今年は徳川家康400回忌ということで、静岡ではイベントのほか、テレビ番組も特集を組んでいます。静岡第一テレビの制作で、私が監修する番組があり、その中で、家康が好んだ鷹狩りについても取りあげています。昨日、その収録が駿府城公園で行われました。
鷹狩りといっても、実際に鷹に獲物をとらせるわけではありませんが、保存会のメンバーの間を鷹がどのように飛んでいくのかを間近に見ることができました。近くで見ると、鷹の目は厳しく、迫力があります。鳴き声が猫のように「ミャー、ミャー」と聞こえ、はじめは、近くに野良猫がいて鳴いているのかと思ったくらいです。
鷹狩りの鷹と記念写真を撮る機会はないと思い、保存会の方にお願いして撮らせてもらいました。

先日、愛知県犬山市の市民大学卒業式の記念講演で、「犬山城をめぐる戦国史の展開」という演題で話をしてきました。犬山市民の方々も、近世犬山城のことはよくご存知ですが、戦国期のことはあまり知られていなかったようで、講演後の反応もよく、このテーマにしてよかったと思いました。
内容は、織田信長の従兄弟にあたる犬山城主織田信清(犬山鉄斎)のことが『甲陽軍鑑』に書かれていましたので、その紹介をし、また、天正12年(1584)の小牧・長久手の戦いのときの犬山城主中川定成(織田信雄の重臣)についてです。なぜあっさり池田恒興の攻撃で落城してしまったのかについても話をしました。
会場が犬山市民文化会館で、すぐ近くに小牧・長久手の戦いのときの一つの戦いだった羽黒の陣の八幡林古戦場があります。教育委員会の方のご案内で八幡林古戦場にはじめて行ってきました。そこは成海神社の境内となっていて、同社は八幡様とよばれていて、林の状態で残っているのに感激しました。
小田原城の御用米曲輪の本年度の発掘調査が間もなく終了します。昨日、その調査・整備委員会があり、現場を視察してきました。
すでに昨年度までの調査で、戦国時代の池や切石敷きの遺構、さらに礎石建物跡などが確認されておりまして、後北条氏時代の居館的空間があったことは明らかになっておりましたが、今年度の調査で、その一帯が後北条氏の庭園であったことがはっきりしてきました。
史跡小田原城跡は、これまで、幕末期の姿にもどすことを整備の基本方針としてきました。ところが近世の御用米曲輪のさらに下から後北条氏時代のすばらしい遺構が出てきたことで、私は、「その部分は戦国期の姿に復元したい」と主張してきました。御用米曲輪については、戦国期をメインにして、近世も表現した整備にしたいと考えています。このまま庭園遺構を埋めてしまうのはもったいないとの思いがあります。
なお、これから整備にかかりますので、発掘された場所は一度埋めもどされます。明日(7日)午前9時半から現地説明会があるとのことですので、埋められる前にいま一度見ておきたいという方は足をお運びください。10時・11時・13時・14時の4回、発掘担当者の案内と説明があります。詳細はこちらをご覧ください。