ミネルヴァ書房の日本評伝選の1冊『黒田如水』が2刷になりました。2刷にあたって訂正した箇所がありますので、1刷を買っていただいた方にお知らせしておきます。

196ページの「豊前六郡」の図、仲津郡の位置がまちがっていたので訂正しています。1刷の図で、下毛郡の北に中津郡を入れていましたが、正しくは、京都郡の東に仲津郡となります。字も中津郡ではなく仲津郡です。

もう1箇所は、308ページの年表で、英賀合戦を天正4年(1576)としていましたが、天正5年(1577)です。

黒田如水―臣下百姓の罰恐るべし (ミネルヴァ日本評伝選)/小和田 哲男
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BS朝日テレビで2011年1月に放映された「日本の城ミステリー紀行―信長の城革命―」の上映会が東京のアーバンドックららぽーと豊洲 にあるユナイテッドシネマ豊洲 で開かれ、上映にあわせて開かれた講演会に行ってきました。この放送は坂東三津五郎さんが案内役で、私もインタビューに何度か出ているもので、当日は「城の歴史を変えた信長」という話をしました。

小さなテレビ画面で見るのとちがって、映画の大きな画面となると迫力があり、安土城のCGを見ていると、実際このような城があって、自分がそこに立っているような錯覚になりました。

今回、私は、主に石垣と天主にしぼって話をしましたが、ちょうど、今、発掘中の岐阜城から石垣が出土している状況にもふれることができて、いいタイミングだったと思います。

アーバンドックららぽーとという場所ははじめてだったので、早めに行って、中の店を見て歩いたのですが、書店あり、飲食店あり、ペットショップもあり、びっくりすることだらけで“おのぼりさん”でした。

昨日、岐阜市主催の第5回信長学フォーラムのため、岐阜に行ってきました。前日、戦国史研究会総会と400回の記念の例会ということで私が例会報告をし、そのあと懇親会にも出たので、帰りは遅くなりました。ゆっくり寝ていたかったのですが、昨日は浜松駅周辺の不発弾処理のため、8時すぎの新幹線がストップするということで、その前に浜松をぬける必要上、早めに起きなければならず、大変でした。

信長学フォーラムは講師として登壇するのは2回目になり、その都度、勉強になります。ちなみに、今回は定員600名のところ、全国から1600名の応募があったそうです。ベストセラー『信長の棺』の著者加藤廣さんの講演があったからでしょう。パネルディスカッションのテーマは「本能寺の変の真実に迫る」でした。

いずれ、岐阜市から報告集が出ますので、詳細はそれに譲りますが、加藤さんのお話から印象に残った点を2つだけご紹介しておきます。1つは、黒人ヤスケについてです。加藤さんのいうには、当時、ヨーロッパ人は黒人を奴隷として見ていた。だから、宣教師が黒人を信長に与えたとき、奴隷として与えたはず。しかし、信長は、その奴隷にヤスケという名前を与え、武士の身なりをさせて仕えさせたというのです。黒人奴隷に対する偏見をもっていなかったという指摘、なるほどと思いました。

もう1つは、「是非に及ばず」です。私は、その意味するところ、明智軍に包囲されたときの信長の気持ちをお話ししたのですが、加藤さんに、「その台詞は本当か」「全員死んだはずなのに、その言葉を誰が聞いたのか」ときりこまれてしまいました。そういえばそうだなーと思った次第。もしかしたら、あれは『信長公記』の作者太田牛一の創作だったかもしれません。