来る12月9日(土)の10時から12時まで、岐阜城の信長居館址の発掘調査現場において、発掘担当者による現地説明会が開かれます。

今回の発掘は通称C地区とよんでいるところで、居館の中枢部と考えられているところです。庭園と、カーブ状の珍しい石垣が姿をあらわしました。

昨日、公開に先がけ、城跡整備委員の一人として現地を見てきましたが、池の石が色とりどりで、信長の美的な面も感じました。また、おびただしい数の瓦片が出土し、そこが居館の中心部だということもわかってきて、もしお時間がありましたら、多くの人に是非見てもらいたいと思いました。

なお、同日午後2時から静岡県地域史研究会の12月例会が静岡市内のセノバ(旧新静岡センター)前の静岡県教育会館で開かれます。報告は山本倫弘氏の「給主からみた伊勢神宮領荘園の構造」と、私の「野田浩子著『井伊直政』を読んで」です。野田さんの新著を取りあげ、現在の井伊直政研究の到達点についてお話しします。ちなみに、私の報告は15時20分ごろからですので、岐阜の現地説明会に参加の方でも聴講可能な時間です。こちらも多くの方においでいただければと思います。会員外の方も歓迎です。無料です。

講演で、はじめて秋田県の由利本荘市に行きました。そこには、本多正純が左遷されて一時入城していた本荘城があり、以前、横手市にある正純のお墓に行ったとき、時間の都合で行けなかったので、今回、同地に一泊して行ってきました。

本荘城は尾崎城ともいって、戦国期には由利氏の家臣が守っていましたが、関ケ原合戦後、最上義光が庄内三郡と由利郡を与えられ、ここに家臣の楯岡満茂を入れ、現在の城域はこのとき築かれたものと思われます。本丸・二の丸がよく残っていて、正保城絵図をコピーして歩くと、まさにそのままでした。本丸に修身館という施設があり、入場無料で、そこに発掘調査の出土品や、絵図がパネルで展示されていました。

 

講演会後の懇親会にも出席させていただいたのですが、由利本荘とお隣のにかほ市は秋田の中でも酒どころで、何軒もの酒蔵があり、この日は由利本荘市の天寿酒造(株)の「天寿」、(株)斎彌酒造店の「雪の矛舎」、にかほ市の(株)飛良泉本舗の「飛良泉」をいただきました。利き酒のようになってしまいましたが、どれもおいしかったです。

 

岡山城の本丸と表向(中の段)の間にあった不明門は明治になって取り壊されていたのですが、昭和41年、鉄筋で復元されました。しかし、これまで、内部は非公開でした。

岡山市はこの不明門の有効活用を企図し、この度、「岡山城不明門歴史講座」というものを不明門を会場に開催することになり、その2回目の講師として招かれ、先日、「岡山城主宇喜多秀家と関ケ原の戦い」という演題で話をしてきました。

私も不明門の中に入ったのは今回はじめてでしたが、多くの市民の方も初体験ではなかったかと思います。城内で講演ができるということでうれしかったです。また、大森岡山市長が、市長という立場でなく、一聴講者として参加されていたのにはびっくりしました。