要介護認定5の母親の介護10年、父親癌
YouTubeはじめました
YouTubeで介護関連の動画、自分が経験したことなどを投稿してます。
親の介護と自分の人生 | YouTube



母親はアルツハイマー型認知症で要介護認定5
精神障害手帳あり(等級1)
医療福祉費支給制度(マル福) 既に10年程介護
特養または有料老人ホーム探し中のところ誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)で入院。
2019/4/23 介護療養型医療施設に転医しました。
2019/6/21 死去



父親は腎臓癌末期
肝臓、腸、肺への転移あり
現在、抗がん剤治療中
2019/4/4 転倒して圧迫骨折
2019/4/22 抗がん剤治療をしているとこともあり体重が激減。副作用により傷などが治り難くなっている様子。また、味覚なども無くなってきている。

2019/5/5 体調悪化で救急車にて病院に運ばれる。出血性十二指腸潰瘍であることが判明。癌細胞が影響している様子。しばらく入院。

2019/5/14 父親死去
死因は出血性十二指腸潰瘍でした。
その潰瘍が癌細胞だったようです。

2019/6/24 母親死去
重篤なアルツハイマー型認知症
誤嚥性肺炎による急性気管支炎が死因でした


  • 23Aug
    • 1970年(昭和45年)若い頃の母親とスズキ フロンテ360(LC10)の画像

      1970年(昭和45年)若い頃の母親とスズキ フロンテ360(LC10)

      うちの母親が26~27歳くらいのときの写真が出てきました。写真には1970年とプリントされてました。1970年といいますと昭和45年となり、今から約51年前の写真となります。アルツハイマー型認知症になり、重篤な状態で亡くなった母親ですが、若いときは可愛いですね~!自分の母親なのですが、可愛いなと思ってしまいました(笑)ちなみに一緒に写ってる車は何なのか? 車種はなんだろう? ということで調べてみました。エンブレムに SUZUKIとありました。スズキ自動車の「フロンテ360(LC10)」という車みたいです。現存していればクラシックカーですね。このように昔の写真を引っ張り出してきて、何が写ってるのか調べていくのも面白いかなと思いました。

  • 18Aug
    • 人と人とのつながり

      うちの父親(他界)が独身だったころから知り合いだという女性が居ます。なので、50年以上前からの知り合いだそうです。その女性は、商店街でサロンを営んで見えて、高齢者を預かったりしてます。まだ、父親が元気で、母親を介護してるときには、その女性のサロンに母親を預けたりなんかしてました。うちの両親が死んだときには、挨拶にも行きました。そして、今、その女性が、うちのマンションの高齢者のところにヘルパーとして、働きにきてます。地元だからというのもあるかと思いますが、人と人のつながり、縁というのを感じました。

