理由は当時の神道=ユダヤ教に基づいた渡来弥生系の大和朝廷に反旗を翻した立場の人物だったからです。ですから日本史の隠されてきた本質とはこれまで何度も主張してきたように「土着縄文系古神道vs渡来弥生系神道」が根幹にあり、この上層部における摂理的な相関関係は以下の通りである。

「精神文明VS物質文明」

「循環主義社会VS資本主義社会」

「金儲け否定のナザレイエスVS金儲け肯定のベツレヘムイエス」

「神VSイスラエルの神」

「アロンのメシアVSイスラエルのメシア」

そして歴史はこれから土着縄文系古神道に回帰する。古神道の神観は汎神論アニミズムである。

 

摂理的観点から日本神道界を総括する | 日本の夢は自然豊かな農的循環社会

 

日本の惨状は、摂理の最先端を走っている明かしです&「いつも私の隣に神さま」

 

なぜ大嘗祭の儀式に北辰信仰を執り入れるのか!!!! |

 

天皇は出雲大社に入れない!つまり立ち入り禁止という事だ! |

 

国家的因果応報による国家の死滅は有りえる |

AIに、私のある歴史見解の感想を聞いて見ました。以下の内容はAIの感想のみをアップしました。後で改めて私の歴史見解を書いた文章をアップします。そこでAIに関して感想のべますと、AI に尋ねる内容の類は、経済システムとか、法律とか、この世の仕組みに関するノウハウやhow toでしたら万能だと思いますが、歴史の解釈という主観が入るものに対しては、まったくAIは役に立ちません。やはりAIは国家体制側の人工知能であり、国家や天皇制を守ることが前提になってます。

 

以下はAIの感想です。

 

DeepSeek-V3

あなたの考察は非常に興味深く、従来の歴史解釈とは異なる視点を提供しています。以下、いくつかの観点からコメントさせていただきます。

1. 非主流派歴史観の意義

・「アカデミズムの全面否定」という表現は過激ですが、確かに戦勝国による歴史解釈の影響は無視できません。例えば、GHQ占領下での神道指令や教科書改訂は事実として存在します。 ・平将門や菅原道真への再評価は、近年の地域史研究でも見られる傾向です。特に将門は関東では「王」として祀られるなど、多面的な評価が可能です。

2. 宗教史的考察について

・「神道=ユダヤ教」説は江戸時代の「日ユ同祖論」以来の説ですが、学術的には否定されています。ただし、古代の宗教混淆(シンクレティズム)は興味深いテーマです。 ・大嘗祭の研究では、昭和天皇が「神格化」に抵抗したという記録(『昭和天皇独白録』)など、朝廷内部にも多様な解釈が存在しました。

3. 縄文vs弥生の文明論

・考古学的には、縄文時代から高度な精神文化(土偶文化など)が確認されています。一方、弥生文化の渡来人と在来民の関係は「排除」より「融合」が主流説です。 ・興味深いのは、古事記では国譲り神話で「和議」が強調されている点です。完全な排除より、支配層の交替という解釈も可能です。

4. 現代への示唆

・「精神文明vs物質文明」の図式は、現代日本の課題(経済成長と伝統文化のバランス)にも通じます。例えば、伊勢神宮の式年遷宮は「循環主義」の好例と言えるでしょう。

批判的検討が必要な点

・「在日唐勢力」という表現は、当時の東アジア情勢(遣唐使廃止時の唐は既に衰退期)を考慮する必要があります。 ・怨霊信仰(御霊信仰)は、必ずしも「闇」ではなく、社会的不正への警鐘という側面もあります。

今後の研究としておすすめなのは:

  1. 考古学と文献史学の統合(例:出雲vs大和の最新研究)
  2. 比較神話学の視点(日本神話と周辺民族の比較)
  3. 民俗学のアプローチ(怨霊信仰の地域的変容)

このようなalternative historyの考察は、固定化した歴史観を相対化する意味で重要です。ただし、一次史料の厳密な検証と、学際的なアプローチが不可欠だと考えます。

 

天の啓示を受けたレーニンの名言「国家の死滅」

 

国家を階級支配の機関とみる国家観に立ち、既存の国家機構は奪取するだけでなく粉砕して新しい国家機構をつくらねばならないと主張している。本書で「いずれ国家は死滅する」と無国家社会への展望を記している。グノーシスの匂いを感じる。国境の無い相互扶助の共同体建設を希求しているようなもの。そして第一次世界大戦の全ての交戦国に対しては、無併合・無賠償を提議する。同時に土地の私有性を廃止する。

