「大変だァ」/遠藤周作 | こだわりのつっこみ

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 「今日は変ねえ、お父さん」
 彼女は台所にいる母親に声をかけた。
 「でも、病気でなくて良かったわ」
 静江はガスの火を一寸、弱くすると、浴室にいる夫のためにタオルを持っていった。
 浴室のガラスに、しゃがんで体を洗っている夫の影がうつっていた。
 (カミソリ、あるかしら)
 夫婦のなかだから断らずに、ガラス戸をあけた。突然、
 「キャッいやッ」
 悲鳴にちかい叫びをあげ、塙氏はーー女のように、両腕で胸をかくしたのである。
(p256より)

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今回は、古い本です。といっても古典ではないのですが…。
古本屋で手に入れた、遠藤周作さんの大変だァという長編小説です。

なかなか面白いですねぇニコニコ
というのも、なぜ現在もっと読まれないのだろうというくらい、現在に照らし合わせてみても、とてもウィットに富んで、皮肉が効いている作品だからです。
まあ、差別的に思われる部分があるからかなぁ~汗


あらすじはと言いますと、

非常に封建的な亭主関白の夫塙氏
そんな夫に妻静江は夫に文句を言わずに付き従い、娘巴絵も一応父親の理想の子どもを演じています。

しかし、巴絵も遊びたい年頃で、父親や母親に嘘をついて、友人と隠れて異性交遊。
そして静江もある手紙をもらったことを境に、その手紙の主田辺に心をときめかせていきます。

さて、そんな中社会ではおかしな現象が水面下で着々と起こってきています。
というのも、男性が女性化し、女性が男性化しているのです。
その謎を解くべく、放射能の研究所所員、向坂部長氏が奔走し、ある結論に達します。
それは、原子爆弾や水素爆弾に含まれるプラターズ線が動物になんらかの影響を及ぼし、性をおかしくしているということ。

ただ、仮説の状態でこれを社会に知らせると大混乱を引き起こすことから、向坂氏はフランスが起したある核実験で性が変わってしまった鶏2羽を極秘に譲り受け、その原因と治療法を調査しようと試みます。
しかし、2羽の鶏を手に入れたのもつかの間、ちょっとしたアクシデントでそのうちの1羽が脱走してしまうのです。

一方、かつて塙氏の娘巴絵と遊んだ軟弱男たちは、再び巴絵を誘うために家に伺うと、運悪く父親である塙氏に見つかってしまい、男を鍛えるという意味で闇鍋をし、きちんと完食できた者は娘との交際を許すという話になります。

さて、闇鍋会の当日。
軟弱男たちは、ゲテモノを持ってこれる勇気はなく、家の庭で捕まえた、雄か雌かよくわからない鶏を闇鍋の中に入れます。

それが、泉が逃がしてしまったあの被爆して性が変わった鶏とは知らずに・・・





では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。










大変だァ (新潮文庫)/遠藤 周作








~1回目 2010.6.1~

鶏の肉が入った鍋を食べた、塙氏巴絵、軟弱男たちは性が変わってしまいます。
あんなに封建的な男だった塙氏は胸が出てきたり、家事を手伝おうとするなど、妻の静江がびっくりするほどの豹変。
巴絵も、毛が生えてきたり、絡んできた男たちに暴力を振るわんばかりの立ち居振る舞いをみせます。

ただ、向坂の研究により、治療法が分かったということで、塙氏や巴絵らはその治療を受け、次第にもとの性に戻っていきます。

さて、その静江と心をときめかせていた田辺ですが、話が進んでいくうちに田辺はどうやら詐欺師だったらしいことが分かります。
子どもの入院費ということで田辺の口車に乗ってしまい10万円を貸してしまった静江は当然のことながら後悔。
しかし、ここで遅ればせながら気づきます。
なんでもない日常でも、それが幸せだったのだと。
夫の小言、夫のおならであっても。

