柳営会という幕臣の子孫の会があり、年に1回、徳川宗家をお招きして懇親会を開き、お互い懇談し、宗家の恒孝氏との絆を強めています。その懇親会に招かれて先日、行ってきました。

恒孝氏とは、関ケ原のあと、『週刊朝日』のトークショーでもご一緒させていただき、お会いしたとたん、「関ケ原をご案内いただきありがとうございました」と先にお礼をいわれてしまいました。

お茶出しをして下さった女性が、「本多と申します。本多作左衛門の子孫です」といわれたのにはびっくり。ひとしきり、作左衛門の話になりました。

また、当日、出席されていた子孫たちの中に、意外と、今川、武田の家臣だった人が多いのには驚きました。興津氏、鵜殿氏は今川家臣で、その後、家康に仕えていった人々です。

先日、彦根市のひこね市文化プラザ で講演(歴史手習塾 )があり、彦根市在住の教え子の鈴木達也君から「いま、彦根城博物館 で特別展をやっています」と連絡があったので、早めに行って、見に行ってきました。写真版では見たことがあったのですが、本物の「御城下惣絵図」が展示されていて感動しました。

この図は天保7年(1836)の製作で、6枚に分かれていて、それぞれが展示ケースにぎりぎり入るという大きさで、実に詳細に描かれています。しかも、彦根の町は近代以降もそんなに大きな改変がないので、道路は、この絵図がそのまま生きているような印象さえあります。なお、会期は11月26日までです。

そのあと、鈴木君が彦根城博物館所蔵の「御城内御絵図」をコピーしてきてくれていたので、その絵図をもって、これまで行ったことのなかった観音台および山崎曲輪にまで行ってきました。絵図には、道巾4間とか、石垣高さ6間半とか書かれていて、それをたしかめながら歩いたのですが、「山切岸」と書いてある切岸がそのまま、書かれている高さで残っているのにはびっくりし、かつ、発見をした気分になりました。

ちょうど、12月10日発売の切手「日本の城シリーズ」 に関連し、来年3月10日発売予定の「初日カバー」「マキシマムカード」(新切手が発行されるたびにその切手の題材に関連する絵柄の入った封筒=初日カバーや、ハガキ=マキシマムカードが制作され、解説付きのリーフにセットしたものを頒布、国内外の収集家に人気のアイテム)に掲載する解説文を書いていて、それに彦根城も入っていますので、いい機会に、城内をくまなく歩くことができ、収穫がありました。

『ジパング倶楽部』に「いざ、城に参ろう」を連載していまして、近く、大分の府内城を取りあげることになりました。府内城には、ここ10年以上行っていないので、最近の整備の状況をたしかめに、大分に行ってきました。ここのところ、大分づいています。

新しい県庁ビルの14階が展望室として一部開放されているということを聞いていたので、早速、14階に直行しました。眼下に府内城が見えて、新しいビュースポットといってよいと思います。府内城をちょうど真上から見る形になります。ただ、少し残念なのは、あまりに近すぎて、真下の正面にある櫓がよく見えなかったことです。窓から身を乗り出せば見えるのでしょうが、窓は開閉できないつくりになっていて、それはできませんでした。

以前行ったときは、西の丸と山里丸の間の堀に架かる廊下橋が工事中でしたが、今回、できあがった姿を見て、渡ることができました。江戸時代からの建造物の一つである宗門櫓は修復工事なのか、ロープが張ってあって近くに寄れないのが残念でした。

大分の地酒は西の関ぐらいしか知らなかったのですが、今回、智恵美人(中野酒造)というのがあることを教えられ、呑んでみました。西の関より少し辛口という感じでいいお酒でした。