静岡に静岡県社会人体育文化協会(略称:体文協)という団体があり、これまで12年かけて、現存天守12城を毎年1つずつ攻略してきました。それが昨年終わり、この旅行も終了と思っていましたら、「今年もどこか行きたい」ということになり、城ではないのですが、戦国時代に大きな力をもった戦国宗教勢力の高野山と根来寺を案内することにしました。

高野山では代表的な金剛峯寺、苅萱堂、それに奥の院の大名墓石群をみて、宿坊の福智院に泊まりました。そこは温泉付で、これまで持明院とかいくつかの宿坊に泊まりましたが、温泉付ははじめてでした。

翌日、まっ先に高野山霊宝館 に向かいました。そこではちょうど、平成25年度秋期企画展「徳川家と高野山」が9月28日からはじまっていて、ふだん展示されていない宝物類をみることができました。うれしかったのは、「徳川家康ゆかりの武将たち」というコーナーが設けられていて、ふだん、本物をみることができない、山内各寺院所蔵の武将の肖像画を一度にたくさんみることができたことです。

持明院の武田信玄像、武田勝頼妻子像、蓮華定院の真田昌幸像などは、よく写真ではみますが、本物を間近にみることができたのははじめてでした。

そのあと、真田庵により、真田昌幸墓にお参りしたあと、根来寺に行き、帰ってきました。

高野山は聖域なので、般若湯を少しいただいた程度でしたので、帰りのバスでは名阪国道の関宿パーキングエリアに寄ってもらい三重の酒(初日)を手に入れました。初日の醸造元である津市久居本町の油正 は以前酒造見学に行ったこともあり、私の好きな酒の一つです。

過日、徳川みらい学会 の特別企画第1回として、家康ゆかりの禅寺をめぐるバスツアーが行われ、私が案内役をつとめました。

最初に訪れたのは袋井市の可睡斎です。この珍しい寺院名が家康にかかわっています。家康がまだ竹千代といっていた時代に世話になった等膳和尚が、後年、家康に招かれ会見している場で、長旅の疲れから居眠りをしてしまったとき、家康が和尚に、やさしく、「眠るべし、眠るべし」と声をかけたからといわれています。この日、佐瀬道淳斎主から、可睡斎にまつわるいろいろな話を聞くことができました。私は、以前から、東陽軒といわれていた可睡斎より、森の大洞院の方が寺の格としては上だったのに、なぜ可睡斎が僧録司に指定されたのか疑問に思っていましたが、佐瀬斎主は大洞院は輪住制だったから指定されなかったとのお話で納得しました。

可睡斎のあと、静岡市の臨済寺を訪ね、中をすみずみまで案内してもらい、最後に興津の清見寺を訪ねました。

静岡県に静岡県教職員互助組合という団体があり、私も在職中はその組合員で、一時期、理事をつとめたことがあります。その会で、昨年から研修旅行の同行講師を依頼され、今年は、来年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の予習をしようということになり、「黒田官兵衛の足跡を訪ねて」と、官兵衛ゆかりの地を1泊2日で訪ねてきました。

主な見学場所は、有岡城・三木城・御着城・姫路城・上月城です。1日目は天気はよかったのですが、2日目は台風18号の接近で、姫路城・上月城は雨の中の見学となってしまいました。上月城は比高100メートルの山城ですので躊躇したのですが、以前訪ねたとき、急な斜面は木の階段ができていたので、思いきって全員を登らせました。「一度行ってみたかった」という人が多くいて、少し無理した感じでしたが、雨の中でも登ってよかったと思いました。

今回の旅行の、私にとっての収穫は、姫路城のネクタイを購入できたことです。姫路城の売店にも、大手門前のみやげもの屋さんにも売っていなかった姫路城の絵入りのネクタイが、泊まった「姫路キャッスルグランヴィリオホテル 」に売っていました。いつか、このネクタイを締めてテレビに出ることもあるかと思います。