もとに戻った塙一家。しかし、そこには何らかの変化がありました。
相変わらず亭主関白の塙氏。若干静江に優しさを見せる様子。
妻の静江。痛い詐欺を経験し、なんでもない普段の生活に結婚以来の幸せを感じます。
そして娘の巴絵。あの騒動で知り合った泉とお付き合いを始めたようです。


さ~て、感想ですが、正直ストーリーはありがちな感じがしますが、
この作品のすごいところは、現代の皮肉り、女性という存在について、ちょっとしたお涙頂戴話、作者自身が作品に登場するというリアルじみた設定などが非常に上手いところです。

では、それぞれ部分的に抜き取ってみましょうか。


まず現代の皮肉りについて。
女性化してしまった、軟弱男たちの中の一人、中村
彼だけは、治療を拒み、女性でい続けようとします。その理由が、
女になれば就職の心配はなく、兵隊に行くこともなく、レストランや喫茶店でも男に代金を支払ってもらえ、重い荷物も持たなくて良い。
さらに、
「都合がいい時は男女同権を主張し、都合わるい時は、か弱い女をと訴えればいいんだから」(p283)
なのですあせる


次に女性という存在についてですが、
上にも通じるようにこの作品では「都合のいい存在」として描かれています。
例えば、闇鍋で参加させられていたはずの妻静江だったのに、どさくさに紛れて口にしなかった。
夫に文句を言わないしとやかな女を演じているとはいえ、いかに心の底では信頼していないのかなぁショック!
さらに、田辺に心を奪われている様子が、夫の塙を言い訳にしている感じがすごく、都合がいいです(笑)


さて、ちょっとしたお涙頂戴の話ですが、
私は静江と田辺の話をもっていきたいと思います。

静江と田辺は同郷であり、さらに青年の時から田辺は静江を想っていたという前提からスタートします。
夫と比べ、顔も良く紳士的な田辺にどんどん心惹かれていく静江。
田辺の子どもの医療費に10万円手渡してしまいます。
その直後、実はこの男は詐欺師で、しかも以前知り合った田辺から静江のことを聞いただけで、田辺でもなかったのです。

その事実を知った静江ですが、男に一瞬でも自分のことを少しでも想ってくれた瞬間があったか聞くのです。しかし、男の答えはNO。そして静江に対し、自分が言ったことはすべて嘘だということを告げて静江を追い返すのです。
しかし、静江が帰った後、男は涙を流しながら刑事に語ります。
「あの奥さんはいい人です。子供のように初心なんです。ぼくだってあの人が好きになりましたよ。しかし、そうは言えん。言ったらいかんのです」(p312)
静江のことを本当に好きになってしまったからこそ、もう騙されないように、そして夫のもとに戻るようにあえて突き放した詐欺師。
・・・はぐれ刑事ですかしょぼん


さて、最後に設定についてですが、
作中に登場した作者が、「性が変わってしまった人々の話」を書くことにするのです。
あたかも、実はこの作品はノン・フィクションなのだというような作り
それ以外にも、吉行淳之介や曽野綾子など実在する人々が登場したり、性が変わってしまった代表者として角山明宏(丸山明宏、つまり美輪明宏)が登場したりするという非常に面白いつくり。
それもそのはず、単なる小説ではなく、ある種現代社会への警句としてこの作品が書かれているんじゃないかなぁと疑ってしまうのですビックリマーク
作中の最後の部分で、作者が語ります。
「しかし、読者はそれをたんなるフィクションとして読むでしょうな。現実にこの日本で本当に起こったとは夢々、信じないでしょう」
「しかし十年後、この小説が与える警告は大きな意味を持つと思うな」(p329)

この小説が書かれたのはおそらく1970年前後。
遠藤先生!!
40年経ち、「鬼嫁」や「草食系男子」などがクローズアップされる昨今、この警告はより現実になってきていますよ。
本当に、プラターズ線のせいじゃないかしら(笑)







総合評価:★★★☆
読みやすさ:★★★
キャラ:★★★
読み返したい度:★★★