『リトル・ソルジャー』/バーナード・アシュリー | こだわりのつっこみ

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 ユスルだ。
 カニンダには、やるべきことがわかっていた。反乱軍兵士として訓練されたカニンダは、不思議なほど冷静にM16銃をかまえてねらいを定めた。頭をねらうのが一番だが、腹のほうがねらいやすい。火がついたまま逃げてきたユスルの男は、銃を見て向きを変えようとしたが、銃床を頬に当てたカニンダは、目をつぶって撃った。ねらいすました一撃ではない。連射した弾が、男の体にいたずら書きでもするかのように散らばった。一度描いたものをぐしゃぐしゃに消そうとするときの、いたずら書きのように。カニンダが我に返ったのは、マトゥ軍曹に後ろからつかまれ、背中をたたかれたときだった。それから軍曹のあとについてカニンダは川縁まで歩いた。
 それから一時間ばかりして、アシの生えている物陰へ行きズボンを洗うときになって、カニンダはふるえはじめた。
 男を一人、殺してしまったのだ。だれがこの戦をはじめたにしろ、カニンダも手を血に染めてしまったのだ。カニンダが人を殺したのは、それが最初だった。
(p144-145より)

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今回、若年層向けの小説、リトル・ソルジャーを読みました。
イギリス人のバーナード・アシュリーさんの作品で、家族を殺され少年兵として生きてきたカニンダという一人の少年の葛藤を通じて戦争に対するおろかさ、またイギリス社会の根深い差別の一端を垣間見せる、なかなか骨太の作品です。

ではまず、あらすじです。

アフリカ大陸のある国にあるラサイ市。
ここには支配階級であるユスル人と、被支配階級であるキブ人が危ういバランスを保ちながら生活していました。
しかし、ある炭坑爆発事故をきっかけとしてキブ人がユスル人に反乱、それが市内中に広がっていくことになりました。
キブ人の少年カニンダは、その混乱を受けて父、母、妹をユスル人に惨殺され、少年兵としてマトゥ軍曹の下、憎きユスル人を殺すことに懸命になるのです。
しかし、ある作戦が失敗したためにカニンダは保護され、里子としてイギリスへと出国させられることになりました。

とはいえ、カニンダはイギリスに来てからもユスル人に対する憎悪は消えず、なんとかイギリスから抜け出してラサイに戻ってユスル人に仕返しをする野望を持ち続けるまま生活を続けていくのです。
が、イギリスでの生活、里親の娘であるローラとの関わりあいなどを通じ、段々と心境が変化していくのです。


では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。








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~1回目 2011.5.23~

では、あらすじの続きを行きたいのですが、結構登場人物が多いので、まずは彼らを紹介しておきましょう。

1.キブ人
 ①カニンダ…主人公。家族をユスル人に殺され、少年兵に。保護されイギリスへ。
 ②マトゥ軍曹…カニンダの少年兵としての師匠。
2.ユスル人
 ○フォースティン・ンゲンジ…イギリスで、カニンダの学校へ転校してきたユスル人。
3.カニンダの里親家族
 ①ベティ・ローズ…「神の軍勢」の大尉で、カニンダを里子に。常に「神」のことを思う。
 ②ローラ・ローズ…ローズ家の一人娘。ベティへの反発もあり、ちょっぴり反抗気味。
4.バリア団地(クルー団)
 ①シーオ・ジュリアン…口が上手いヤンチャ坊主。ローラと良い仲。
 ②バズ・ロッソ…バリア団地のヤンチャ集団、クルー団を率いる番長。
5.ロープヤード地区(フェデレーション組)
 ①マクシン・ベンディクス…通称クイーン・マックス。女番長。
 ②チャーリー・タイ…クイーンの片棒。中国風。
 ③ドリー・ヘッジズ…小さな女の子で、車に轢かれて重傷となる。

では、細かいあらすじを。

ロンドンへ来たカニンダですが、思うことはユスル人のことばかり。学校に通うことになっても馴染まず、家でも口も利かないありさま。
カニンダの里親となったローズ家も、娘のローラが、キリスト教伝道組織「神の軍勢」の行事ばかりに熱心で、何かあれば「神」の加護しか口にしない母親ベティに反抗的。

ある日、ローラはバリア団地に住む仲良しのシーオ・ジュリアンのもとにむかい、シーオの兄が所有する赤い車を彼に運転させ、憂さ晴らしをすることに。
しかし、そんな遊びの代償はあまりにも大きかった。
母親に買い物を頼まれた、ドリー・ヘッジズは、女番長のクイーン・マックスから逃げるために道路を確かめないまま横断。そこで車に轢かれてしまったのでした。
逃げる車の様子を見ていたクイーン・マックスは、ナンバープレートのない、赤い車がドリーを轢いたのだと警察に証言し、自らも犯人を捕まえるために子分を集めて行動を起こします。

ナンバープレートのない、赤い車がドリーをひき逃げしたというニュースは、すぐに広がって行き、さらに意識を取り戻したドリーの『白いやつ』という証言が、犯人は白人らしいという噂となって、ローラの良心の首を絞めていきます。

一方のカニンダ。
ドリーひき逃げ事件で聞き込みに訪れたクイーン・マックスの片棒である中国系のチャーリー・タイをこてんぱんにやっつけ、学校に憎きユスル人のフォースティン・ンゲンジが転校してきたことを知り、先生たちに止められはしたものの飛び掛り、殺そうとします。
さらには、学校の社会科見学で訪れた製糖工場の砂糖がアフリカへも向かうということが分かったことで、アフリカへと逃亡する計画を本気で考えるようになります。

