信長が築いた岐阜城の山麓部分の石垣については発掘調査が進み、みごとな石垣が姿をあらわしたことは、すでにこのブログにも書きました。今回は山上部の石垣についての報告です。
山上部の石垣の存在はこれまでにも知られていました。復興天守手前の細い馬の背状の通路の下に見え、犬走りの存在も、知る人は知っていたと思います。ところが、実際、下からその石垣を見ようとしても、石垣があるのがわかる程度で、樹木が邪魔をしてよく見ることはできませんでした。
ところが、つい最近、測量調査のため、岐阜市教育委員会が前面の樹木を伐採したところ、みごとな石垣が姿をあらわしました。ちょうど、今は葉も落ち、二段になった石垣の様子がよく見えます。場所は、上台所といわれるところから天守の方には行かず、本丸井戸の方に向かって少し行ったところです。
山上部の石垣の存在はこれまでにも知られていました。復興天守手前の細い馬の背状の通路の下に見え、犬走りの存在も、知る人は知っていたと思います。ところが、実際、下からその石垣を見ようとしても、石垣があるのがわかる程度で、樹木が邪魔をしてよく見ることはできませんでした。
ところが、つい最近、測量調査のため、岐阜市教育委員会が前面の樹木を伐採したところ、みごとな石垣が姿をあらわしました。ちょうど、今は葉も落ち、二段になった石垣の様子がよく見えます。場所は、上台所といわれるところから天守の方には行かず、本丸井戸の方に向かって少し行ったところです。