帰らない黒猫
(′・ω・)第七話、のびのびとした猫(そのなな)
いつから寝ていたのか判らない。気がついたときには世界が逆様で、半分、頭が埋もれていた。
「お?黒、起きたか。」
不意に、弥勒の声がする。身体をねじって起きればいいものを、私は、なぜか面倒に思い、そのまま頭をするように右へ向けた。なぜか、そこには呆れ返った顔があり、良く見れば、何か書物を読んでいたのか、机が散らかっている。
「お前も、最近は随分と大人しくなったよな。つーか、まんま猫だし。まぁのびのびとした猫が嫌いなわけじゃないが・・・。太るぞ?」
「あぁ、そうかもしれんな。と言うよりは、夏そのものが悪い。じりじりと私の自慢の毛を逆なでにするからな。あれには耐えられん。」
「あぁ、わかるわぁ。帽子かぶんねーと、俺でもなるからなー。」
「弥勒はいいさ、頭だけだろうから。私は全身だぞ?まったく、生体に戻ってから面白いことは面白いが、こればっかりは後悔に尽きん。」
苦笑いを浮かべる彼は、どこか淋しそうに見えた。ふと、何かが突っかかり、考えてもいなかった言葉が、ぽろりと抜け落ちた。
「なにか、遇ったのか?」
そういうと、彼の顔が次第に夕陽の影に沈んで、良く見えなくなった。そうこうしているうちに私の視界からも消え、散らかった机と、窓から入る夕陽。そして、彼のおもっ苦しい声だけが存在していた。
「いや、な?俺の親友いるだろ?」
「あぁ、あの小バエのように五月蝿い奴か?」
「小バエ?・・・・。まぁいいや。そいつに呼び出されて、今日海に行く羽目になったんだけど・・・。」
「そういえば、配達終ってから、用があるってそそくさと居なくなったな。」
「うん、まぁ・・・。」
「ただ海にいくだけで、其処まで暗くなることなのか?」
「違うんだよ・・・。」
「何が?」
「おまえなぁ・・・。その何だ。こう・・・。」
「はぁ・・・じれったい。さっさと言え。いつものお前らしくない。毛が波だって気持ち悪くなる!」
なんとも言えない間が空いて、私の眉間が、徐々に狭くなっていく。
「告られた・・・。」
「は?なに?どうしたって?」
「女子に、告白された・・・。」
「・・・・・・・・・・・。ん?嬉しい、こと、じゃないのかそれは。」
「・・・・・・・・・・・。うん。まぁ、そうなんだけど。」
うねうねと、篭る弥勒の声に、我慢できなくなり、私は、身体を捻り、頭を持ち上げた。弥勒は、椅子に座ってはいたものの、深く腰を曲げ、不自然な体制でブツブツと何かを言っている。私は、大きく腹を膨らませ、一気に潰した。
「くだらない。何を悩む必要がある。受けてしまえばいいだろう。悩むことと知ることは後回しにすればいいだろう。」
「そうでもないんだよ・・・。そう簡単でもないんだ。俺の中ではな。もし仮に他の女子だったなら、それで済むのかもしれないんだ。ただ、彼女だけは・・・無理だ。あの時のことが、交差して気持ち悪くなる。」
「だったら、断ればいいだろう。苛苛するな。」(あの時のこと?)
それから、言葉を互いに溢すことなく、静寂ばかりがこの空間を満たしていった。
次の日、弥勒は、元通りになっていた。まるで、昨日のことが無かったかのように。配達をし、宿題をし、私を小ばかにし、そして、寝る。一体、昨日のあれはなんだったのか。背中を見つめるたびに、首を傾げるしかなかった。