  • 17Aug
    • 裁判員制度に選ばれて裁判出てましたの画像

      裁判員制度に選ばれて裁判出てました

      お久しぶりです。介護に関してブログを更新していたときには、色々と励ましのコメントなどを頂きまして、ありがとうございます。今、なんとか元気で頑張っております。後から、両親の知り合いだった、友人だったという人から連絡を頂いたりして、手紙のやとりや、実際にお会いしたりして、両親のことを思い出しながら話したりしてました。はやくも一回忌を迎えて、コロナウイルスの影響もあり、ひっそりと法事を済ませました。全然、介護の話ではありませんが。ブログでちょこっとだけ、書けないことがあるというのを以前に書いた記憶があるのですが、それが裁判員制度のことです。実は、両親の介護中に裁判員に選ばれてまして、既に先行書類が届いてました。裁判は、両親が亡くなったあと、コロナウイルスが蔓延する前に終えてます。自分でも良く分かりませんが、あまり人が経験しないようなことを経験するタイプの人間のようでして、両親を介護してるにも関わらず、裁判員に選ばれるという、何かの罰ゲーム的な感じでした。裁判員というのは、選ばれると決定的な理由が無い限りは、断れません。自分が病気して入院することになったとか、インフルエンザにかかったとか(当時、コロナウイルスが蔓延する前でした)、そういった決定的な理由が無い限り断れません。そして、介護していても断れません。裁判員に選ばれると、他言しちゃいけないという規則があったので、黙ってましたが、裁判員に選ばれたときというのは、何とも言えないメンタル的なダメージがありましたね。自分の父親が癌で、母親も入院中で、そういった状況のなかでは、自分の精神状態というのも不安定で、いつも不安を抱えて生活をしてました。そんな最中に、裁判員に選ばれました。断れませんって、書類に書かれてる文言も上から目線で命令形式な印象を受けてしまうんですよね。介護しながら、裁判するって、どうやってやるのかな?できるのかな?とか介護で不安だったのに、さらに不安が重なってた時期でした。誰が、こんな制度を決めたのかな~とか、ひとりで愚痴ってました。そして、どうなったのかと言いますと、結果的には両親が亡くなった後に裁判員として裁判に出廷しました。それは、私が裁判員として出廷することになっていた、事件の裁判日程が延期になったからです。事件ですから、色々証拠物件、証人の出廷などの予定があるのですが、予定が合わなかったようです。法医学の先生の予定が合わなかったり、決定的な物的証拠が集まらなかったりして、裁判の日程がずれました。ここで、少し判るかもしれませんが、かなり内容の濃い事件でした。良いのか悪いのか判りませんが、うちの両親が亡くなった後(介護してない)に裁判することとなったり、裁判員として出廷しました。私が、裁判員として関わった裁判というのは、従来の裁判員が係る裁判よりも日数が長い裁判(事案)でした。つまり、裁判に何度も出廷しなければなりません。従来であれば、3日~5日くらいで終わる事案が多いらしいです。私が関わった裁判(事案)は、1週間に3日間×4週間=12日間も裁判所に出向きました。かなり、長期間の裁判です。裁判員も補充裁判員というのがあり、裁判員6人、補充裁判員2人 合計8人が選ばれます。補充裁判員というのは、裁判員6人のうち誰か1人でも病欠すると、裁判ができなくなります。法律で、裁判長1人、裁判官2人、そして裁判員6人が必ず出廷することとと決められており、1人でも欠けると裁判ができなくなるどころから、やり直しとなります。裁判やり直しとなるのは、あり得ませんし、とんでもない大問題に発展してしまいます。なので、補充裁判員も2人決められます。事件内容は詳しく言えませんが、血まみれの包丁を見せられたり、血まみれの現場写真を見せられたりしました。でも、写真などは加工されており、モノクロになっていたり、血の色を飛ばしていたりして、ショックを与えないような工夫がされてました。ただ、自分の場合、両親を亡くした後だったので、包丁で刺しとか、刺されたとか聞いてるだけで、泣けてくるんですよ。親を亡くした人、家族を亡くした人ならわかるかと思うのですが、めちゃくちゃ涙もろくなってるので、裁判中の過激な内容を聴いてるだけで、泣けてきました。泣くのを堪えるのがもっとも大変だったかもしれません。両親を亡くしたという悲しみがあるからなのか、誰かが傷つけられたりという話を聞いただけで泣けてしまいます。裁判でもけっこう泣きっぱなしで、目が真っ赤だったと思います。裁判員に選ばれた人に伝えたいことは、裁判員に選ばれて、嫌だな~と思うかもしれませんが、やってみると勉強になります。きっと、自分のこれからの人生に活かされるはずです。それと、日給(時給)は、しっかりと貰えます。裁判所内に食堂があって、けっこう安くて美味しく食べられますので、弁当無しでも大丈夫です。裁判が終わってからは、コロナウイルスが蔓延して、テレワークという働き方が取り入れられて、今までとは全く異なったライフスタイルになったと思います。もともと、テレワーク的な働き方だったので違和感はないのですが、周りの人がテレワークに慣れてないので、仕事が滞りやすい印象がありました。それも、最近は慣れてきて、スムーズに仕事が進むようにはなりつつありますが、とんでもない世の中になったなって思います。今年 2020年も、あと四ヶ月です。今年は、コロナウイルスで大変な1年になりそうです。しかも、とても暑くて過ごしにくいです。皆様、お体にお気をつけてお過ごしください

  • 06Jan
    • 新年あけましておめでとうございます

      2020年(令和2年)となりました。今年もよろしくお願いいたします。介護ブログとしてアメブロをはじめたのが、2019年の2月でしたが、介護ブログというよりは看取りブログみたいになってしまいました。何もかもが、あっという間に過ぎ去った、激動の2019年だったように感じます。ブログ書き始めのころは、母親も父親も今後どうなるのか不安でした。だけど、いつかは亡くなるんだろうなというのは、少しだけ感じ取っていたのかもしれません。1人で2人を介護するのは本当に大変でしたし、不安でいっぱいでした。でも、同じことをもういちどやることになったら、もう少し効率よく充実した介護ができそうな感じがします。それは、経験をしてるので、反省点や改善点が見いだせているのだろうと思います。もういちど介護することは無いと思いますし、経験もしたくはありませんが・・・母親が入院して、父親も入院していた時期というのは、私は神経がピリピリしていた感じがします。何故か周りの人が敵に見えたというか、あまり信用できないという気持ちがありました。母親のパジャマ間違えてるというのはブログでは書きました。https://ameblo.jp/oya-no-kaigo/entry-12463865376.html書いてない内容としては、母親が入院してる病院では、病院側が用意してくれるケアセットを契約しました。日々、必要となるタオル、ティッシュ、パジャマ、下着などもセットになっていて使い放題です。なので、こちらが持ち込んだティッシュとかタオルを別の人に使っていたりとか。同じ部屋に入院していて、あまり見舞いにも来ない、ケアセットも契約してない、パジャマやタオル、ティッシュも使えないように人に勝手に使用していたんだろうと思います。別に必要ないんで良いんですけど、一応私のモノなんですけどね。見えないところで、何かやってんだろうな~と思うと、なんだか不安になるといか、信頼できなくなってくるんですよね。すると、なんだか雑な扱いをされているという感覚に陥ってしまい、イライラしてしまうこともありました。イライラするというか、こちらとしては介護してるわけであって、気持ちとしては不安があるし、この先どうなるのだろうかという心配もありました。なんとも言葉で説明できない難しい感覚なのですが、介護してる側の人の気持ちというのは、とても繊細になるし、神経が尖ってくるように思います。入院してるときにも看護師さんとかに詳細を聞けないというか、聞けない雰囲気があるというか、暗黙の壁みたいなものがあるような気がしました。あの雰囲気はなんだったのだろうか?忙しいから話しかけないで、聞かないでという意味だったのかもしれない。それでも疑問になることは聞いてました。今思い起こすと、どうして、質問するのに、疑問を解決するのに勇気をだして、こちらが気を使いながら質問しなきゃいけないのか判りません。診断書をお願いしてもたらいまわしにされることもありました。両親の介護するだけで大変なのに、煩雑でストレスのかかることさせられたな~とか思ったりもしてます。https://ameblo.jp/oya-no-kaigo/entry-12464362735.html両親が入院してるときも、ほぼ毎日のようにお見舞い(様子を見に)に行ってました。今、思い起こすと毎日よく行けたな~と自分でも凄いなと思いました。介護していたりという経験のある人ならわかるかと思うのですが、デイサービスとかでも似たような感覚になるかと思うのですが、お見舞いに行ったりするのけ、けっこう労力が必要です。体力を使うというよりは、行きたくないという気持ちがあるからです。なぜ、見舞いに行きたくないのか?それは、自分の親が苦しんでる姿、弱ってるところを見たくないからだろうと思います。以前、コメントでも頂いたのですが、見舞いに行くのって、なぜか胸が押しつぶされそうな感覚になります。行きたくないこの気持ちというのは、経験した人にしか理解できない感覚だと思います。だけど、アメブロを通じてコメントをくれる人達は介護のことを経験してるし、私よりも看取りのことを経験していたりして、頂くコメントから色々とヒントが得られることもあり、とても感謝しております。1年も経過してないのに、160人もの多くの人たちにフォローしていただけるブログになり、とても感謝してますし、皆さんにたくさん元気づけられたし、困難を乗り越えることができました。色々な人に読んでもらって、気遣ってもらえてるのだろうというのをパソコンの画面を通して感じてます。2020年 令和2年 みなさんにとって良い年になりますように!今後ともよろしくお願いいたします。

