滋賀県長浜市と東京藝術大学大学美術館 の共催で、同館で「観音の里の祈りとくらし展―びわ湖・長浜のホトケたち―」 が開催されていて、昨日、拝観に行ってきました。

いつもはほとんど拝観することのできない観音像が18体も集まっている様子は壮観でした。これだけ一度に拝観できる機会というのも珍しいのではないかと思います。

重要文化財に指定されている赤後寺の千手観音立像、善隆寺の十一面観音立像もすばらしく、さすが、重文指定だと思いましたが、私としては、長浜市指定文化財ですが、菅浦の阿弥陀寺に伝わる聖観音坐像を拝観できてうれしかったです。

菅浦は「菅浦惣」として有名で、私も菅浦には何度も調査に入っていましたが、ついぞ、この聖観音坐像を拝む機会はありませんでした。惣の人びとが、この聖観音坐像に手を合わせている姿を想像しながら拝観させてもらいました。この「観音の里の祈りとくらし展」は4月13日までです。

先日、刀剣研究者から、「圧切長谷部を信長が官兵衛に渡したとき、刀としていたが、あれは太刀です」と指摘されました。現在、圧切長谷部は国宝になっていて、私は福岡市博物館で本物をみていますし、登録も刀となっていたので、ドラマの場面でも刀の拵えで出しました。

その刀剣研究者は、「本来2尺7寸の太刀だったものを、長政が2尺1寸に縮めて刀にした」というのです。そこまでは知りませんでした。ただ、当時は、贈り物といえば、馬か太刀なので、信長もよろこんで官兵衛に太刀を与えたのだと思い、納得しました。

それにしても、それぞれの方が、得意分野で細かいところまでみているものだとびっくりするとともに、時代考証というものは、相当幅広い知識をもっていないとできない仕事なのだと、あらためて気を引き締めているところです。

地元のSBSツアーズ の企画で、黒田官兵衛ゆかりの城めぐりに行ってきました。姫路城では、通常非公開となっている「りの一渡櫓」が公開され、内部が「官兵衛の歴史館」ということで、ゆかりの品々が展示されていました。

御着城では、新たにプレハブ小屋が建っていて、そこに御着史跡保存会が作った「風土記の里 播磨御着」というパンフレットが置いてあり、地元町内会の方が説明していました。パンフレットは「御着城絵図」が載っていたり、周辺史跡の案内も入っていて、結構役に立ちそうです。4月からは訪れた人にそばをふるまうと、はりきっていました。

秀吉が三木城攻めのときに本陣とした書写山円教寺も案内しました。今回のドラマでも、ロケ地として使っています。

翌日は、備中高松城に行きましたが、あいにくの雨となってしまいました。しかし、そのおかげで、ぬかるみ状態になったところを歩く形になったため、低湿地の城ということは認識してもらえたのではないかと思います。そこの高松城址保興会の資料館でも吉備路観光ツアー実行委員会作成の「高松城水攻め」というパンフレットをいただきましたが、これもよくできていました。築堤の一部が残る蛙ヶ鼻も以前見にいったときにくらべ、よく整備されていました。今回、もう1ヵ所、秀吉の妻おねの兄木下家定の子孫が藩主をつとめていた足守藩の陣屋町足守を入れました。足守文庫の見学と昔の面影を残している町並みの散策です。昔は作り酒屋があったように記憶していたのですがなく、帰り、岡山駅で、そこに比較的近い倉敷市の熊屋酒造(有) の「備前伊七」というお酒を買い、定番ですが、祭りずしを肴に呑んで帰ってきました。