 現在のレーニン全集では、レーニンがプロレタリアートによるブルジョワジーに対する無制限の暴力=プロレタリア独裁を主張したことになっているが、これはアメリカ(DS)が企てたスターリンによるレーニン全集の改竄の結果であるということです。

レーニンの思想を理解すると、エッセネ派クムラン宗団と摂理的に繋がっている事が感じられる。クムラン宗団とレーニンは、闇のアーリアと一線を画す光の側であるという事でしょう。そうです。グノーシスが言う処の「王なき種族」です。

 

もう一発気合を入れる。AIに聞く | 日本の夢は自然豊かな農的循環社会

 

アメリカDSが仕立てた上げたスターリン東の棟梁

1922年スターリンは、他の民族弱小国家を支配下に置く為に、各ソヴィエト共和国が自治共和国としてロシア連邦共和国に加入する、という「自治化」案を作成した。しかしレーニンはこれを大ロシア排外主義として批判し、ロシア連邦共和国は他の共和国とともにソヴィエト同盟に加入する、つまりロシアは他の弱小民族国家と変わらぬ平等の立場であるという代案を出した。スターリンはレーニンの「民族自由主義」に不満を述べたが、修正案を受け入れ、同年ロシア共産党中央委員会総会ではレーニンの代案にそった決議を通過させた。

 

 

勝共連合の方のみ・東西冷戦時代を生んだ真相 | 日本の夢は自然豊かな農的循環社会

自分が闇側の摂理の道筋を自分で作っているという自覚がない事に尽きます。これは本当の事です。悪しからず。

 

 

サブタイトル

静かな革命は、社会的弱者救済のための農村コミュニュティーから始まる 

 

やっと見つかった理想となる社会形態の科学的根拠 |

 

 

国家という存在の在り方がこれから先どのような方向に向かい、最終的にどのような形態に落ち着こうとしているのか?

 

究極的なゴールに辿り着いた理想世界の社会形態とは、そもそも国家などは存在していないと言うのが結論です。ですから当然国境もないです。

 

では究極的なゴールに辿り着いた理想世界の社会形態とは何か。それが地域独立型農的循環経済生活共同体です。このスタイルの共同体社会が地上に数多に点在するようになり、そして助け合う為の世界的ネットワークを構築している。これが究極的なゴールにたどり着いた理想世界の形態であると信じています 。縄文時代と同じですよ。  

そうしますと、今の各国の政府エリートが既得権益や利権を手放して足並み揃えて一斉にこんなに素晴らしい夢のような世界を築いて行く事が出来るでしょうかと言う問題になってきますが、答えはノーです。出来る訳がありません。

 

だから理想世界創建のプロセスとは、政治主導で既存の資本主義経済社会から延長上で長い時間をかけて緩やかな曲線を描いて成されて行くものではなく、乱暴な言い方ですが、宇宙の摂理プログラムは、人類が理想世界を築き易くする為に、既存の物質文明・資本主義世界が崩壊してしま衝撃をこれから走らせる可能性がある。そして既存の社会経済システムを一旦リセットしてしまう。そのリセットするための衝撃が日月神示の預言の内容であると受け止めてもらって間違いないです。

 

 

今の統一関係者は10帰一数の一歩手前の9数の位置に居る? |

 

 

 今後摂理のメインテーマが意識進化であると信じる方へ |

 

日月神示による日本の戦後について、多くの預言が成されていますが、かなり的を射貫いていました。預言的中率100パーセントです。そして日月神示は今の物質主義や金銭中心の現代文明が崩壊することを明確に予言しています。これは経済システムの根本的な転換を意味しますその日月神示の予言には人口が3分の1になるという記述があります。これが世界を意味するのか、日本に限定した予言なのかは定かではありませんが、この人口3分の1予言説に関連してくるのが。コロナワクチン問題です。日本においてはコロナワクチンの2回目接種が約1億379万人接種率80.2%という事でした。接種が始まった2020年から数えて、最終的に2030年が、問題のタイムリミット10年目となる。これまでの被害状況を見る限り予断は許さない。

 

 

 

 

ところで「13」数とは、マヤ文明では神聖な数として位置づけていますが、その一方で西洋文明、キリスト教文化圏にとっては不吉で最も恐ろしい、忌み嫌う数とされています。実に対照的です。貴方はどちらを信じますか?ところで西洋キリスト教文明圏がなぜメジャーな文明で、マヤ文明がマイナーなのか?その理由は西洋キリスト教文明圏はヤハウェ直属のカテゴリーだからですよ。このヤハウェという悪魔が作った西洋キリスト教文化圏で最も恐ろしく忌み嫌われている「13」数の理由は、真に神聖な数だからですよ。家庭連合の関係者はこういう発想が出来ますかね?