  • 19Dec
    • やっと、納骨に行ってきましたの画像

      やっと、納骨に行ってきました

      まだ納骨してなかったのか!?と驚かれるかもしれませんが、納骨してませんでした。なんとも色々と諸問題がありまして。うちのほうは創価学会だったものですから、両親は創価学会のお墓を購入してたワケです。先日の記事にも書きましたけど、実家がお寺だったということもありまして、そして親戚が色々と横入りでクチを出してくるわけです。父親のお兄さんにあたる人です。その、実家のお寺の長男になりますね。もう、お寺なんて跡継ぎしてないので関係ないんですけどね。簡単にいってしまえば、真宗系の仏壇と墓を買えということです。そして、学会の方は、お墓を購入した代金は返金できない、お墓を使わないのであれば敷地を別の人に譲渡して使ってもらうための手続きをするという話です。が、学会側としては、うちの両親が生前にお墓を買ってるので、自分たちで学会の墓に入ろうと決めていたのだろうと、それも約25年前に購入してたようです。こういう、親戚とかの意見割れがもっとも嫌ですね。今まで介護で意見割れなんてしたことがなかったのですが、というよりも意見割れさせないようにしてきましたが結論としては、学会のお墓にしました。そして、手続きを済ませて、納骨をしてきました。学会のお墓でも良いんですが、池田という名前が使われてるので、ご本人様が亡くなったらどうするのかな?とか思ったりとか。名前が入ってると、なんだか、池田大作の御膝元のお墓なイメージがして仕方がありませんが、バリバリの学会員の人はそれが良いのかもしれませんね。ただし、お墓を購入した使用者(両親)が亡くなってるので名義変更で手数料が必要となります。2人分の戒名を彫る代金が必要となりました。料金は以下の通り埋葬手数料:24,882円故人名彫刻手数料:52,381円とにかく遠い。三重県というよりは、ほとんど伊賀に近いですね。園内に墓地用の敷地を増設してたので、まだまだお墓が増えそうな感じでした。2019年を締めくくる最後の仕事(介護)のように感じました。

  • 12Dec
    • 岐阜県 白山文化の里 長滝の画像

      岐阜県 白山文化の里 長滝

      前回の記事の記事の続きです。峠を下って、下山すると道の駅白山文化の里長滝があります。向かえ側には、長滝白山神社・白山長瀧寺があります。同じ敷地にお寺と神社があるという神仏習合の名残のあるお寺・神社です。まるで日本昔話に出てきそうな家屋です。ちなみに写真撮ってからフィルターとか使ってません。そのままの状態です。意外と紅葉のオレンジ色が映えました。この辺りは、白山信仰の中心地というか、白山信仰に関係のある寺院が多く、いろいろと歴史深い側面があります。こちらも紅葉で綺麗になることがあるのですが、今年は不発な感じでした。今、12月ですが、12月とは思えない暖かさですから。今年もあっという間に師走です。今年も残すところ数えられる程となりました。まだまだ、頑張ります!

  • 25Oct
    • 創価学会の仏壇とか御本尊の処分はどうするのか?

