本年もよろしくお願い致します。

昨年暮の12月23~25日に開催された「お城EXPO2016」は3日間の延べ入場者が1万9000人にのぼり、盛況の内に終わることができました。ご協力に感謝致します。

実は前日の22日に、23日の熊本城に関する講演とパネルディスカッションのリハーサルと会場の下見が行われたのですが、大きなホール(定員1,000人)をみて、これまで、お城に関するイベントで、1,000人集まったという経験がなかったものですから、広島大学の三浦先生と、「明日、空席ばっかりだったらどうしよう」「テンション下がるよね」などといっていたところでした。当日は満席で、かえってびっくりした次第です。

展示会場には大人にまじって、小学生・中学生くらいの子どもたちもいて、また、日本城郭協会の「お城の自由研究コンテスト」の入選作品も展示されていたので、今年から応募作品もふえるのではないかと期待しています。

それにしても50年ほど前、私がまだ学生のころだった時期にくらべ、お城研究が研究として市民権を得てきたことを実感させてくれたイベントでした。

 

 

 

今月15日、新聞各紙は表現こそちがうものの表題のような記事を載せました。京都の井伊美術館井伊館長の記者発表を受けてのものです。このことについて、数社からコメントを求められ、いくつかの新聞には私のコメントも紹介されていましたので、お読みになった方もいらっしゃると思います。中には某週刊誌のように「話題づくりにNHKがしかけたのでは」といった趣旨の憶測記事もありましたが、それはないでしょう。

私が新聞社に答えた要点はつぎの3つになります。

1.同時代史料ではなく、聞き書きなので、江戸時代井伊氏の家臣の家にはそうした伝承があったといったことがわかるが、信憑性については低い。

2.仮に、関口氏経の子が井伊次郎を名乗ったとしても、今回紹介された史料では、井伊次郎=直虎という記述はない。

3.井伊氏の惣領の仮名(けみょう)は代々次郎で、だからこそ、龍潭寺の南渓和尚も、惣領直盛の一人娘の出家に際し、次郎法師という名を与えたのです。次郎法師がいるのに、別の人間が次郎を名乗れるとは考えにくい。

 

以上が取材を受けた段階での私の見解ですが、その後、いくつかのことを考えました。一つは、新聞報道でしかみていないのですが、関口氏経と新野左馬助が兄弟だったとする点に疑問があります。新野氏の系図にはそのような事は書かれていません。もう一つは、仮に、関口氏経の子が井伊次郎となったとして、それが直虎だったとすると、そのあとの、井伊直政(幼名虎松)へのバトンタッチが説明できなくなります。

なお、私見ですが、江戸時代の人には、「女性が家督代行とはいえ、支配者になる」とは考えられなかったのではないでしょうか。大名の無嗣断絶の例が多く、「家督は男が継ぐもの」といった先入観があり、このような伝承ができたとも考えられます。しかし、次郎法師が一時的にではあれ、井伊谷を支配していたことは次郎法師の印判状(「龍潭寺文書」)の存在によって明らかです。

いずれにしても、今回の新出の史料については、おもしろい史料であることはまちがいないので、論文なり、史料紹介の形で発表されたのち、多くの研究者によって議論が深まることを期待しています。

 

最後になりますが、今年1年間ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

よいお年をお迎え下さい。

NHK-Eテレ「先人たちの底力 知恵泉」は、歴史家以外の人とのやりとりがおもしろいと好評ですが、先日、その収録をしてきました。2週連続で若き日の信長を扱います。前編が1月17日(火)22:00から、後編が1月24日(火)22:00からです。

今回のゲストは、私のほかに、ゲームプロデューサーで『信長の野望』で知られるシブサワ・コウさんと、女優でモデルの鈴木ちなみさんです。シブサワ・コウさんとは以前お会いしていましたが、鈴木さんとは初対面でした。前編のテーマが「アタマ一つ抜け出すには」で、後編のテーマが「誰もが認めるリーダーになる」です。

シブサワさんによるゲームづくりの体験談は、この番組ならではと思います。期待してください。

番組収録終了後、鈴木ちなみさんとのツーショットを撮ってもらいました。彼女は私より背が高いのですが、撮影のとき、少し腰をかがめて同じくらいの高さにしていただき、気配りの人だなと感心しました。せっかくですので、ご本人の許可を得てそのときの写真を載せます。