私の息子(泰経)も戦国時代を専門にしています。以前、このブログにも、共著で織田信長ゆかりの地を紹介した本を出したことは書きましたが、先日、親子ではじめての講演会(京王文化セミナー)をやってきました。

これまで、連続講座の一つを担当してもらうということはありました。しかし、同じ日、同じ会場で、というのははじめてで、「うまくしゃべれるか」と、親としてはドキドキしていました。息子が第一部「戦国の兵法と軍師の実像」をしゃべり、私がそれを受けて第二部「軍師・黒田官兵衛」を講演しました。

なお、『別冊歴史読本』が「黒田官兵衛歴史読本」として官兵衛特集で発売になりました。主役の岡田准一さん、NHKチーフプロデューサーの中村高志さんとの鼎談が載っています。書店でも官兵衛コーナーができて、いよいよという感じです。

公益財団法人兵庫丹波の森公苑 主催の講座「丹波学」で、「戦国丹波の城と武将たち」という講義をしてきました。人口が少ない丹波市で、募集80人のところ、倍以上の180人の人が聴講してくれました。主に、明智光秀の丹波経略に抗した丹波の武将たちとその城をとりあげました。黒井城・八上城は学生時代から何回か訪ねています。

講演後、時間がありましたので、久しぶりに織田家の城下町だった柏原の町を散策しました。光秀に焼かれ、そのあと堀尾吉晴が再建したという八幡神社は、ちょうど紅葉がきれいでした。以前訪れたときは修復中だった柏原藩陣屋は修復が終わっていて、長屋門ともども写真に収めてきました。

こちらにくると、いつもは「小鼓」という銘酒を買って帰るのですが、今回は奥丹波の城をとりあげたので、旧氷上郡の方に地酒はないかと酒屋さんで聞いたところ、その名もずばり「奥丹波」(丹波市市島町の山名酒造株式会社 )がありました。帰りの車中で呑みましたが、おいしかったです。

私が委員長をつとめている諏訪原城跡の整備委員会がありました。現場を視察してきましたが、この曲輪中馬出のところは、樹木を伐採したおかげでよく見えるようになりました。これから、外堀の崩落を防ぐため、側面に生えている木も伐採しますので、さらによくなると思います。

整備の方向性を定める必要から、現在、二の曲輪東内馬出という部分の発掘調査も進めています。そこから、まだ2本だけなので、どうつながるのかわかりませんが、柱穴が出てきており、何らかの建物があったことがわかりました。これは発見です。また、そこから、かなり幅の広い箱堀も出てきました。どうやら、これは、徳川家康による改修時のもののようです。

まだ、2月ごろまで発掘調査は継続しますので、さらに発見があるかもしれません。現地説明会は、もう少し全貌がわかるようになってから開催されるとのことです。

なお、整備委員会の委員の一人である前田利久さんの講演会「古文書から見る諏訪原城」が来年1月18日(土)午後2時からあります。詳しいことは、島田市教育委員会文化課文化財係(0547-46-3446)にお問い合わせください。