      うちの母親が創価学会だったということもあり、葬儀は友人葬でしたし、法要も学会の人達がやってくれました。なんでも創価学会で誰の葬儀なのか、誰の法要なのかというのが判らなくなってしまうようなこともありました。が、今は感謝してます。葬儀や法要なども大変なことですし、時間を要しますから、好き好んできてくれる人なんて少ないものです。そこを一生懸命やってくれる学会の人には感謝してます。さてさて、創価学会だった親の仏壇とかどうするのか?これが地味に問題となります。うちにも仏壇がありましたが、処分しました。仏壇引き取りとかに出すと料金が必要となりますが、面倒であれば不用品引き取りとかでも大丈夫です。不要となった箪笥などと同じように処分をしても良いとのことです。これは学会の人にも確認をしました。もっとも良いのは、仏壇の買い替えで、仏壇屋さんに引き取ってもらうのが良いみたいですが、学会の仏壇は特殊で他の仏壇屋さんでは扱ってくれません。学会専門の仏壇屋さんがあり、ちょっと割高な感じとなってます。私は、仏壇を不用品引き取り、遺品整理で引き取ってもらいました。他の箪笥なども引き取ってもらうときに一緒に持っていっていただきました。もちろん有償です。そして、仏壇のなかなの御本尊は極論を言ってしまうとシュレッダーにかけて捨てても良いみたいです。だけど、誰に話してもシュレッダーにかけて捨ててしまうなんて、そこまでやることはないと言われます。私もそう思います。御本尊の処分は、知り合いの学会員、または地区の会館に相談をすると良いです。供養料2000円くらいを添えて、持参して、引き取ってもらえます。うちの場合は、地域の地区会館に持参をしました。別に引き止められることもありませんし、何もありませんでした。以上が創価学会の仏壇、御本尊の処分です。地域によって異なるかもしれませんで、確認されると良いです。四十九日法要と創価学会関連サイトも併せて読んでみてください。私の別サイトです。創価学会だった親が亡くなったときにやること

  • 30Sep
    • 両親が亡くなってとても悲しくて寂しい

      5月14日に父親、6月21日に母親が亡くなりました。アメブロで介護のことを書こうとしたのですが、いつしか看取りのブログ内容となってしまいました。両親が亡くなったというのは、特別な哀しさと寂しさがあります。普通に生活をしているなかでも思い出して涙してしまうことが増えてしまいました。涙もろくなったというか、少しでも辛いことを聞いたりすると、直ぐに泣いてしまう自分が居ます。両親が亡くなってしまったという経験がある人じゃなければ理解できない感情なのかもしれません。私も昔は理解できなかった悲しさと寂しさです。短い期間に両親が亡くなったので、この広い家が余計に寂しくなりますし。窓から吹き込む静かな風に揺れるカーテンを見ていると、寂しくなってきますし、まだ父親か母親が居るのではないかと思うことがあります。両親が亡くなった寂しさというのは特別な感情があります。それは、きっと自分が父親と母親がいたからこの世に生まれてきたからです。そして、育てられて今まで生きてくることができたからです。両親が亡くなったという本当の意味は、この世の中で自分のことを本当に愛してくれて、理解してくれて、信じてくれた人が居なくなったということです。だから、寂しいのかもしれません。結婚していても、どんなに仲の良い親友が居ても、本当の愛とか信頼とかは築けないんじゃないだろうかと思ってしまうこともあります。むしろ結婚して、夫婦となって、夫婦の絆が強いというのは、尊敬します。血が繋がってないところでの本当の信頼というのは、人が生きていくうえでとても大切だと思います。両親が亡くなった後も、今までつながりのあった人から連絡がはいったり、手紙が届いたりします。父親に限っては、同窓会の案内が届いてましたので、きちんとお返事を書こうと考えてます。両親が亡くなって思ったことは、これで良かったのかどうか?うちの両親は、特別なにか大きなことを成し遂げた訳ではありませんが、会社、仕事関係の人達には必要とされていたようです。今なら判るのですが、自分が歳をとっていきながら、老後のことや将来のことを考えようと思っても、忙しい日々に追われてしまって、老後や将来のことや夢や希望などよりも、その日の出来事や辛いこと、大変なことを乗り切って、自分の子供たちを育てて、そして必死で生きていくだけで精一杯だったのかもしれません。気が付けば体力が落ちてるし、病気になりやすくなるし、意外とそれが普通のことなんだろうと、最近になって判るようになってきました。両親2人共、昭和18年生まれ、75歳でしたから、平均寿命より少し早いと言われることが多いですが、私もそのように思いますが、2019年が寿命のタイミングだったのだろうと考えるようにしてます。両親が亡くなってから、色々と整理しなければならなくて、口座の中身を見たりすることもあります。自分の子供に口座にどれくらいお金を入っているのかなんて生きてるときには、話すこともなかったから、口座の中身はあまり見ないように気をつかったりして、親としての威厳とか、尊厳みたいなものを残しておきたいと考えたりしてます。明日からは10月ですがんばります

  • 16Sep
    • 還付通知の画像

      還付通知

      御無沙汰しております。もう、9月となりました。お盆が過ぎると、1年もあっという間でしょうね。未だに市税、介護保険の還付通知書が届きます。還付されるわけなので、迷惑ではありませんが、亡くなった両親を思い出してしまうので、ジワジワと寂しさを感じることがあります。先に父親が亡くなって、翌月に母親が亡くなったので、還付通知も常に2人分が届くという感じです。市税の還付、介護保険の還付が届きます。還付も続けば、けっこうな金額となります。このお金をもとに両親の写真を引き伸ばして額縁に入れて飾ろうかと考えたりしてます。

