大阪に大阪府高齢者大学校という組織があり、その中の講座に「戦国武将の生き方に学ぶ科」というものがあり、年2回ですが、私が教壇に立っています。来年、創立10周年を迎え、新たにお城をメインにした講座を立ち上げるということで、今年秋の私のテーマは「戦国武将の城づくり―築城名人は誰だ―」としました。

講座終了後、運営の中心となったメンバーと簡単な打ち上げをやっているのですが、皆、私が地酒に執心だということを知っていて、毎回、珍しい地酒を用意してくれていて、それが楽しみでもあります。

今回、兵庫県宍粟市の山陽盃酒(株)の「仙櫻」が用意されていました。これは、史跡明延鉱山で貯蔵熟成したお酒ということで、何となく歴史も感じ、ありがたくいただきました。また、滋賀県草津市の太田酒造(株)の「道灌」も名前にひかれました。聞くと、酒蔵の主人が、太田氏ゆかりとのことでした。

 

講演の前、少し時間がありましたので、ちょうどいま大阪城天守閣で開催中の特別展「幕末大坂城と徳川将軍」も見てきました。幕末大坂城の湿板写真は本で見たことはありましたが、本物ははじめてです。大阪城天守閣所蔵写真だけでなく、宮内庁書陵部所蔵の写真、長崎大学図書館所蔵写真も展示されていて見ごたえがありました。会期は今月26日までです。

織田信長ゆかりの市・町で構成される織田信長サミットが今年は静岡県富士宮市で開かれました(詳細はこちら)。富士宮市の西山本門寺に「信長首塚」と伝えられる場所があり、また、天正10年(1582)3月11日に武田家を滅ぼしたあと、信長が富士遊覧をしたことが『信長公記』にくわしく記されているからです。

富士宮市在住の女優工藤夕貴さんの歓迎の挨拶でサミットがはじまり、その記念講演として作家の安部龍太郎さんが「信長とその時代」というタイトルで、私が「天下人信長の富士遊覧~信長の足跡を辿る~」というタイトルで話をしました。

信長が足利将軍家を強く意識していたことと富士遊覧とのかかわりを掘り下げました。3代将軍足利義満、6代将軍足利義教が富士遊覧に来ていることとあわせ、天下一の山富士山と天下人としての自分を重ね合わせようとしたのではないかと考えました。

終了後、サミット出席の各市・町の首長をまじえて情報交換会がもたれ、富士宮の造り酒屋4軒の地酒がふるまわれました。本当は4種とも呑みくらべをしたかったのですが、時間の都合で、富士正酒造合資会社の「富士正」と牧野酒造合資会社の「富士山」を呑ませていただきました。