昨日、岐阜市主催の第5回信長学フォーラムのため、岐阜に行ってきました。前日、戦国史研究会総会と400回の記念の例会ということで私が例会報告をし、そのあと懇親会にも出たので、帰りは遅くなりました。ゆっくり寝ていたかったのですが、昨日は浜松駅周辺の不発弾処理のため、8時すぎの新幹線がストップするということで、その前に浜松をぬける必要上、早めに起きなければならず、大変でした。
信長学フォーラムは講師として登壇するのは2回目になり、その都度、勉強になります。ちなみに、今回は定員600名のところ、全国から1600名の応募があったそうです。ベストセラー『信長の棺』の著者加藤廣さんの講演があったからでしょう。パネルディスカッションのテーマは「本能寺の変の真実に迫る」でした。
いずれ、岐阜市から報告集が出ますので、詳細はそれに譲りますが、加藤さんのお話から印象に残った点を2つだけご紹介しておきます。1つは、黒人ヤスケについてです。加藤さんのいうには、当時、ヨーロッパ人は黒人を奴隷として見ていた。だから、宣教師が黒人を信長に与えたとき、奴隷として与えたはず。しかし、信長は、その奴隷にヤスケという名前を与え、武士の身なりをさせて仕えさせたというのです。黒人奴隷に対する偏見をもっていなかったという指摘、なるほどと思いました。
もう1つは、「是非に及ばず」です。私は、その意味するところ、明智軍に包囲されたときの信長の気持ちをお話ししたのですが、加藤さんに、「その台詞は本当か」「全員死んだはずなのに、その言葉を誰が聞いたのか」ときりこまれてしまいました。そういえばそうだなーと思った次第。もしかしたら、あれは『信長公記』の作者太田牛一の創作だったかもしれません。