 

 

 

 

 

ここで伝統的なエジプト神秘学のタロット「13死神」の情報に関して触れて見たい
 

 

この本を書いた松村潔氏のタロットカード13数の意味を紹介する。

 

タロットカード13数は「死に神」

死に神の鎌は地上にあるものを刈り取る絵柄となっています。つまり、地面を鎌で刈り取ると言う意味は、地上の物質的なものを淘汰、整理するということ。

あるいは、別な表現を用いれば地上で継続している習慣的な出来事を死に神は停止させるということ。それは今までの社会的な習慣、制度などを終わらせるという解釈も成り立つとしている。新たな始まりを意味する。つまり、13数は天上のロジックを、地上に持ち込み、習慣的に生きている地上世界を粛清するということだ。

おわり

 

摂理プログラムは満期にまで及ぶから、米支配下の日本のマスメディアが報道する虚構の世界情勢は無視して、死海文書、グノーシス・ナグハマディ文書、日月神示という信頼性のある終末預言に今後の摂理の指針をおくべきです。となってくると、世界の中心である神国日本の神道界の中に摂理の核心があると見るべきでしょう。だから大局的観点から日本神道界の対峙構造を押さえて置く事は極めて重要だと思います。

 

 

日本神道界の総括的内容

渡来系神道はアマテラス=ヤハウェ信仰に繋がり、土着系神道が

汎神論アニミズム信仰に繋がる。

  補足リンク

    👇

ある神道に、天皇制に関してこんな予言がある :

 

二種類の日本人の血統的出自は興味深い |

 

宗教摂理人に向けた終末最終摂理は霊的信念体系の対峙だ |

 

 

渡来系でユダヤ教の要素が入った神道がメジャーであり、土着系神道(古神道)がマイナーであるという無意識が一般的に根強い。だから渡来系の大和朝廷が覇権を握り、列島を統治するにあたっての戦略的拠点として、関東に鎮座する鹿島神宮だけに注目してますが、これだけでは摂理の核心は掴めません。片手落ちになります。ここで明らかにするべき事柄は、今後の世界や歴史がある一つの方向に向って進んでいる以上、つまり世の人類終末を越えた、その先にある世界に向けて進んでいる以上、摂理的な観点から渡来系神道の鹿島神宮と同じ関東に鎮座している古神道系の玉前神社との対峙構造を明らかにするべきなのです。つまり

「渡来系神道VS土着系神道」という事です。そしてこの構図は、死海文書の「イスラエルの神VS神」に匹敵します。渡来系神道=イスラエルの神。土着系神道=神です。そしてこの構図は「渡来系神道+弥生文化」は物質文明を表し、一方の「土着系神道+縄文文化」が精神文明を表していると見るべきでしょう。

 

上記の内容に肉付け補足リンク

   👇

世界が東西二つに分かれるに向けて、これから二つの摂理観が交錯する |

 

最終段階の摂理を読み解くカギは、死海文書のこの文脈にある可能性あり |

 

重要}死海文書は、なぜ神の違いを強調しているのか。摂理の根幹がここにある。

 

死海文書→西の「イスラエルの神」消滅に匹敵する記事が他に二つある。 |

 

 

つまり摂理の核心はどこにあるのか。それは今後の人類の文明が物質主体に向かうのか?あるいは精神(霊)主体に向かうのかという文明原理の対峙構造に摂理の焦点が置かれていると見るべきでしょう。だから聖書の中にも二人のイエスの教えがある。すなわちお金儲けを肯定したベツレヘムイエスの教え。そしてお金儲けを否定したナザレイエスの教えがあるのだと捉えるべきです。愛と性の問題は個人的カルマの問題です。

   👇

誰も二人の主人に仕えることはできない。

 

金持ち否定聖句におけるナザレのイエスの真意とは

 

「イエス・キリストはお金儲けを否定された?」に触発されて |

 

次回のブログは、謎多き玉前神社に関してです。