9月29日(土)から11月25日(日)までの日程で、京都国立博物館において「特別展 京のかたな」展が開かれています。うたい文句に「京博初の刀剣特別展!」とあるように、はじめての大規模な刀剣展で、国宝・重文など、ふだん見ることのできない刀剣がおよそ200点集結しています。その中に建勲神社所蔵の「義元左文字」が含まれていますので、先日、今川義元公生誕500年祭推進委員会のメンバーと視察に行って参りました。

中に入るのに70分待ちで、20代・30代と思われる女性が多いのにびっくりしました。平日の午前中でそうした状態ですので、土・日はもっとすごいと思います。午後、建勲神社にもお参りさせてもらったのですが、そこにもたくさんの「刀剣女子」がいました。その日、織田信長の愛刀「薬研藤四郎」の再現刀が一般公開されるからということでした。こちらは義元とは関係ないので、今回は、それを見ずに帰ってきました。

一つ前のブログで紹介しました、駿府城の中村一氏時代の天守台が発掘調査で見つかった件で、ついさきほど、急遽NHKの「ニュースウォッチ9」の取材を受けまして、今夜21:00~22:00の番組内でそれが放送されるとのことです。

 

なお、明日18日(木)は、20:00~NHK-BSプレミアム「英雄たちの選択」~北条早雲 下剋上成功の秘密~の再放送が、

21:00~同じくNHK-BSプレミアムにて「ザ・プロファイラー」~前田利家 はみ出し者の出世術~が放送されます。

 

今朝の新聞各紙の報道ですでにご承知かもしれませんが、現在、駿府城公園の大御所時代駿府城の天守台発掘現場から、その前の中村一氏時代の天守台が見つかりました。

中村一氏時代と断言できるのは、石垣の積み方が大御所時代の駿府城とはちがって野面積だったのと、大量の金箔瓦が出土したことです。家康の城には金箔瓦は使われていませんので、天正18年(1590)から慶長6年(1601)まで在城した中村一氏・一忠時代のものと思われます。

市による記者会見の前に現場を見させてもらい、意見を求められましたが、これまで、中村一氏時代の城についての情報が全くなく、私は「完成したばかりの五ヵ国時代の家康の城をそのまま使っていたのではないか」と漠然と考えていたのがまちがいだったことがわかりました。豊臣政権の威厳を見せつけるねらい、つまり、関東へ追いやった家康に対する豊臣政権の示威だったのではないかと考えました。市は今月20日、21日の両日、午前9時から午後4時まで、現場を臨時公開するそうです。電話での問い合わせは054(221)1085の市歴史文化課にしてください。詳細はこちら