  • 06Aug
    • 足の爪を切るボランティア女性

      やり過ぎたボランティアというか、ちょっといきすぎなボランティアの女性が居まして、思い出してました。父親が生前のときにはボランティア活動をしていたということもあり、色々な人との関りがありました。父親と仲良くしてくれていたのが、60歳代の女性でした。もちろん既婚で旦那さんが居ます。60歳代の女性をここでは、Mさんと呼びます。このMさん、かなり神経の図太い人なんです。父親がはじめて検査入院したときにもお見舞いに来ていました。普通にお見舞いに来ていただけるならば、こちらも有り難いのですが、Mさんは少しやり過ぎというか・・・嫌がる人が多いかもしれません、聞きたくなかったという人も居るかもMさん、見舞いに来てくれるのは良いのですが足の爪まで切ってくれるという献身的なのは判りますし有り難いのですが誰に聞いても足の爪まで切るのは考えられないと言ってましたましてや、うちの父親は結婚しています(当たり前かもしれませんが)たまたま、妻(私の母親)がアルツハイマー型認知症になってしまっていましたがアルツハイマー型認知症になっているから、他の女性を親密になっていても奥さんには何も言われないと思っていたのかMさんも結婚しており、旦那さんが居ます父親が抗がん剤治療を始めて、自宅療養をはじめたときには、Mさんは自宅まで来ましたからベッド脇で屈みながら手をさすってましたから介護現場での高齢者同士の恋愛だったのかもしれませんボランティアのMさん、やり過ぎな感じがするだけで人畜無害な人でしたけど苗字しか判らないしどこに住んでるのかも知らない旦那さん居るみたいだけど会ったことが無い不思議な人だったMさん、あなたは誰だったんですか?

  • 03Aug
    • 四十九日法要と創価学会

      詳しくは私の別ブログでも書いてますので参考にしてください。創価学会だった親が亡くなったとき仏壇やご本尊の処分のことも書いてます。参考にしてください創価学会の仏壇とか御本尊の処分はどうするのか?父親と母親が亡くなったタイミングが近かったので2人揃って四十九日法要をしました。四十九日法要ですが、家族・親戚だけで行う予定でしたが、結局のところ学会のやり方に沿って行いました。葬儀は創価学会の友人葬だったということもあり、四十九日にも学会のやりかたに沿って行いました。創価学会の場合、年に2回法要があります。夏のお盆近くでは、諸精霊追善勤行法要があり、秋には、彼岸勤行法要があります。うちは、夏の諸精霊追善勤行法要で地域の会館で四十九日をおこなっていただきました。もともと、うちのお婆さんがバリバリの学会員だったということもありましたから・・・。父親が5月、母親が6月に葬儀をしましたが、連続で友人葬をしたのですが、学会の人達の手際の良さに驚きました。身内よりも早く会場に来ていたりしますから、こちらも胸を打たれます。その後に選挙が控えていたということも影響していたかもしれません。選挙の方は、はっきりいってしまえば、ここまで手伝ってもらえたら、公明党に入れなきゃバチ当たる感じですから。あとは、学会の仏壇とかどうするのか・・・お墓も学会のお墓を購入してあるのですが、あまりにも遠いし。両親が学会だったけど、自分はあまり頑張って学会の活動してない、さて、これからどうしようか?こういう人ってけっこう多いみたいです。学会の仏壇というのは、一般的な仏具屋さんとかで仏壇じまいとかしてくれないらしいです。学会の仏壇は特殊? 扱いが特殊なんだろうと思います。あと、御本尊とかどうするのか?学会の区長さんに聞けば良いのですが、話が長いから聞きたくないという笑まだ、色々とまとめることがあるので頑張ります学会関連のことも書いていきます

  • 17Jul
    • 父親の写真を見て泣いてますの画像

      父親の写真を見て泣いてます

      父親の写真を見て泣いてます整理していると、色々なものがでてきます。昔の人は、やっぱり写真(プリント)が基本なので、アルバムなどが多く残っていたりします。1945年(昭和20年)ポツダム宣言通告、日本国民に日本が降伏したことを公表1952年(昭和27年)ンフランシスコ平和条約発行父親が小学校に入学したのが 1950年 昭和25年。この時代というのは、戦後復興期の真っただなかだったようで、小学校に入学するまでに色々なことがあったんだろうなと思います。父親の残された集合写真とか見ていても、他の子供たちも俯き加減な感じです。着ている制服もバラバラ、靴下すら履いてなかったりして、雰囲気から日本全体が貧しかったのが伝わってきます。上の写真は父親が小学校のときの写真です。今から約70年くらい前の写真となります。ある意味、貴重です。写真の裏面には1年と書かれていたので、1年生なんだろうと思います。父親は最前列の左から4番目です。父親は、田舎に住んでいました。実は、田舎のお寺の息子で、3人兄弟の末っ子でした。お寺は今もありますが、誰も継いでません。私も継いでません。父親はギターは弾くし、スキューバーダイビングやるし、昔はアクアラングといったらしいです。猟銃の免許(空気銃)も持っていたりと、楽しそうなことには、色々と手をだしていたようです。父親に限らず、母親もなのですが、昔の写真を見ていると、誰だったんだろう?と思います。不思議に感じます。自分の父親って誰だったんだろ?自分の母親って誰だったんだろ?どんな人だったんだろ?今は、父親と母親が立て続けに亡くなってしまって、色々な手続きの壁に阻まれてます。そのなかで気付いたことがあるので、また書いていくとおもいます。よろしくお願いします。

