先日、金沢市で講演の仕事があり、福井に前泊し、前から行きたいと思っていた坂井市の称念寺と豊原寺を訪ねてきました。
称念寺は明智光秀が美濃から越前に落ちのびて行ったとき、その門前に居住していたことが明らかになっています。「遊行三十一祖京畿御修行記」という史料で、そこに「惟任方もと明智十兵衛といひて、濃州土岐一族牢人たりしが、越前朝倉義景を頼み申され、長崎称念寺門前に十ヶ年居住」とあります。門前のどのあたりに住んでいたのか、寺のまわりを調べてまわりました。
豊原寺は、天正3年(1575)の織田軍による越前一向一揆との戦いで織田軍の前線基地となったところで、「豊原三千坊」といわれています。地元のタクシーの運転手も「麓の豊原寺までは行ったことはあるが、上は行ったことがない」とのことで、狭い林道を行けるところまで行ってもらい、三千坊跡まで行くことができました。