さて、クイーン・マックスらが率いるフェデレーション組は、チャーリーがカニンダにやられたこと、そしてドリー轢き逃げ事件の犯人がどうやらバリア団地にいるのだということ、この二点をもってバリア団地のクルー団と戦争を起こすことを考え始めます。
一方のクルー団も、近頃わが団地をフェデレーション組が荒らしていることから、戦争を起こすことを考え始めます。

カニンダは、もともとその種の戦争には興味がなく、ユスル人を、そしてンゲンジさえ殺せればいいと思っていたのですが、あるきっかけからクルー団に入団し、戦争に参加することになりました。
ここにおいて、カニンダの目標は3つ。
 (1)フェデレーション組との戦争に参加すること。
 (2)ユスル人のンゲンジを殺すこと。
 (3)製糖工場の船に乗ってアフリカへ向かい、少年兵に戻ること。
そして、まずはフェデレーション組との戦争に向かいました。

さて、日に日に罪の重さに苦しむローラ。
母親は「神の軍勢」のことばかりで構ってくれないし、轢き逃げのニュースもどんどん広がって行きます。
そうしてローラは、自分の犯した罪は到底母から許される訳がなく、また懺悔の意味を込めて不自由なアフリカでの生活で一からやり直すことを決め、カニンダのアフリカ密航について行こうと決めます。
その前に、ローラがやるべきこと。それは、ドリーを見舞うことでした。

カニンダがクルー団の一員としてフェデレーション組と戦争をしている最中、ドリーを見舞ったローラは驚くべき事実を知ることになります。意識を回復したドリーが看護師にこう言ったのです。
それは、「白いライトバンが自分をはねた」ということを。
ローラは記憶が一瞬にして甦りました。
そう、あの時通りを走っていたのはローラとシーオが乗った赤い車だけでなく、白い車もいた。そして白い車がドリーを轢き、赤い車はよけただけだったのです。しかし、その時ドリーが轢かれた姿を見たローラは、自分たちが轢いたと思ったのです。
確かに、免許を持っていないシーオの車に乗って悪さをしたことは褒められたことではありませんが、しかし最悪の事態はローラのせいではなかったことを知り、彼女は生きた心地を取り戻し、良い子になろうと決め、母の元へとむかうのでした。

さて、カニンダはカニンダで、ンゲンジを殺そうとするもそれが途方もなくムダだということを、暴力なしにンゲンジに諭されたことで、ンゲンジを殺すことはおろか、密航して少年兵としてユスル人を殺すことをも諦めることにするのです。


さて、感想です。
まず、この作品の奥深いところは、少年兵となってしまったカニンダのみに焦点を当てるのではなく、イギリスの生活をダブらせることによって問題を浮き上がらせているのです。

どういうことかといえば、
ドリーの轢き逃げ事件に端を発するクルー団とフェデレーション組の戦い。
これはある事件を大義名分として実は互いにその地区の敵対勢力にガツンといわせることにありました。
まさに、ラサイ市における炭坑爆発事故に端を発するユスル人とキブ人の戦いということとつながり、その真の意図も同じところにあると思います。
日本人の私が翻訳された文章として読んだ場合よりも、原著をイギリス人が読むとそこのところが余計にリアルに伝わるんじゃないかと思います。


そして、カニンダが心境を変化させるのは、実はかなり後半になってからでしたが、それがあまりにもドラマティックで胸に刺さります。
私自身、愛する家族を目の前で殺されたら、カニンダのように憎しみに燃える兵隊になるかもしれません。
しかし、敵対するはずのンゲンジが、すごく当たり前なんだけども立派なことを言う。

「ぼくがおまえの家族を殺したと思ってるの?ぼくの家族がやられたことで、おまえを責めてると思っているの?」(p289)
「ぼくの家族はほんとにひどいやり方で殺されたんだ。むごたらしいやり方で。ぼくだって恨んでるよ。でも、おまえを恨んでるんじゃない。おまえのせいじゃない。氏族同士の戦いのせいなんだ。戦争がぼくたちをみんなとりこんで、岩にたたきつけるんだ」(p290)

ただ、こういう開明的なことを考える政治家が、逆に自分達の勢力から暗殺されることが往々にしてあることが、民族紛争や内戦を終わらせない原因にもなるんですよね~ガーン

また、ローラが記憶を乱して自分がドリーをはねてしまったと誤解してしまったように、カニンダもあれだけ心に忠誠心を誓っていたマトゥ軍曹が、ユスル人でもない一般人を残虐的に殺していたことを、ンゲンジとの会話の後に思い出します。
悪いのは大人なんだ!!しかし、子どもを救うのも、そして未来の人材をを育てていくのも大人なんですよね!!

この本を読んで、話を聞いてくれる、頼れる存在って大事なんだなぁと思います。特に子どもにとって。
ローラの場合、カニンダだし、のちに心を入れ替えた母ベティであるかもしれません。
カニンダの場合、自分のことをカニンダ・ローズと呼んでくれたベティ、もしかしたら同じ国のンゲンジになるかもしれません。そうだったらいいなニコニコ

最後に。
訳者の解説の中でとても興味深いことが書いてありました。
実際の少年兵の中には、戦場へ行く直前に麻薬を渡されることがあるそうです。
それを傷口に塗ると、世の中が価値のないことに思えて、少年兵として人間を殺せるのだそうです。
こうした悲惨な状況を、我々日本人も対岸の火事ではなく、同じ地球で起こっていることということを認識するべきなんたなと感じました。


総合評価:★★★★
読みやすさ:★★★
キャラクター:★★★ 
読み返したい度:★★★