静岡県教職員互助会組合の一泊研修旅行で、昨年9月に開催される予定だったのが、あいにくの台風で延期となり、先日実施されました。

関ケ原の東西両軍、武将たちの主な陣所を案内したわけですが、私も加わっている「関ケ原古戦場グランドデザイン・フォローアップ懇談会」が中心になって製作した案内板が充実していて、これまでより説明がやりやすくなりました。訪れた人に聞いても、大きさ、説明文字数、内容とも、好評でよかったです。

その日は長浜市に泊まり、翌日、佐和山城に登りました。今回、参加者が多く、バス2台となったため、地元のボランティアガイドの方にも同行願いました。本丸の下、通称、女郎谷のところの看板がなくなっていましたが、彦根ボランティアガイド協会の宮嶋会長の話で納得しました。以前、そこで、お線香をあげる人が多く、山火事の危険があるということで撤去したとのことでした。

長浜で私のお気に入りは「七本槍」ですが、泊まったホテルで出たのは長浜市の佐藤酒造(株)の「六瓢簟」でした。「七本槍」より少し甘口といった感じですが、おいしいお酒です。

彦根市のサンライズ出版からシリーズで『○○の山城ベスト50を歩く』と、県別の城跡案内書が出ています。タイトルは山城ですので、山城が中心ですが、その終わりの方に番外編として平城も載っています。

『三重の山城ベスト50を歩く』を読んでいて、平城の松ヶ島城のところに、地形や地名を追いかけると織田信雄時代の城と城下町が浮かび出てくるという記述をみつけ、いつか行きたいと考えていました。

幸い、先日、松阪市で講演があったので1泊し、その本に載っている地図をコピーして、城と城下の痕跡を探しまわりました。

天守台跡に人がいて、話をしているうちに、その人が松ヶ崎まちづくり協議会の会長をされている山本均さんだとわかり、来訪目的を話したところ「ちょうどいい資料がある」と手渡されたのが「三重県指定史跡松ヶ島城跡」という、同会が編集したパンフレットでした。そこに、明治初頭頃の松ヶ島村の絵図が載っていて、それを現代の地図に重ね合わせた「今も残る松ヶ島城の痕跡」という地図が掲載されていました。これによって、現在、田や畑になっているところに堀があったり、城下町が形成されていたことがわかり、その地図を片手にかつて繁栄していたころの様子を偲ぶことができ、有意義な一日でした。

姫路城を守る会の創立50周年の式典が開かれ記念講演として「城郭史上の姫路城の歴史的位置」と題して話をしてきました。戦う城としての数々の工夫とともに、魅せる城としての完成度の高さについてふれました。

講演の前に、関係する個人および団体に感謝状が贈られるセレモニーがありましたが、ボランティアガイド、清掃など、実に多くの人によって姫路城が守られてきたことがよくわかりました。講演の中では、明治初期の中村重遠大佐による保存の取り組みを紹介しましたが、現在も多くの人によって姫路城が守られていることを知り、うれしくなりました。

この日は、早めに姫路入りをし、姫路における私の大好きなスポットの一つである「イーグレひめじ」の4階、イーグレ キャッスル ミレで、正面に姫路城を臨みながら昼食を取りました。