  • 07Jul
    • 母親の精神障害手帳の更新手続き完了してたの画像

      母親の精神障害手帳の更新手続き完了してた

      以前、精神障害手帳更新用の診断書を書いてもらおうと思ったところ、たらいまわしになりました。結果的には、診断書を書いていただくことができました。診断書を書いてもらえずにたらい回しそして、4月17日に精神障害手帳の更新手続きをしました。あれから、2ヶ月と少しを過ぎてから、更新手続きが完了した旨のお知らせが郵送で届きました。あれだけ、すったもんだしながら、書いてもらった診断書を提出していたので、その結果はどうなったのかは知りたいと思っていました。ただ、母親は既に死亡しているので、母親の精神障害手帳の更新を済ませたら、そのまま母親の精神障害手帳を返却するという流れとなります。母親の精神障害手帳が更新されると、これに紐づいて、医療福祉費支給制度(マルフク)が発行されます。医療福祉費支給制度(マルフク)がとても助かるのです。医療費が免除されます。100万円くらいの医療費でも免除されます。母親の1ヶ月の入院費用100万円が460円になるといっても、母親は既に死亡しているので、使用する場面もありませんし、全て役所に返却をすることとなります。医療福祉費支給制度(マルフク)というのは、各地域で呼び方が異なるかもしれません。後期高齢者福祉医療費助成と呼ばれているかもしれません。私の住んでいる愛知県では、要介護4、または要介護5と認定されて、三ヶ月以上経過している人、認知症で寝たきりになってる人、なども適用されることがあります。色々と審査があったり、診断書が必要となりますが、このような制度を上手に使うことも大切かなと思います。そんなことを書いているうちの母親の場合、精神障害手帳 等級1 があるならば、障害年金が貰えたはずなので、その手続きをした方が良かったよと言われたました。今は、母親が既に死亡しているので、申請もできませんが。意外と知られてないけど、とても助かる制度が色々あるのだと思います。そういったことを教えてくれるアドバイザー的な人が居るといいんですけどねなかなか難しいかもしれませんが

  • 04Jul
    • 胃カメラと内蔵の超音波検査

      今まで親の介護ばかりで自分のことが後回しになってました。先日、胃カメラと内蔵の超音波検査をしてきましたが、何も異常が無く、健康でした。最近、みぞ落ちが痛いと感じることがあったり、膀胱が痛いなと思ったりしていたのですが、何にも無かったですね。気にし過ぎだったようです。腎臓、膵臓、肝臓、膀胱、胃に関しても何も問題がありませんでした。しばらくは何も検査しなくても良いですよとのことで、ホッとしました。介護していると、自分のことが後回しになってしまうことがあります。自分の歯の治療の予約が後回しになったり、健康診断とかも適当になってしまったりすることがあります。介護する側の健康ってすごく大切だと思います。胃カメラの写真(閲覧注意)

  • 29Jun
    • カーテンで仕切られた病室の片隅での真実の画像

      カーテンで仕切られた病室の片隅での真実

      うちの両親はカーテンで仕切られた病室の片隅が最後の場所でした。あれで良かったのかなと思い起こしてしまいます。たまに、無理してでも自宅で看取るという人も居ますが、その気持ちはとても判ります。カーテンで仕切られた病室の片隅が、人生最後の時間を過ごす寂しさというか、なんだか邪魔者扱いされて死んでいくように思われているような雰囲気があるのは否めません。ただ、それしか方法がありませんでした。自宅で看取るのは難しいです。母親の場合、どうやって息を引き取ったのかはあまり判りません。実は、母親が亡くなった日の午前中にお見舞いに行っています。状態などを確認しています。点滴が入り難くなってきたという話しを聞いていたので、主治医の先生をお話をする時間をつくってください、先生に時間を聞いておきますので、後ほど電話をしますということで、午後5時39分に電話連絡を貰い、来週の火曜日に詳細説明ができますとのことでした。その後、仕事など用事をすませて帰宅をしました。そして、午後9時4分に連絡を貰って病院に向かったら、既に母親が亡くなっていました。死亡診断書は、午後9時21分です。なので、自宅から病院までは近いし、直ぐに向かえる距離でした。母親は、いつもの病室とは、別の個室に移動させられていました。酸素マスク、心電図モニターが取り付けられており、衰弱しているので延命努力はしましたという雰囲気が作られており、作られた看取りみたいなのを感じました。母親の身体に触れたら既に冷たくなってました。これって、死んでから3~4時間くらい経ってるでしょ?と聞いたら、看護師さんが「はい」と答えてました。痰吸引をしたのが、午後6時くらいでしたからと答えてました。なので、約3時間くらいの間に亡くなったんだろうと思います。認知症なので、自分でナースコールもできないし、誰かに気付いて貰わなければ、容態も判らない。見回りとか、体位変換するときに気付いてくれたんだろうと思います。個室とかを利用していて、気付かれることがなければニュースで報道されるようなことになるのかもしれません。この一連の流れのなかで矛盾を感じる人も居ますし、それはおかしいという人も居ます。色々と感じることは異なるかと思いますが、私としてはそれなりに丁寧に扱ってくれていたんだろうなとは思っています。カーテンで仕切られた病室の片隅で何が起きているのか、母親が何を想っていたのかは判りませんが、このような不安みたいなことを抱えることも介護だし、看取りななだろうと思います。

