去る7月17日、静岡古城研究会の総会と研究成果発表会「ふじのくに山城セミナー」が開かれ、行ってきました。水野茂氏の「山城から見る森町飯田地域の戦国史」では、新しく遺構が発見された高平山砦の話が印象に残りました。従来、『甲陽軍鑑』に「遠州たゝら・飯田両城」とあるのを、高柳光寿氏『三方原之戦』以来、只来城と飯田城としていたのですが、「高平山砦」ではないかとの指摘です。その可能性はありそうです。
平井登氏の「なぞ解き! 駿河南朝派の大津城はどこに」も興味深い報告でした。大津城は「駿河伊達文書」にも名前が出てきて、戦いの様子が書かれています。これも、従来の通説は島田市野田の城山に比定されていたのですが、平井氏は「大津」の範囲を広げて解釈し、藤枝市上滝沢の城山ではないかとし、その縄張図が紹介されました。時間を作って、冬になったら、この目で確認してみたいと思いました。
もう1本は望月保宏氏の「伊豆南西海岸の海城―安良里城と安城山城を中心に―」で、この2ヵ所は以前行ったことがありました。
平井登氏の「なぞ解き! 駿河南朝派の大津城はどこに」も興味深い報告でした。大津城は「駿河伊達文書」にも名前が出てきて、戦いの様子が書かれています。これも、従来の通説は島田市野田の城山に比定されていたのですが、平井氏は「大津」の範囲を広げて解釈し、藤枝市上滝沢の城山ではないかとし、その縄張図が紹介されました。時間を作って、冬になったら、この目で確認してみたいと思いました。
もう1本は望月保宏氏の「伊豆南西海岸の海城―安良里城と安城山城を中心に―」で、この2ヵ所は以前行ったことがありました。