城友会という、私が卒業した東京の私立城北高校の卒業生が中心となる史跡めぐりを目的とした会があり、今年は千葉県の3つの城、土気城・久留里城・大多喜城に行ってきました。
土気城は『土気古城再興伝来記』という史料によって、兵農未分離状況の下での兵の招集の実態がわかるとして有名なところです。城から鐘・太鼓・法螺貝が一斉に鳴ると、農作業をやめて家にもどって待機し、次に鐘が鳴ると兵糧の準備をし、次に太皷が鳴ると武装して待機し、法螺貝が鳴ると城に入るというしかけです。本曲輪・二の曲輪がよく残っていて、「兵たちがここに駆けつけたんだ」との思いで遺構を案内しました。
久留里城は土屋忠直が入った城で、私も土屋忠直のことはよく話をしますので、時折、訪ねています。武田遺臣土屋惣蔵昌恒の遺児で、昌恒が武田勝頼の自刃までつき従ったことで、徳川家康が感服し、「忠臣の子は忠臣になる。昌恒の子をさがせ」と命令したことでも知られています。結構急な登りで途中でギブアップした人も出ました。
最後の大多喜城は本多忠勝が10万石で入って、新しく築き直した城で、「続日本100名城」の1つです。城への道路脇に、「本多忠勝・忠朝を大河ドラマに」という幟が何本も立っていました。以前は1本もなかったので、昨年、同じく徳川四天王といわれた井伊直政が大河ドラマ「おんな城主 直虎」によく出てきましたので、その影響で動きだしたのかもしれません。