  • 26Jun
    • お悔やみの言葉&コメント有難うございます

      先月5月に父親、今月6月に母親亡くなりました。沢山のお悔やみの言葉&コメント有難うございます。本当にありがとうございます人が亡くなったという記事を書くのはどうかと思ったのですが、うちのブログを読んでいただいている方々への結果をお伝えするというのも礼儀だと思いましたので、書かせていただきました。私も大変な想い、辛い想いをされてきている人も居ます辛い出来事を思い起こさせるような記事で申し訳ありません。アメブロを読んで戴いている方々は介護を経験している人が多いです。だからこそ感覚が通じ合えるような気がします。実際にお会いしてなくても、経験していることが似ているので、感覚が通じ合えている気がします。逆に親族関係でも介護とか経験してない人は、意思疎通が難しいです。どっちが親族で、どっちが近しい関係なのかという・・・アメブロを読んでいただいている方々の方が近しい関係にあるんじゃないかと思っています。色々と本当にお気遣いありがとうございます。ブログの方は、まだ色々と書きたいことがありますので、書いていきます。母親の精神障害手帳更新の方もどうなったのか?本人が亡くなっても、手続きがどうなったのかを確認したいと思います。父親の方も亡くなった後から要介護4とれてたという通知も貰えているので、母親の精神障害手帳の方も結果くらいは判るんじゃなかろうかと思っています。

  • 22Jun
    • 母親が亡くなりましたの画像

      母親が亡くなりました

      アメブロで2回も訃報を書くなんてアメブロ運営側に注意されそうですが昨晩、母親が亡くなりました実は、6月に入ってからあまり良い状態ではなかったです点滴も受け付けない状態となっていました。手足が浮腫んでしまって、血管を探すのも大変な状態でした。なんとかして点滴をして入れて下さいとお願いしていました。今の時節は血流が悪くなるらしいですそういった影響もあるようです母親は目を閉じたままで亡くなっていたので眠いっている間に亡くなったようです父親の49日も終わってないので、もしかしたら呼んでた?2人も仲が良かったので、向うでも仲良くしてほしいです

  • 18Jun
    • 介護と精神障害手帳とマルフクと金儲けの画像

      介護と精神障害手帳とマルフクと金儲け

      紫陽花が綺麗に咲いてました。介護をしていくうえでの矛盾を感じています。以前も似たようなことを書いたのですが。うちの母親は、精神障害手帳を持っています。等級1です。これに紐づいて、医療福祉費支給制度(マルフク)が使えます。後期高齢者福祉医療費助成と呼ばれることもあります。医療費の負担を助成する制度で、ほとんど医療費が免除されます。母親の1ヶ月の入院費用100万円が460円になる実費となるものは、支払う必要があります。食事代とか、オムツとか、お部屋代とか。要介護4、要介護5となって、3ヶ月以上経過すると精神障害手帳の取得が可能になります。私が住んでいる市はそのような制度となってます。精神障害手帳を取得して、等級1となると、医療福祉費支給制度(マルフク)が使えるようになります。うちの母親の場合、平成27年に精神障害手帳を取得しているので、もっと前から医療の方で対応した方が金銭的にも負担が軽くなるし、母親への負担も少なかったかもしれないなと思っています。デイサービスに通っていても、ショートステイを利用していても、風邪ひいたり、誤嚥したら、家族が引き取りに行って病院に連れていかなければいけません。医療福祉費支給制度(マルフク)の仕組みをもっと早く知っていたのであれば、もっとはやく介護療養型医療施設に入れたかもしれない。すれば、母親の負担も少なくなるし、金銭的な負担も軽減される。というよりも、医療福祉費支給制度(マルフク)というのは、医療費の負担を助成する制度なので、金銭的な負担を減らせて当たり前で、そのための仕組み。今更、後悔しても仕方がないんですが周りの人達、デイサービスの人とか、ケアマネさんからは、医療福祉費支給制度(マルフク)に関するアドバイスが無かった。どうして教えてくれなかったのかと聞くと返答は皆おなじ、私たちは介護なんで、介護保険のことは判るけど医療の方は判らないから~という返答。ほぼ、全員が同じ返答をします。判らなかったら辞めれば良いのにうちの母親は、数年前から誤嚥はしていましたし、何度か誤嚥をして、救急車を呼んで、入院をしました。そして、退院先を見つけてもらって、今の病院に入院することができました。なので、誤嚥をしているから、もともと特養とか有料老人ホームとか入れなかったんじゃないのかなと思ったりして、だったら、なんで見学なんか行ったのかなと思ったりして特養と有料老人ホームの見学と面談なんか不毛なことしてきたと思ってます。介護とか医療とか、色々な仕組みがあるけど、恩恵を受けられるのは、知識がある人間だけなのかもしれません。うちの場合は、父親が癌で母親がアルツハイマー型認知症で、両親介護しなければいけないということで、たまたま、身軽に動ける私が居たので、ネットで調べたり、知り合いの先生に聞いたり、市役所にいったり、市民病院の相談員に話を聞いたりということができました。だけど、私のように年齢が40代で身軽に動ける人ばかりじゃなくて、既に介護が必要そうな人が、介護をしていたりして、周りの人達の言われるがままになっている高齢者も居るはずです。実は、もっと負担を減らせられるのに、辛い状況のままで介護をしているんじゃなかろうかと、心配になってしまいます。認知症が酷くなると精神障害手帳が取得できるとか謳ってるデイサービスとか施設があります。もちろん、取得できるので正しいのですが、精神障害手帳を取得した後はどうするの?どんなメリットがあるの?そういったことをきちんと伝える必要があると思います。精神障害手帳を取得してマルフクが使えるようになったら、うちのデイサービスを辞めてもらって医療の方でやれば、金銭的な負担を減らすことができますよ!と伝えられる勇気を持って欲しいですね。残念、ビジネスだから言えないのかもしれないきっと自動車税が免税となりますNHK受信料免除されますこの2点を強調してきます要介護5だったら月額36万円使えるから、大きいに決まってます。こちらの支払いは36000円+実費(オムツ・食事代など)合計60000円~70000円くらいでしょうか。うちもそんな感じの金額でした。マルフク使ったらもっと金銭的負担を減らせます。判っていて、何も言わないのは酷いです。というよりも、バカにしてるとしか思えません。精神障害手帳とか申請する代行手続きで弁護士とか、司法書士とか、行政書士を活用するとか紹介しているところもありますが、自分でできますから。役所に行けば、必要書類に記入しなければいけない項目がありますが、穴だらけでも、役所の人が埋めてくれますから。高齢者というのは、親切にされると、どうしても話を聞いてしまいます。その気持ちは判ります。高齢者というだけで、なんとなく社会のお荷物的な存在となっているので、本人たちもそういった雰囲気を肌で感じているはずそこに親切な人が来たら、話を聞くに決まってる。特養とか探してるんだけど、すっごい親切で良い人に説明してもらえた~とか言ってるんですが、親切に決まってますよビジネスですから、金儲けですから包括とかも頼りないのでどこか、本当に信頼できる人を見つけることが大切かなと思います

  • 17Jun
    • 母親の着替えやオムツに関しての画像

      母親の着替えやオムツに関して

      みなさん、おはようございます!久しぶりの投稿です。父親が亡くなって公的機関への手続きと、時節的に税金、年金、保険料を支払う時期なのですが、色々と変化があったので公的機関への手続きが増えました。会社でいうところの算定基礎みたいなものでしょうか。最近は、公的機関がお話相手?みたいな感じになりつつあります。そんな話はさておき介護療養型医療施設に入院中の母親ですが、パジャマ、肌着、オムツなどを頻繁に取り替えてくれているらしく、こちらが洗濯して、持ち込むタイミングと合わなくなってきました。気温が高くなってきて、着替えなどの回数を増やしてくれているようです。体位の変換もこまめにやってくれています。着替えの方は、こちらが洗濯して持ち込むのが追い付かなくなりつつあるので病院側が用意してくれる、パジャマ、肌着などを契約しました。コストが発生しますが、介護してくれる人、介助してくれる側がその方がやりすいだろうと思ったからです。そして、常に着替えがあれば安心ですし、パジャマや肌着を紛失する心配もありません。こういうことって、すごく大切だと思います。最初は、オムツだけ病院側が用意するものに契約をしていましたが、けっきょくは一式契約をしています。その方が、こちらも助かります。ぶっちゃけ介護用のパジャマ、寝間着などは、意外と値段が高いです。先日、買ったばかりのガーゼの寝間着なんて、6500円くらいします。介護用のパジャマ、前開きでマジックテープになっているのですが、上下6000円くらいします。上の写真は1回しか着てない寝間着です。なんか勿体ない値段はあまり気にしないのですが、認知症だからといって、安くて、適当なパジャマを着させてくないという思いがありました。それくらいの価格のパジャマを5着持っていて、洗って、持ち込むという労力も必要となります。今は、パジャマ、肌着、オムツ、歯ブラシ、洗口液、リップクリーム、フェイスクリームなどなど細かなアイテムなども含めて、日額1000円くらいです。30日で30000円くらいとなります。入院費は別です。母親の場合、医療福祉費支給制度がつかえるので入院費(医療費)は免除されますので、実質30000円くらいで済みます。デイサービスに通ってたときよりもコストが抑えられますし、特養や有料老人ホームに入居したことを考えると、6分の1くらいのお金で済むので助かります。医療福祉費支給制度があるから、もっと金銭的に抑えられるかなと思ったのですが、意外とコストはかかります。今週もがんばります!

  • 08Jun
    • 新しい寝巻を買ったの画像

      新しい寝巻を買った

      新しい寝巻を買ったのでもっていきました。ちょっと奮発してガーゼの寝巻です。意外と寝巻って高いんですよね。浴衣みたいな、着物に近いからなのかこの時期は、汗をかくので、パジャマや肌着を着替えさせてくれる回数も多いみたいです。なので、パジャマや寝巻のストックは必須ですね。自分で寝返りうてないので、定期的に体位を変えてもらっています。そのときにクッションを使って、身体を支えたり、脚にクッションを挟んだりします。そのクッションも新調して持っていきました。点滴をする手も痛々しい感じがします